聖刃伝唱シンフォギア -語り紡ぐ交響曲の果て- 【改訂版】 作:野鳥
とある山の中間に建てられた一軒の洋館。
人の寄り付かない廃れた土地に建てられた館の中で、少女の絶叫が響き渡り空気を震撼させていた。
「ガ───アァァァァア!!!」
それは想像を絶する痛みから逃れたいが故の生存本能。
少女は十字架を模した装置に貼り付けにされ、絶え間なく電流を浴びせられ続けていた。
「ホントにいけない子ね。鎧と杖を携えながら、何の成果もなく帰ってくるなんて…」
そして傍らに佇むのは、装置の開発者にして彼女────ネフシュタンの少女を響達に嗾けた張本人。
名をフィーネと呼ばれる金の長髪が特徴の妖艶な女性である。
彼女は一旦装置を止めると、妖美な声で囁きながら少女の頬を撫でた。
「……これで、いいんだよな?」
少女は息も絶え絶えながら、目の前の女性に問い掛ける。
「あいつ等をここに連れてくれば、あたしの望みに……争いのない世界に近付けんだよ、な?」
「ええ、その通りよ。私の言う通りにしていれば、貴女の望みは必ず叶う」
返される笑みに、少女はこれ以上の言及を避けた。
フィーネはそれを納得したと判断したらしい。満足げに少女を見つめ、再度装置の電源を入れた。
またもや身体を電流が迸り、少女は絶え間ない苦痛に声を上げずにはいられず。
「だから覚えておきなさい。───痛みだけが人の心を繋いで結ぶ世界の真実という事を」
今にも途切れそうな意識の中、少女は思う。
本当に、目の前の女が言う事は嘘ばかりだと。
その嘘に気付きながら未だに縋り付いている自分は、宛ら愚かな道化でしかないのだろう。
滑稽過ぎて笑いたくなるが、駆け上る激痛が口角を吊り上げる事すら許してはくれない。
そんな彼女の内心も知らぬまま、フィーネは電流を少女に流し続ける。
やがて電流が止まり、彼女が装置から解放されたのは十数分後の事であった。
「さあ、ネフシュタンの除去は終わったわ。食事は用意してあるから、ゆっくりと英気を養いなさい」
処理が終わると用がないとばかりに。フィーネは告げるだけ告げてどこかへ立ち去っていく。
思わず意識を手放しそうになるが、少女は何とか床に座り込むまでに留める。
未だ痺れる身体を休ませて考えるのは、今の装置の用途について。
フィーネは先の戦いで少女の中に入り込んだ鎧の欠片を除去すべく、こんな大層な装置を用いていた。
ネフシュタンの鎧が持つ能力は『装着者への永久的再生』。
装着者が傷を受けると即座に傷を繋ぎ合わせ、元の状態へと再生していく力を持つ。
だがデメリットとして、鎧の一部でも装着者の肉体へ入り込むと、肉を食い破ってまでも能力を行使しようとする欠点がある。
故に電流による刺激で欠片を外へ押しやっていたが、問題はその欠片の数だ。
「……こんな事しなくたって、取り上げられそうなもんじゃねぇか」
彼女がダメージを受け、肉体に入り込んだ鎧の欠片は両手で数えられる数しかない。
ここは一見ただの館だが、内部にはフィーネが行う研究に必要な設備が数多く備えられている。
それこそ、麻酔をかけて外科手術なんて真似も容易くできてしまう程には。
「ホント馬鹿だよな。あたしは…」
己の愚かさを呪う少女は動く事もできずに俯くのみ。
しかし突然投げかけられたタオルを掴み取り、彼女は顔を上げた。
「……なんだよ。見てたのか?」
タオルを投げかけたのはこの館のもう一人の住人。
闇を操り、エスパーダ達より少女を危機から救い出した人物でもある。
彼に一部始終を。何より今の自分の姿をずっと見られていたのではと、少女はその人物を睨みつける。
「まさか。淑女への礼儀は心得ている」
しかし彼は表情すら変えず、静かに首を振るのみであった。
「礼儀ね…。
まあ、助かる。流石に今のをずっと見られてたら堪えるからな」
今の少女の姿は、ボンテージに似た肌を大きく露出した目に耐えない格好をしていた。
フィーネ曰く、内に入り込んだ欠片を取り出すにはより肌面積の少ない恰好が適しているらしいが……本当のところは定かではない。
少なくとも少女にとって恥ずかしい身なりなのは間違いなく、彼女はタオルで身を包んで男から顔を逸らす。
ただ彼が否定するのなら、今の恰好を嬉々として眺める真似はしていないのだろう。
本当は追及したい気持ちもあるが、いい加減この話題に触れたくなくて口を噤む。
「食事の件は聞いているか?」
そんな心情を察してか、男は話題を別のものへと切り替えた。
少女が首肯すると、彼は闇の中から何かを取り出す。
それは少女の普段着。きちんと畳まれた一式を男は彼女の目の前に置いた。
「ならば共に食べるとしよう。着替えが済んだらホールに来るといい」
わざわざ彼に用意させてしまった事に少女の顔は赤くなってしまう。
が、特に声を荒げたりはしない。たどたどしくも返事だけはしっかりと返す。
「分かった。……それと、さ」
返そうとしたが、着替えの件とは別に一つの疑問が心の中で沸いた。
「なんだ?」
「次はあんたも出るのか?」
次の戦闘。またセイバーと響を襲撃する時に前線へ出てくるのか?
言外にそう問われた男は、迷いなく首肯で応じる。
「次は奴らも徒党を組んで迎え撃ってくるだろう。ならば私も出た方が勝算がある」
「……だよな。そう、なるよな」
男の返答に少女は目に見えた落ち込み様を見せてしまう。
それをどうとったのか。男は少女へ背を向け、去っていきながら二言だけ告げていった。
「不安なら稽古はつける。案ずるな」
「……って、そういう事じゃねぇんだよ! おい、待てって!!」
男はそれ以上何も言わず部屋を跡にする。
少女は残され、伸ばそうとした手の置き場が見つからずに見つめ続けてしまう。
「………次は情けねぇ姿は見せないからな」
しかし少女────雪音クリスはそこで誓った。
もう二度とあの標的達に負けはしない。己が今日までに培ってきたものを、必ずあの男に示すのだと。
悪魔に縋り付いてでも、未だ闘志を捨てぬ理由を確かめて。クリスは開いた拳を強く握りしめた。
「ハハハ、心配かけちゃってゴメンね~~」
「いつものひょうきんぶりは構わんが、職務中に連絡がつかないのはいただけないぞ」
「それがスマホが壊れちゃってるみたいで…。次はちゃんと出るから、ね?」
広木防衛大臣の死から数時間後。俺達の前には基地から離れていた二課の重要人物が姿を見せていた。
「あの人が弦十郎さんの言っていた?」
「ええ、彼女が櫻井了子。聖遺物研究の第一人者にてシンフォギアシステム、及びこれの基礎となる櫻井理論の提唱者でもあります」
「つまり、彼女がシンフォギアの生みの親…」
危うく大臣への襲撃に巻き込まれそうだったのにあの調子。ノイズを相手取る組織に属しているだけあって、彼女は肝っ玉が据わっているというか物怖じしない人柄らしい。
そんな様子を眺めていると、その当人が話を切り上げて歩み寄ってきた。
「貴方達が噂の仮面ライダー。そして非公式のシンフォギア装者で合ってるかしら?」
「ええ、僕は新堂倫太郎。彼らは───」
「その二人は紹介しなくてもだいじょーーぶ。
神山飛羽真君と立花響ちゃんでしょ? 彼は有名人だし、響ちゃんは最初から調べはついてるもの」
確かに響ちゃんは最初から二課に顔が割れていたが、まさか俺の事まで…。
もしかして、彼女も俺の本のファンだったりは───
「ないわよ? 貴方の本をちょっと見かけた事があるだけ」
……なんて期待は、素っ気ない返事で崩される。
そ、そうだよな……。俺を見たオペレーターの人達の反応から少し期待してしまった。
賞をとったからってまだまだ広く浸透してる訳じゃないんだ。これからも精進しないと……。
「それよりも貴女にはずっと興味があったのよ。
ギアペンダントを介さないギアの装着。正規適合者に勝るとも劣らない出力値の検出…。どの情報を見ても研究者の血が騒いで堪らないの♪」
「検査ならもう間に合ってるから。それよりも今は話すべき事があるんじゃないの?」
「んん~~、釣れないわねぇ……」
「そいつの言う通りだろ了子さん。大臣が殺されてるんだぞ?」
話を聞くにどうにも彼女は響ちゃんに興味があるようだ。
大秦寺さん曰く聖遺物と肉体が融合しているらしいが、本職の研究者からすれば余程興味がそそられるものなんだろうか? 奏さんに注意されても、彼女はまだ響ちゃんを名残惜しそうに見つめている。
「既にいくつかの革命グループから犯行声明が出されているが、詳しい状況は把握できていない。唯一敵の狙いを掴めるとすれば君が持ち帰った機密資料だけになる」
「流石の私もそこを疎かにする気は無いわよ? この任務を遂行しないと広木防衛大臣もあの世で浮かばれないでしょうから」
とはいえプロとしての自覚はあるようで。表情を切り替えると機密資料の入ったトランクを俺達へ翳してみせた。
……響ちゃんへの態度が気にかかるが、この大事に真剣であるなら口を挟むべきじゃないだろう。
「………」
それに今意識を向けるべきはトランクの中身。大臣が二課に託す予定だった聖遺物に関する指令だ。
何故大臣が殺されなければならなかったのか……その理由がこの箱の中に眠ってる。
自然と緊張の漂う中で、その場にいた全員がトランクの中身に視線を寄せていた。
翌日、俺達は機密資料から明かされた指令をこなしている。
その内容がデュランダルの護送任務だ。
デュランダル───シャルルマーニュに仕えたとされる十二勇士の一人、ローランが用いたという伝説の剣。
二課が保管していたというこの聖遺物を、
そこで二課にデュランダルの護送を要請。
今後は一つ街を越えた先にある、永田町に建設された特別電算室『記憶の遺跡』で剣を保管するらしい。
「デュランダル、か…」
「どうしたの? 急にあれの名前なんか言って」
「いや、何度聞いてもその完全聖遺物に人を殺してまで手に入れる価値があるのかって思ってさ……」
改めて指令を思い返すが、こうして任務中でも疑問が頭の中をぐるぐると渦巻いている。
そのせいか複雑な心持ちでいると、倫太郎がマシンごとこちらへ近づいてきた。
「残念ながら古来より完全聖遺物を巡る争いは続けられてきました。
組織にもかつて星をも斬ると謳われた聖遺物を手に入れようと、多くの血が流れたという記録があります」
「星を、斬る……?」
「随分と壮大な話だなぁ…。こんな状況じゃなければ今後の小説に使わせてもらいたいくらいだ」
「残念ながら触り程度の記録しか残されていないんです。小説のモチーフに使うには資料不足かと」
物語としてなら非情に魅力溢れる存在。でも現実ではたくさんの人の命を奪って、自分の欲望を満たす為にしか使われないんだろう。
そう思うと資料がないというのも、俺達が戦っているような連中に渡らずに済んで良いのかもしれない。
「お前ら、任務中だってのに気楽なもんだな」
「気に障ったなら謝るよ。ただ油断するつもりは全くないからそこは信じてほしい」
「どうだか…。足だけは引っ張んなよ?」
と話していたら、別のバイクに乗っていた奏さんが俺達へ苦言を漏らしてくる。
決して気を抜いていないのだが、彼女は不審げに鼻を鳴らしては前方へと進んでいった。
「…わたしが言うのも何だけど、あいつ妙に当たりが強くない?」
「そうだね。もしかして例の剣士の事をまだ引き摺ってるのかな………ッ!!」
これには後ろに乗っていた響ちゃんも眉を顰めてしまう。
宥めるのも兼ねて相槌を打つも───瞬間、前から巨大な爆音が鳴り響く。
車体を急停車させて様子を探れば、そこではマンホールが弾けて巨大な炎が蒔き上がっている。この衝撃によって、前方の二課の車両が吹き飛ばされていった。
「そんな……ッ!?」
「余所見すんな! 巻き込まれるぞッ!!!」
咄嗟に上がった奏さんの叫びに反応し、すぐさまディアゴスピーディーを急発進させる。
すると続け様に後ろからも爆発が起こり、護衛に当たっている車両が次々と呑まれていく。
これが相手のやり口か…!
起きてしまった犠牲に歯噛みしながらも、俺はこの事態を打開する策がないか思考を巡らせる。
すると了子さんが窓越しに俺達へ声を掛けてきた。
「あなた達、弦十郎君から通信よ! 『この先の化学工場にて敵を迎え撃て』ですって!!」
「化学工場? あそこだと余波が飛び火して爆発するんじゃ…!」
「そこが狙いよ。弦十郎君は敢えて危険な場所に飛び込んで敵の手を封じるつもり!」
「街の中心で戦う訳にもいきません。ここは行くしか有りませんよ!」
化学工場で戦うという策に戸惑うが、確かに今のままでは被害は拡大するばかりだ。
街中で戦えば住民を巻き込んでしまう。
かといって逃げ続けても、このままじゃ二課の人員を犠牲にするだけに終わりかねない。
「………分かった。行こう!」
この不安も敵を倒して杞憂に終わらせればいいだけだ。
必ずここで倒し切る。その決意を胸に、俺はマシンのエンジンを噴かせていった。