聖刃伝唱シンフォギア -語り紡ぐ交響曲の果て- 【改訂版】 作:野鳥
───ついに彼が動き出しました。闇の剣士は彼らにとって強敵ですよ」
ワンダーワールドの見届け人、タッセル。
今日の彼はいつもの陽気さを潜め、冷静に飛羽真達の状況を解説していく。
「完全聖遺物『デュランダル』を巡る争いは苛烈を極めた。闇の剣士カリバーの猛攻に成す術のない飛羽真達だったけど、響によってデュランダルが目覚め、あわや暴走による一撃で全てが吹き飛びかけたんだ」
そこまで言い終えると、タッセルは何か気にかかるのか顎に手を置いて思案する。
「けれど飛羽真の一撃。さらにカリバーとネフシュタンの少女の力でデュランダルの暴走をどうにか抑え込めた」
「……それにしても、何故彼らは飛羽真達を助ける真似をしたんだろうね?
さらに響のあの力。あれを
今の状況を語るのに、少しあの後の顛末を思い起こそう。
デュランダルは奪われずに済んだが、結局二課はあの剣を
でもあの時───わたし達はカリバー達に負けていた。
わたしと飛羽真さん以外は倒れていて、あの二人がいなくなったのもデュランダルの騒動があったからだと言える。次にあいつらと戦う時、デュランダル無しに勝てる見込みはどこにもない。
わたしはもうデュランダルに頼る戦いはしたくなくて。
ならその為に何が出来るのか。わたしなりに考えて、行き着いた結果が
「そぉりゃあああああああ!!!」
ドクンと鼓動が一段と跳ね上がる。
腰を落とし、脈打つ鼓動を一点に集約して攻撃を繰り出す。
そうして振り抜いた拳は中心を貫き、目標であるサンドバックを跳ね飛ばして鈍い音を響かせた。
「最短で真っすぐに、一直線に……」
「ふむ、日が浅いながら形になってきたな」
一呼吸で息を整えると、横で見守っていた弦十郎が一連の動きをそう評する。
これがこいつの言っていた拳の打ち方…。
拳に残る感触が手応えの程を教えてくれて、自分なりに教えを落とし込めたのが実感できた。
「なんだかんだでもう二週間か。ダンナのやり方によくついて来れたもんだ」
すると近くで修練に励んでいた奏が視線を寄越して口を開く。
そう、わたしは現在風鳴弦十郎の邸宅にいる。
この二週間。時間を見つけてはここに入り浸り、こいつの下で特訓を行っているんだ。
「いつも飛羽真さんのやり方に付き合わされてるから。この程度なら慣れたもんだよ」
「そんな風に言わせるなんて、あいつ普段から何やってんだよ…」
同じく強さを求めていた天羽奏も修練に勤しんでいたが、弦十郎のやり方には些か不満があるらしい。
それもその筈で。弦十郎の課した特訓というのがいの一番にカンフー映画の鑑賞会という有様だからだ。
「言う程頓智気か? 至ってやりがいのある訓練メニューだと思うが…」
「7割がカンフー映画視聴会のどこにやりがいがあるんだよ。ほとんど遊んでるのと同じだろうが…」
「強くなれれば何でもいい。動きの参考になるのは確かだし、あんただってそうでしょ?」
「……事実だけど頷きたくねぇなぁ」
わたしも最初こそ面食らったが確かに映画の動きは戦いに活かせるものがある。映画用の魅せる要素を除いていけば、なるほど弦十郎の言っている事は理解できない話じゃない。
「それにここまであんたがダンナの肩を持つなんてね。自分から来たって言っても、あたしらへのスタンスは変わってないだろうに」
「…わたしは事実を言ってるだけ。
あいつらがいつ来るかわかんない以上、選り好みもする気は無いから」
ただ修行に理解を示すのを態度の軟化と思われるのは癪だ。そもそもここに来たのだって、わたしとあの二人との差を埋める為なんだから。
その差とは己の戦い方を熟知しているかどうか。
戦ってみて感じたが、あの二人は云わば自分の手足と呼べるまでに武器を使い熟している。きっとその領域に辿り着くまでに相当な時間を費やして。
そんな相手に短期間で追い着くのは無理かもしれない。だとしてもやらないよりマシと、本来ならとらない選択をしてまでここの門を叩いたんだ。
「……襲撃のタイミング、か。その件について君に伝えておく事がある」
決して馴れ合う気は無いと明言すると、逡巡した様子を見せて弦十郎が話を切り出した。
「連日のネフシュタンの装着者、及びカリバーなる仮面ライダーの襲撃についてだが、俺は連中に二課の情報が洩れていると見ている」
「…まさかダンナ、二課の中に内通者がいるっていうのか!?」
「最初は米国を初めとした諸外国。聖遺物を狙うテログループの存在も視野に入れていたが、先日の襲撃でほぼ決定的となった」
「あの機密文書は政府以外では俺達にしか通達されていない情報だ。さらに翌日の作戦も、情報の機密性を守る為にソードオブロゴス以外へは知らせていない。
そんな状況下で狙い撃つかのように待ち伏せされていたとなれば、最早疑う余地もないだろう」
二課の中にカリバーと……ネフシュタンの娘と繋がってる奴がいる?
となれば考える事が山ほどあるが、真っ先に口から出たのは一つだけだった。
「…ならそいつはもしかして、二年前の件にも関わってる?」
「……可能性は高い。あのライブを嗅ぎつけてネフシュタンの鎧を奪えたのも、内部犯なら辻褄が合うからな」
弦十郎も天羽奏は今の話で言葉にできない悔しさを滲ませている。そして理由は違えど、わたしも同じく表情を歪ませている実感があった。
なにせその内部犯がネフシュタンの情報を外部に漏らし、或いは狙わなければあの事件は起きていなかったんだ。
ライブの生存者達に起きた事件を知った時、そいつはどんな気持ちで二課に潜り込んでいたのだろう。
この二人が気付いてなかった辺り、平然と嘘を吐き続けていたんだろうか……?
そう考えると胸の奥からどす黒いナニカが煮え滾ってくる。
今すぐにでもそいつを倒してやりたいと、握りしめた拳にふと視線が下がり───
「どうした、響君?」
「……何でもない」
───ダメだ。心を落ち着けないと、いけない…。
デュランダルを握った時にもこの衝動はわたしの全てを覆い尽くした。その結果があの光景を生んだのだとすれば、安易に身を任せればまたあの時の繰り返しになるだけ。
……そうならないように飛羽真さんは強くなろうと言ったんだ。なのに自分だけ同じ所を彷徨ってたら、きっとわたしはあの人に追い付けなくなる…。
あの日の約束を思い返し、荒んだ心を静めていく。
そうして次第に幾ばくか落ち着いた頃、突然庭の端からスマホの着信音が鳴り始めた。
「あれってあんたの?」
「ああ悪い。ちょっと出てくるよ」
どうやら発信源は天羽奏のものかららしい。
仕事柄すぐに出られるようにと置いていたが、相手は事務所関連の人かな───なんて呑気に考えていたけど。
まさかこの時はわたしまで巻き込んだ話になるとは露程も思ってはいなかった。
……俺は知らない事が多い。
聖剣の事、ワンダーライドブックの事、ネフシュタンの娘やカリバーの事。そして───聖遺物の事も。
「聖遺物の事を知りたい、ね…」
二課本部にある、聖遺物研究の為に造られた研究室。
その内の一室でリクライニングチェアを回しながら、了子さんは悩まし気に俺を見る。
「響ちゃんは弦十郎君の所で特訓中って聞くけど、貴方は参加しなくていいの?」
案の定、彼女は俺の行動に探りを入れてきた。
「傍目に見れば関係なく見えるのは承知の上です。でも、これが俺なりの強くなる方法なんですよ」
そもそも俺は生粋の剣士じゃない。
なのにこれまで戦ってこれたのは、ライドブックの物語に寄り添えたからだと実感している。
「そういえばライドブックから海賊船を呼び出したって報告があったわね。
ライドブックは専門外だからそういうものと見ていたけれど、あれも貴方の想像力が由縁なのかしら?」
「俺だけのって言うと語弊がありますが、間違いないですよ」
ライドブックに記された物語は世間で有名な童話や御伽噺に似た内容が多い。
それを元に読み解き、ライドブックに寄り添った結果。今までの戦いで上手い使い方や自分に合う戦法を編み出してこれたんだ。
では聖遺物の場合はどうか?
ライドブックも広義の意味では聖遺物に該当すると聞いている。もし聖遺物も知識の差で力の使い方に変化が出るのなら、試してみる価値があると踏んだんだ。
そうすればネフシュタンの鎧も攻略法を見つけられるかもしれないし、何より響ちゃんがより力をつけられるようアドバイスできるかもしれないから。
「動機は大事なあの娘の為って事? 焼けるわね~~♪」
「茶化しても響ちゃんとはそういう関係じゃないですよ?」
「釣れない事言わないの!
二課の男共じゃ浮いた話一つないんだから。貴重な恋バナは耳に入れておきたいのよーー」
だから二課の研究室に足を運び、了子さんから話を訊き出そうとしているんだけど。
……何故か彼女は俺の動機を恋愛と結びつけてしまっている。
響ちゃんは故あって仲良くさせてもらってるだけで、俺も彼女も異性として慕ってはいない。
でもこの様子じゃあ、そう説明しても機嫌を損ねるだけかな…。
………仕方ない。
心の中で折り合いをつけ、俺は彼女との日常を語っていく。
それも了子さんに合わせて脚色を加えた、甘酸っぱい青春ともとれるような話の組み方にして。
「初々しいわね~~。お姉さん久しぶりに潤っちゃったわ♪」
「随分熱心ですね。まさか了子さんが恋に興味があるなんて思ってませんでしたよ」
「あら、私は昔から恋に一途のフルスロットルよ?
こうして聖遺物の研究に携わった切っ掛けも、元はあの人との出会いが───」
すると興奮した了子さんは気になる話を漏らしかける。
その誰かを語る彼女は、覚醒したデュランダルへ向けた熱量とも違う。
語ろうとした了子さんは、どこか遠くを見つめていて。
そこから感じられるのは未練。
遠くにあるから手が届かず、その現実に悔しさを覚えて───だからこそ諦めがつかないという風に俺は見えた。
「……喋りすぎちゃったわ。今のはオフレコでお願い」
「隠す事ないのに。そこで切られたら余計聴きたくなっちゃいますよ」
「乙女の秘密を話のネタにするんじゃありません。そんなペンと手帳を握ったってダメよ?」
……ついいつもの癖で深掘りしようとしていたらしい。
渋々ペンと手帳をしまって了子さんに向き直る。正面にいる彼女は、ついさっきの様子がすっかり鳴りを潜めていた。
「代わりに知りたかった事を教えてあげるから。
そうね…。アドバイスというのなら、フォニックゲインについてはどう?」
「それってシンフォギアのエネルギー源ですよね?」
「その通り。このエネルギーは適合率などの条件を除くと、理論上唄う事で生成できるものなの」
代わりに聖遺物……正確にはそれを動かすエネルギーについて説明される。
「歌とは心を繋ぐ渡し舟。
その一言一句に多種多様な意味と解釈を乗せられる、言葉の隔たりを越えようとした人の創意工夫と言えるわ」
「心を繋ぐ渡し舟…か。素敵な表現ですね」
ツヴァイウイングが戦いの中で唄っていたのはそういう意図があったのか…。
加えて歌に対する了子さんの解釈に俺は関心を覚えていた。
『心を繋ぐ渡し舟』
確かに歌は聴く人によって様々な顔を覗かせる。
俺は文章に込められた心情を読み解き、想像する楽しさに馴染みがあって。でも多くの人は五感へダイレクトに伝わる分、歌に馴染みと親近感を覚えやすい。
それを鑑みれば成る程、歌が渡し舟というのは的を射た表現だ。
ここまで歌を語れるのは余程歌が好きだからなんだろうか?
だとすれば彼女にとって思い出深い歌を知れば、よりその内面が見えてくるかもしれない。
「……私は───いえ、そういった歌はない。寧ろ歌に秘めた想いを読み解く事を避けてきた」
そんな想像に反して、彼女はきっぱりと歌を避けていると告白した。
「意見やモノの見方の相違、そういった些細な食い違いから争いは引き起こされる…」
「歌にもそういう側面があるわ。
秘めた想いは一つだけだというのに。時に都合良く意味を履き違え、己こそが正しいと他者の捉え方を否定する者がいる…。
多種多様な解釈というのは逆に言うと、そういった人類の負の面を象徴するものだと思うのよ」
「人類の、負の面…。
俺も自分の解釈が絶対に正しいなんて言うつもりはありません」
彼女の言う事も一理はある。場所によれば、穏やかに意見を交わせない人々はたくさんいるだろう。
そういう人達を憂うのは理解できる。……けどそれはごく一部で、あくまで解釈の一つなんじゃないだろうか?
「貴方の言う通り、私もまた貴方とは違う視点で歌を見つめている。
だからこそ虚しくなるのよ。
尊き願いを込めて創られた祈りの結晶でさえ、人の相互理解を成せはしないのだと…」
「人の、相互理解……?」
何故そうも歌を悲観的に見るのかと気になれば、語られたのはあまりに壮大な話だった。
「誤解なく正しい意味で言葉を通じ合わせられる世界。それって素敵な事だと思わない?」
聞いた直後は思わず面食らってしまったのだけども。
だからこそ彼女はシンフォギアの根幹に歌を組み込んだんだと、自分の中で腑に落ちたんだ。
「あら、今の話からどうしてそうなるの?」
了子さんは歌に秘めた心情を理解しないようにしていると自ら語っていた。
でもそれだけで終わるのなら、研究の鍵に歌を用いていないだろう。
現に歌に纏わる負の面もそれが全てとは語らず、歌の始まりを彼女は『尊き願いが込められた結晶』と表現していた。
彼女が歌に熱意を抱けないのは真実なんだろう。
それでも誰かにとっては心に残り、かけがえのないモノになり得ると認めているんじゃないだろうか?
「……それもまた貴方の都合のいい解釈じゃないかしら?
生憎と私が歌をシンフォギアに組み込んだのは、フォニックゲインの生成に最も効率が良かったからよ」
当然俺の解釈を了子さんはきっぱりと否定してくる。
あんな話をしたんだ。頷きはしないと踏んでいたし、そも答えが合っている保証もない。
そうわかっていながら本人に話したのは、俺が彼女を理解するのに必要だったからだ。
「人は完璧にはなれない。
だから相手の心を最初から読み取れなんて出来ないし、この話をして不評を買うかもしれないとは考えました」
「───けど
話ぶりを見るに了子さんは必ずしも効率を取る人間には見えない。その前提でいくと歌に忌避感しかないのなら、たとえ効率が良くてもギアに歌を組み込むのを躊躇ってもおかしくないんだ。
そうしなかった現在にこそ彼女の真意があると見た。
歌には人の心を動かす力がある。
彼女自身がそう思う……願っているからこそ、シンフォギアは創られたのだと俺は信じたい。
「…………ハァ。貴方って心の底からお人好しなのね」
「えっと……怒ってます?」
「怒るどころか呆れてるの…。
人の善性を信じ過ぎて、いつか痛い目に遭うんじゃって心配になるわ」
俺の考えを一通り聞いた了子さんは、何を思うのか目を見張り
やがてがっくしと項垂れては一息。盛大な溜息を吐いた。
「その時は皆を頼りにしますよ。
人に歩み寄るなら、その誰かを信じる事もまた大事ですから」
「そういう台詞を吐くのは私じゃなくて別の誰かにしときなさい。
ちょうどいるじゃない。貴方がまだちゃんと話の出来てない人が……」
解釈の内容に関わらず、俺と話すのに疲れたといったところか。
話を切り上げる為に、了子さんは別の話題を俺に持ち出した。
「デュランダル移送の時に見てたけど、あの剣士の名前も知らないんでしょう?
これからも一緒に戦うのに、そんな状態じゃまたカリバー達にしてやられるわよ」
「手厳しいな…。彼と話をしなきゃいけないのはそうですが……」
「ですがも何もない!」
話を終わらせるのに渋っていると、肩を掴まれて無理矢理部屋から弾き出される。
「その後で話はいくらでもしてあげるわよ。
ただそんな台詞を吐くんなら、エスパーダの彼を説き伏せてみせなさい?」
そして若干棘のある剣幕と共に、目の前の扉は固く閉ざされた。
……あれは怒ってる。いや、あの急な対応は彼女の地雷に触れたのかもしれない。
俺を締め出した了子さんの顔は、どこかこちらを忌々し気に見つめていた。
「何故、今更目の前に現れる……」
「
櫻井了子は歌が好きではないんじゃないか、というのが筆者の考えです。
1期を見るにあの方への想い以外は二の次な印象を受けます。それでもXVを鑑みるに人類の相互理解への一案として昇っていた時期もあったでしょうが、1期時点での世界情勢を思うとその期待も鳴りを潜めてそうな気配があるんです。
期待していた力は幻だった。そう裏付けるかの如く嘘と裏切りが蔓延するシンフォギア世界。
そんな世界を変えるには、最早痛みを伴う力こそが絶対となったのが1期の了子ではないかと。