ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。   作:ソン

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RB編5 暗殺者

 

 

 センがゴッドイーターとなってから、ひと月。既に戦果は異例とも呼べる程であった。単身での中型種撃破――さらに大型種ではヴァジュラの撃破。多くのゴッドイーターにとって鬼門ともされるアラガミですら、歯牙にもかけない程。

 彼の実力を確実な物とするために選ばれた任務は、感応種の討伐。討伐対象はイェン・ツィー。然程脅威も無く、生み出されるアラガミを適度に撃破すれば、対処は容易。故に実力を見極める感応種としては、適切であるとも言える。

 編成はセンとブラッド隊隊長ネル・カーティスの二名。他のゴッドイーターは残党処理に向かっているため、彼女がパートナーとして選出された。

 

「イェン・ツィーの情報は入ってるわね。氷属性、当たれば周囲から集中砲火は免れない。

 フォローは出来るけど、自ら当たりに行ったりしたら見捨てるから」

「分かってる。回避は慣れてる、アラガミの動きは目に焼き付いている」

「……なら、いいわ。それと――まだ血の力目覚めてないんでしょう? 良かったわね、無事手に入れられて」

 

 口調とは裏腹に、その表情は硬い。シエルから聞いた話が、脳裏を駆ける。

 

「……そんなモノに興味はないよ。俺は血の力の為に神機を手にした訳じゃない」

 

 手に力が篭る。

 あの時の光景が、瞼の裏にずっと刻み込まれたまま離れない。蹂躙されていく街。路傍に転がる人々。

 

「もう誰にも死んでほしくない。だから――今までの自分を全て捨てて、戦う事を選んだ」

「……そう」

 

 彼女は小さく息を吐いて、何も言葉にしなかった。

 

 

 

 

 ヘリの扉を開ければ、見えるのはいつもの風景。

 そこからゴッドイーター達は戦場へ降下し、死へ足を踏み入れていく。アラガミは我が物顔で歩いている物もあれば、物陰に潜み機を伺う物もいる。

 センとネルが着地し周囲を見渡すも、目標らしきアラガミは見当たらない。

 

「……」

 

 ――それどころか、物音一つ聞こえない。世界が全て静止しているかのような静謐が、ただ場を支配している。

 センが感ずるよりも、ネルの感覚はソレを捉えていた。

 

「――っ!」

 

 二人が、同時に跳躍し地面を転がる。

 衝撃と爆音から身を守りつつ、立ち上がり――息を呑んだ。

 

「コイツ……!」

 

 右腕には大地を凍り付かせる程の冷気を纏い、左腕には大気を燃やし尽くす業火を纏う。

 両腕にはそれぞれ巨大なブレードが、常時展開されておりその表面を、白い炎が覆っていた。

 

「新種のカリギュラ……!?」

「イェン・ツィーじゃないみたいね。今、通信を……っ!」

 

 通信機に手を伸ばすも、応答がない。

 ――通信が、遮断されている。

 

「それもコイツの影響って訳? ……いいじゃない、上等よ」

「あぁ、今更退く気なんて、元から無い」

 

 二人が神機を構えると共に、カリギュラが咆哮し――その背後で火炎が旋風となって吹き荒れた。

 跳ぶ。同時に背中の砲台からオラクル弾が射出され、速度が加速する。背後を取られた――振り返ると、壁にブレードを突き刺して張り付いており砲身をこちらへ向けていた。

 

「ィッ――!?」

 

 直感が悲鳴を挙げた。物陰に飛び込む。それから僅かの後轟音と豪風が大地を襲った。先ほどまで立っていた地面が根こそぎ吹き飛ばれて行く。

 範囲が狭いのが幸いと呼ぶべきか。もし直撃していれば肉片すら残っていないだろう。

 

「何て、出鱈目な……!」

 

 瞬間、視認していたはずのカリギュラが突如消えた。掻き消えるのではなく、突然塗りつぶされたかのように。

 跳んだ、潜った――否。

 

「っっ!」

 

 装甲を背面へ展開した途端、衝撃と共に吹き飛ばされた。受け身を取り、前を向けば――何かが陽炎のように揺らめている。

 

「コイツ、姿を消せるのか!?」

「影よ! 影を見て!」

 

 影を見れば、巨大なブレード。しかし目の前には陽炎があるだけ。

 装甲を展開した途端、殴りつけられたような衝撃と共に大きく後退。両足が痺れるも、緊迫した環境が、断じてそれを許しはしない。

 姿は見えない。だが、確かにそこに存在する。

 神機を銃形態へ切り替える。スナイパー専用パレット、ホーミングレーザー。一撃の威力こそ並ではあるが、アラガミがそこにいるのならば確実に命中する。

 放たれた一発は、虚空へ弾道を曲げて――血飛沫と共に炸裂した。

 

「援護、お願い!」

「了解!」

 

 ネルが突進し、カリギュラの手前で腰を落とす。神機の刃先を地面に押し当て――そこから大きく振り上げる。摩擦による熱が、火花となって地面を焦がしていく。

 センが銃撃を加え、それがネルのいる目の前で消滅した。ならば、目標はそこにいる。彼女の全身の筋肉がそれを確信し、その力をさらに引き絞る。

 

「せ、やぁっ!」

 

 裂帛の一撃。それは轟音を立てながらカリギュラごと吹き飛ばした。その威力故にか、消えていたカリギュラが姿を現す。最早消す余裕すら無くなったと言う所か。

 頭部の牙が半ばからへし折られていて、右目には斬撃の後が強烈に残っている。言葉で示すのならば、手負いが相応しい。

 ネルが後退し、センの隣に立つ。彼女の息が、僅かに上がっていた。限界に振り絞った筋肉が、悲鳴を挙げている。

 

「……さっきのアシスト、助かったわ。おかげで、思いっきり振り切れた」

「そいつは良かった。――けど、相手もタフだな。まだやる気はあるみたいだ」

「一端隠れましょう。十分に手傷は与えた。すぐには回復できない筈」

 

 

 

 

 センとネルは、討伐の方針を変えた。一度の戦闘で仕留めるのではなく、隠れて休憩を挟みつつ戦闘を繰り返す事で、体力の温存に務める事を優先したのだ。

 あのカリギュラは言うなれば暗殺者のようなモノ。透明化するブレードの一撃を貰えば、神機使いの首など容易く跳ぶ。

 

「動き、見えてきたみたいね」

「あぁ、何とか。ようやく目が慣れてきた。アイツはこっちの動きを読んできてる。まるで人との化かし合いだ」

「そう……。ちゃんと見てるところは見てるのね。

……復讐ばかりに捕らわれていると思ってたわ」

「……」

「気づいていないとでも思った? 今までの貴方の目は、どこも向いていなかった。誰も見ていなかった。ただ、アラガミだけを見ていた。その刃先を向ける敵だけを探していた。

 まるで、獣のように。それが私から見た、今までの貴方」

「……そんな大層な理由じゃない。ただ、忘れ物を思い出したんだ。諦めてしまったらもう二度と、取り戻せない。失くしてようやく、それが大事だったって事を思い知らされた。

 失くしたままじゃ、いつまで立っても前なんて進めやしない。だから、こうして血眼になって探してる」

「……見つかったの、その忘れ物は」

「……もうすぐだ。もうすぐ見つける。あの時は届かなかった。ただ、伸ばしても縮まらなかった。

 だけど今なら、きっと届く。八百万の屍の先なら、きっと」

 

 復讐。姉を失くしたが故に生まれたモノ。けれど、それにしては随分正気を保てている。復讐の行く末などたかが知れている。その道行きで何かに出会えなければ、待つのはただの破滅だけだ。

 

「……なら、これは私のただの独り言。聞く聞かないは別にして」

 

 彼女はそう言った。その瞳に陰が差す。

 何かが擦り切れてしまい、途切れてしまったようにも見えた。

 

「どうか、死なないで。一人で満足して、勝手に死んで、それで終わりにしないで。

 そんなの、私は認めない。もう見たくない。

 剣を取ったのなら最後まで生きぬいて、その役目を果たして」

 

 彼女の境遇。ロミオ・レオーニの死によって変貌してしまったジュリウス・ヴィスコンティ。彼を救おうと、彼女が最後まで足掻いたのはブラッドの隊員から聞いている。

 何度も何度も戦い抜いて、地獄を潜り抜けて。彼女が最後に得たモノは、そのジュリウス・ヴィスコンティの永久の別れだった。

 その時に彼女は全てから決別した――そう、センは聞いている。

 

「分かってる。だから、もし俺が死に急ぎ始めたら……その手で止めてくれ」

「……本当に、分かってるんだか」

 

 そういって彼女が立ち上がった。どこからか、足音が聞こえて来る。あのカリギュラが近づいてきているのだろう。

 

「油断はしないわ。いつ、どこで不規則な動きになるか分からない。

 相手は少なくとも人間以上の知性を持ってる。そう弁えた上で攻めましょう。焦らないで、死ななければ勝てる」

「分かった。こっちも何か分かったらすぐに伝える」

 

 

 

 

 赤いカリギュラとの死闘は壮絶を極めた。見えないブレード、爆弾を撃ち込むかの様な射撃、どのアラガミよりも俊敏な速度。

 体力を削れば削る程、カリギュラの猛攻は苛烈さを増していた。だが、確実に追い込んでいる。

 だがいつとて、忘れてはならない。

 ――絶望はいつだって、彼方からやってくる。

 

 


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