聖刃伝唱シンフォギア -語り紡ぐ交響曲の果て- 【改訂版】 作:野鳥
飛羽真達は大変な目に遭ったみたいだねぇ」
ワンダーワールドの見届け人は今日も飛羽真達の動向を見守っている。
今回はほっと一安心という風に一息ついた後に、いつもの一人語りを始めていった。
「完全聖遺物を纏った少女は飛羽真達にその猛威を奮い、天羽々斬の少女は戦いの中で重症を負ってしまう。
このままじゃ彼らが危ない!………と思ったその時、エスパーダがそのピンチを救って見せたんだ」
「彼は飛羽真と響を送り出して、ブレイズと共にネフシュタンの少女を退けてみせた。お陰で響は友人との約束を守れたようで良かった良かった…」
ここまではにこやかに語っていたタッセル。
しかし一旦話を止めると、その表情は見る見るうちに不安げなものに変わっていった。
「けれど、ここからは気を付けてほしいところです。何しろネフシュタンの少女を助けたのは彼に間違いない。
あの剣士が出てきたのなら、ここから戦いは加速していくのだから……」
教会のステンドグラスのように色鮮やかで、荘厳に輝く壁面が上に向けて流れていく。
ゆっくり眺める間もなくエレベーターは、やがて目的の階層に近付くとガコンと揺れを生じさせた。
「凄い深さのエレベーターだな…」
「まさか私立リディアン音楽院高等科の下にこのような施設を作っていたとは……」
「正確にはリディアンがこの施設を隠すカモフラージュの役割を担っています。
さらに基地区画を深度数百メートルに置く事で偽装と防備性の二点を抑えているんです」
エレベーターから出るとそこには近未来チックな造形の施設───目的地である機動二課の本部が広がっている。
それを見渡して感想が漏らす飛羽真さんと倫太郎に、緒川という二課の案内人の話に苛立ちが募ってく。
理には適ってるんだろう。
でもカモフラージュの為とはいえ無関係の人を巻き込むやり方が、わたしをむしゃくしゃさせて仕方がない…。
「だからってそんな場所に学校を立てて……」
「返す言葉もないですが、大目に見ていただけると助かります。こちらも学院の人々を巻き込むつもりはありませんので」
苛立ちからくる独り言に、緒川は少し申し訳なさげに微笑みながら言葉を続ける。
どうしても本気の言葉かと疑いの目を持ってしまう。
一見人のよさそうな外見だけど、裏では人を利用するのを何とも思ってないんじゃないかって……
「響ちゃん、一旦落ち着こう」
……その言葉には返事は返さない。
ただ熱くなり過ぎてるのは事実だ。なら一旦、二課の本部まで来た目的をおさらいして気持ちを切り替えよう。
わたし達がここまで来たのは二課の方から申し出があったから。
ネフシュタンの鎧を着たあの娘の出現に二課は改めて情報を共有したいと、風鳴翼を回収する際に倫太郎へ伝えたらしい。
彼によるとあの鎧の事は組織でも知り得ないようだ。だからソフィアさん達と相談の末に申し出を受け入れ、あれから数日経った今日にここまで足を運んでいた。
けれどここにわたしまで来る必要はない。
倫太郎からも大丈夫か確認はとられたけど、その上でわたしは自分の意思でここにいる。
「司令、お三方をお連れしました」
「ご苦労。……それが君達の仮面の下か」
そうしてここまでの経緯を思い返していると、やがてわたし達は一際大きな扉へと通された。
中は巨大な液晶パネルの並ぶ司令室といった趣で……中央にいたのは天羽奏に二課の司令である風鳴弦十郎の二人。
「まさかあの人って神山先生…?」
「藤尭君知ってるの?」
「あの人昨年の新人賞を受賞した小説家なんだよ。雑誌での連載も好調で今期待の新人って話題で!」
「つまり文豪で剣士って事? 天は二物を与えずなんて言うけど、例外もいるのね…」
「お前達、あんまり囃し立てるなよ」
風鳴弦十郎が二人に話しかけるや否や、周囲にいたオペレーター達が飛羽真さんを見て騒めき出す。
「…特異二課って動物園の間違い?」
「普段は真面目な方々ですよ。
今回は飛羽真さんの素性が素性でしたので、少し色めき立っているんです」
「それだけ俺の事を知ってくれてるって事だから。あまり気にしないで」
「……そういう話じゃないんだけど」
確かに飛羽真さんが二課に顔を晒すのは今日が初めてだ。とはいえ、あんた達の身内にも有名人ならいるのにさ……。
こうも向こうとこちらで温度差があると思わず溜息を吐きたくなった。
「さて、見苦しい所を見せてすまない。
あの時以来の会合だが、まずはこの場に来てくれた事を感謝する」
「…御託はいい、わたしが聴きたいのはあの鎧の事。
あの娘が身に纏ってたのが二年前、あんた達が奪われた聖遺物でいいの?」
ただそれよりも聞くべき事があると一旦話を切り替える。するとこいつは確かな頷きで疑問を肯定してみせた。
……あれが二年前の事件が起きた原因。あんな物が無ければ、わたしもまた違った日々をおくれた筈。
「では風鳴弦十郎さん。例の少女がノイズを召喚していた件について心当たりは?」
「少なくともネフシュタンにノイズに関する文献は一切発見されていない。
あるとすれば、ネフシュタン以外にそれを可能とする聖遺物を握っているといったところか」
なのにどうしてだろうか。不思議とあの娘自体に恨みは湧かないでいる。
今の話もそう。"ノイズを召喚する"なんてまさしくあの事件に関わりのありそうな話を聞いても、何か言葉にできない違和感を覚えていた。
「だとすれば機動二課の戦力は足りているんですか? 風鳴翼さんも今は入院していると聞きましたが……」
「…その件について先に俺から頼みがある」
その違和感を言葉にする前に、弦十郎は話を持ち出してくる。
この場面で何をと思いきや、こいつは頭を下げて形から頼み込む姿勢に入った。
「ノイズの召喚と完全聖遺物を使いこなす技量。この二つを備える相手に挑むのに俺達は戦力が不足している。
…だから恥を承知で頼む。
今回の事態を解決するまででいい。我々機動二課と共同戦線を敷いてもらえないか」
一度断られた話をまた改めて進めようという腹積もりらしい。
こいつらの戦力は聞く限りツヴァイウイングの二人だけ。その片割れはあの戦いで使った技の後遺症で病院送りになっている。
二人相手でも傷一つ付けられなかったのに、増援も無しに天羽奏一人に任せるのは無理な話か…。
「あの時と答えは変わりません。
全員の意見が揃わない限り、その手を取るわけにはいかないんです」
弦十郎の申し出に応じたのは飛羽真さんだった。
彼らの意思はあの時と変わらず。わたしが良しとしない限り、この話を進める気はないようだ。
……ちらりと飛羽真さん達の顔を見る。何ともズルいやり方だし、正直今でも答えを丸投げしてしまいたい。
だけどそれじゃあ何時まで経ってもわたしの心は宙ぶらりんなんだって、彼らも察しているんだろう。
軽く息を吐く。
結局、自分で選ばなきゃいけないのならきっちり整理しよう。わたしがここに来た理由、ずっと胸に溜まっていたしこりを形にして───
「……もし二年前のような事件が起きたら、あんた達はまた何もかも隠し通すの?」
「そんな事あるか…! もうあんな事起こさせない為にあたしらは戦ってんだッ!!」
「話を逸らさないで。わたしが訊いてるのはそれが起こった時の話なんだから」
わたしの言葉を聞いた天羽奏が食って掛かってくるが、手で払いどけて弦十郎の顔を見詰めた。
……二課と共闘できるかどうか考え続けて、わたしはどうしても気にかかってたんだ。
あのライブの裏で起きていた事件を、こいつらはずっとひた隠しにしてきた。
いくらこいつらが悪人じゃなくてどんな理屈があろうと、そのせいで傷ついてきた痛みが信じるなと後ろで手招きし続けている。
なら無理にでも信じるには、今のこいつらの意思を聞かなきゃいけない。
たとえこの場凌ぎの嘘だとしても、何も変わる気がない連中に歩み寄れはしないから。
「よせ、奏」
「おっさん…」
「……シンフォギアシステムはノイズから日本を防衛する要だ。
存在を露見させない為に、俺達はどうしても真実を隠す必要がある」
すぐに奏を抑えた弦十郎は、わたしを真正面から見つめてはっきりとそう口にした。
「だからといって、もう二度と二年前のような苦しむ人々を見過ごす気は無い。また同じ事が起これば、俺達は持てる力の全てを使って事態の収拾にあたる」
わたしを見つめるその瞳には飛羽真さん達の言う通り、悪意や偽りはないように感じられる。
「…そこまで言い切るのなら、この目で直に見させてもらう」
「それはこちらの申し出を受けてくれると見ていいんだな?」
「いいよ。ただし……」
それでもわたしはお世辞にも、嘘を嘘と見破れる聡明さなんて持ってない。
だから一歩前に進むと、至近距離から弦十郎へと睨みを効かせる。
「もしも今の言葉を違えるのなら───この胸に宿る力の全てを使って、わたしが二課をぶち壊す」
どれだけ信じたものでも壊れる時は一瞬だ。
昨日まで何気なく笑い合っていた人が、今日には平然と石を投げつけてくる。そんな
「響さん…」
「お前、自分の言ってる事が解かってんのか!?」
「人を守るだけならソードオブロゴスがある。
国の為だとか世界の為だとか。そんな理由で人を踏みにじる組織が必要だなんて思えない」
こんなわたしに信じてくれって言うのなら見せてよ。あんたの語る覚悟が本物なんだって事を……。
無言の間が続く。弦十郎は微動だにせずいたけれど、やがて食いしばるように目を瞑った。
「……わかった。肝に銘じよう」
「本気かよおっさん…!」
「俺達に彼女の意思を否定する権利はない。お前も解っているだろう」
「それは…」
そうして飛び出した答えに奏は食い下がるも、弦十郎は毅然と彼女を宥めている。
…あんたの意志は確かに聞き届けた。それが嘘じゃないんだと、これから身を以て証明してもらうから。
心の中でそう毒ついていると、わたしを見守る飛羽真さんと又もや目が合ってしまった。
「響ちゃん、それが君の答えなんだね」
「悪い?」
「良し悪しで測る気は無いよ。
ただ……一歩でも歩み寄ってくれたのを嬉しく思ってる」
彼は心底嬉しそうにこちらへ微笑みかけてくる。
…ホントにヤメてほしい。
決して二課を許した訳でもないし、言葉を違えれば容赦なく拳を奮うつもりでいるというのに。何故そうもわたしを信じる事ができるんだろうか……。
「この状況下ですが話を進めましょう。
響さんと意見が一致した今、ソードオブロゴスも機動二課と協力するのに支障はありません。付きましては、今後の方針を固めておきたいのですが……」
「……それについてもこちらから再度提案がある。
この事態に際して、防衛省である聖遺物の処遇を検討していてな。定時報告に向かったうちの研究顧問が辞令を持ち帰って来るやもしれん」
「聖遺物、ですか?」
「ああ。その聖遺物というのが───」
場の雰囲気を読んでか、敢えて話を進めようと倫太郎が動いたその時。司令室内をけたたましい警報が踏み荒らし出す。
「司令、防衛省より通信です!」
「すぐに読み上げろ」
「はい。……『広木防衛大臣を乗せた車両が襲撃された。たった今、大臣の死亡も確認されたし』と……ッ!」
「なんだとッ!?」
流れで読み上げられたのは、大臣が殺されたという突拍子のない報せ。
しかも防衛大臣というと自衛隊、二課にも関係のある話じゃないの…? そんな三人の疑問を飛羽真さんが代弁する。
「広木防衛大臣って政府の…?」
「ああ。二課にも理解のある大臣で、政府との帳尻合わせを担ってくれていた人物だ。
そして……うちの研究顧問が報告に向かった方でもある」
そしてこれに応じた弦十郎からさらに驚きの情報が告げられた。
防衛大臣が死んで、二課の職員も巻き込まれたかもしれない。そう聞けば嫌でもこの状況に策謀めいた何かを覚えてしまう。
同時にまるで縁のなかった異常が次々とわたしの前に押し寄せてくるこの事態に、得体の知れない不安が心を蝕んでいく。
ただ不安を紛らわせようにも、詳細な報せを聞くにはオペレーター達は慌ただしい状況を作り上げている。
二人も動揺を隠せないのを横目に、わたしは不安に潰されぬようぎゅっと胸元を掴んでいた。