聖刃伝唱シンフォギア -語り紡ぐ交響曲の果て- 【改訂版】   作:野鳥

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 幻想の世界。現代には存在しえない摩訶不思議な空間の中に、ひっそりと建つ一軒家の中。
 そこで奇怪な紳士服に身を包む翠髪の男性が、一人語りを始め出した。

「皆さん、ボンヌレクチュ~ル! ボクの名前はタッセル」

 タッセルと名乗る男は傍にあった本を手に取り、まるで子供のようにはしゃぎだす。

「突然だけど、本って凄いですよね~!
 知らない知識や未知の体験がなっんでも書かれているんです!」
「そんな本だけど、この世界は一冊の本によって生まれたのはみんな知っているかな?」

 パラパラとページをめくって目的のページを開けば、そこには細かな情景を描き出した見開きの絵が現れる。

「遥か昔、僕達の住むこの世界はある力を持った一冊の本によってこの世界は創られたんだ。
 そこには神話、物語、生き物や科学技術なんかの源。そして、人間の歴史全てが記されていたんだ」
「その力を使い、宙からの来訪者が人間を創り出して長ーい時間が過ぎた頃。
 その本は聖剣に選ばれた剣士達に守られる事で、世界の平和は保たれていたんだ」

 まるで昔を懐かしむように、虚空を見つめていたタッセルの目に嘆きが浮かび上がる。

「だけどその本を狙う悪い奴らが現れて、本はバラバラになってしまった!」
「本を巡る戦いは、何年も何年も続いて……今もまだ、終わりは見えていない」

 けれど、と。彼の表情に打って変わって光が差し込んだ。

「その戦いに、新しい変化が起きようとしている」
「変化を巻き起こすのは二人の人物。
 本が大好きな一人の作家と、そんな彼と仲のいい一人の女の子」
「これから僕は二人に注目していきたいと思ってるんだ。
 まずはここから読み上げていこうか。 二人が紡いでいく物語の幕開けを───」



第1章 1節 幻想の世界、開かれしとき

 

 

「………トウマ───ッ!!」

 

 ────誰かが助けを求めてる。

 

 目の前にいるのは白いワンピースを着た女の子。彼女は、空中に浮かぶ巨大な本の見開きへ今にも吸い込まれようとしていた。

 

 危ない!……と、俺は咄嗟に女の子の手を掴む。

 だけど本から生じる風は凄まじくて。こっちが引っ張ってる筈なのに、逆にこちらが引き摺られてしまう。

 

「必ず助ける! 約束だッ!!」

 

 それでも俺は女の子にそう叫んでいた。

 ホントは怖い。吸い込まれた先に何が待っているのか判らず、自分まで巻き込まれるんじゃないかと。不安から心臓はバクバクと脈を打ち続けている。

 でも俺がこんなに怖いんだ。女の子はもっと不安を抱いているに違いないって思えば、ここで逃げようって考えは微塵も浮かんでこなかった。

 

「イヤァァァァーーーーッ!!」

 

 何がなんでも二人で生きて帰ろう。

 そう誓った筈なのに────なのに彼女の手は、無情にも俺の手から離れてしまった。

 

 急いで掴もうとしても遅い。

 あっという間に女の子は見開きに吸い込まれて、まるで最初から何もなかったかのように本は世界から消えてしまっていた。

 

 ……その時、俺の胸に渦巻いていたのはきっと後悔だ。

 まだやれる事があった筈だって想いが、空を切った手から零れていく。

 

 この気持ちはずっと忘れる事はないだろう。

 俺はあの子との約束を果たせなかった。助ける事が出来なかった無力さを何時までも心に刻み続ける。

 

 たとえ思い出を失おうとも。

 たとえ名前すら思い出せなくなっても。大事な■■への想いだけは、必ず────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「…飛羽真さん」

 

 ……そう、必ず思い出す。この記憶だけは何があっても失いたくなかった筈だから。

 

「……飛羽真さん。飛羽真さん」

 

 何だか揺れるな……。それに何だろう、この声、は───

 

「………飛羽真さん!!!」

 

「はいっ!!」

 

 ああ、耳元がキーーンとくる……。

 痛む耳を抑えながら、俺は恐る恐る声の主に身体を向けた。

 

「全く、起きるのが遅い」

「ゴ、ゴメンね。響ちゃん……」

 

 そこにはやっぱりというか。うちの従業員がご立腹の様子だった。

 

 目の前にいるのは立花響ちゃん。

 俺こと神山飛羽真が経営している本屋『ファンタスティック本屋かみやま』でアルバイトをしてくれている高校生だ。

 彼女はまた眠っていた俺へ呆れつつ、しょうがないという風に溜息をついていた。

 

「またあの夢?」

「そうなんだ……やっぱり分かる?」

「飛羽真さんがすぐ起きない時は決まってその夢でしょ。嫌でもわかる」

「それもそうか……。ありがとね、いつも起こしてもらっちゃって」

「そう思うなら、今度はもっと早く起きて」

 

「ハハハ……」

 

 俺は時折中々眠りから覚めない時があって。その時は決まってとある夢を見ているんだ。

 その内容は不思議な少女の手を掴んで、最後は助けられずに終わってしまう後味の悪いもの。

 最初はただの夢と思っていたけど、もう十五年も続けばきっと何か意味があるのだと思えた。

 

 その理由は多分、俺の無くした記憶にあるんじゃないかと見てる。

 俺は十五年前のある時期の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。

 "らしい"というのは、自分でも記憶が無いなんて感覚が無くて。周囲の人に疑問を抱かれてようやく気付けた位に、酷く大雑把な記憶の消え方だったからだ。

 

 だから推察するに、夢で見る女の子は忘れてしまった期間に会った子なんだと思う。

 とはいえ、なんでその子があんな目に遭う夢を見るのかは判らず。さらにどうやら俺の周囲の人達もその子の事は全く知らないようで、結局俺は何もわからず仕舞いで今日まで生きてきた。

 

「それと、またそれ触ってるの?」

 

「ああ、これね……」

 

 響ちゃんに聞かれ、俺は握っていた物を机の上に置く。

 それは『Brave Dragon』という題名を刻む、炎を吐く紅い龍が描かれた不思議なアイテム。

 まるで本のようにも見える外見なのに、その割には表紙が開く様子はなく。これもまた全く使い道の判らない代物だった。

 

「十五年前から持ってるけど、不思議と手放す気にはなれないんだ」

「もしかしたらそれが、無くした記憶に繋がる手掛かりかもしれないから?」

「うん。それもあるけど……」

 

 ───不思議とこれに惹かれている自分が、心の中にいる。

 そう口にすると響ちゃんは目を点にして、だけど次第に穏やかな顔つきで俺を見ていた。

 

「まるで本を読んでる時みたいに言うんだね」

「本を読んでる時と一緒、か。……確かにそうかもしれない」

 

 俺は昔から本が好きだ。

 その中でも特に絵本や小説がお気に入りで、登場人物が物語の中で色んな事を経験して、心動かされていく様子に没入していくのがたまらなく好きだったんだ。

 

 この不思議なアイテムへ俺は本を読んでいる時と似た想いを抱いている。自分でも理由を明確にできないけど、響ちゃんの言葉は俺の中にスッと馴染んでいく気がした。

 

 いつかその理由も解かる時がくるんだろうか?

 その時は夢の女の子の事もわかればいいな────なんて考えていたんだけど。

 

「ハァイ、そこの二人~?

 自分達の世界に入ってないで、いい加減うちのことも見てほしいなぁ~?」

 

 ポンポンと肩を叩かれて、俺は現実に引き戻される。

 振り向くとそこには、青筋を立ててニッコリと笑う見知った顔が映り込む。

 

「うえっ! 芽依ちゃん!?」

「あぁ、忘れてた……」

 

 響ちゃん知ってたの? なら早く中に通してほしかったな……。

 なーんて俺が言う間もなく、彼女は響ちゃんに文句ありありといった様子で泣きついていった。

 

「ひどいよ響ちゃ~ん!

 呼んでくるっていうのに待ってたら、うちのこと放って話し込んじゃってさぁ~!」

「ゴメン、つい……」

「つい、で忘れられたらたまったもんじゃないって~」

 

 このパワフルな印象を覚える彼女は須藤芽依。俺がお世話になってる「ビブリオユートピア出版」の編集者で、俺の小説の担当者でもある。

 

 ……そう。俺は本屋の店主の他にもう一つの顔があるんだ。

 それは『小説家』。

 昔からの好きが高じて物語を書き始め、今では芽依ちゃんの出版社でファンタジーを題材に月一の連載を書いている。

 

「……というかなんでここに? 締め切り明日だよね?」

 

 ただその締め切りは明日の筈で、まだ時間には余裕がある筈だけど……。

 尋ねてみれば、芽依ちゃんはさっきとまた違った雰囲気の笑みを浮かべている。

 

「それが明日友達と買い物に行く約束してるの。だから今日ちょうだい!」

「やっぱり何度聞いても酷いと思うよ。その理由は……」

「だって友達との約束だよ? 破りたくないじゃん!」

 

 ああ、そんなところだと思ったよ……。

 芽依ちゃんがああいう笑顔を浮かべるのは、大抵無茶ぶりをしてくる時だ。いつもそれに巻き込まれて俺と響ちゃんが四苦八苦するのがこの店での日常になっている。

 

 まあ、それを悪いとは思ってないんだけどね。

 毎度唐突に言ってくるけれど、絶対に俺達ができない事は言わないよう彼女は線引きしてくれてるから。

 だからこそ、こっちもそれに応えようって気になってくる。

 

「そうだね。友達との約束は大事にしないと」

「でしょでしょ!」

「そして俺は約束を守る男。芽衣ちゃんの約束も守れるよう、全力で協力するよ」

「おぉ! という事は原稿が…?」

「ああ、もちろんできてる」

 

 俺は自信を持って芽依ちゃんにそう返す。

 そして自分の頭をトントンと叩いて、俺は原稿の在り処を口にした。

 

 

「頭の中にね」

 

 

 するとガクンと芽依ちゃんは肩を落としてしまう。

 

 隣にいる響ちゃんも心なしか視線が冷たい……。

 そんな反応しないでほしいなぁ。約束した以上、ちゃんと書き上げるからさ。

 

「じゃあ頭の中にあるなら書いて! 今すぐ!!」

 

 催促するように勢いよく手を差し出される。

 なら早速ペンを走らせようか!────といきたいところだけど、残念ながらすぐには無理なん。

 

「はいぃ……?」

「という訳で来て早々だけど響ちゃん。亮太くんへのプレゼント持っていくから着いて来てもらえる?」

「わかった」

「いや、わかったーーじゃないよ? 原稿はどうなるの!?」

 

 立ち上がって店を出ようとすると、芽依ちゃんは慌てて俺の肩を掴んで引き留めてくる。

 確かに芽依ちゃんが慌てるのも無理ないよ。

 けど今日は先約が入ってるし、そっちを疎かにも出来ないんだ。だから待っていてほしい旨を伝えると、響ちゃんが彼女の説得に加わってくれた。

 

「……まあ、飛羽真さんの自信はともかくとして。

 いきなり無茶を言ったのは芽依さんなんだから、少しは広い心を持とうよ」

「くっ、それを言われたらこっちも弱い‥‥!

 ………しょーがない。ここは待つけどもその代わり、あたしも着いてくからね」

「その理由は?」

「ここで待ってても暇っ!」

「……よくぼうにちゅうじつ」

「まぁまぁ、そうやって気持ちに正直なとこは芽依ちゃんのいいとこだよ」

 

 なんだかんだ言って原稿を待ってくれるからね。

 結果的に話も纏まったところで、俺達はお店を出て目的地に向かった。

 向かう先は市街の公園だ。そこでプレゼントを待つ亮太くんとその御両親が待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、飛羽真お兄ちゃん!」

 

 絵本を受け取ると、飛羽真さんと約束をした亮太くんは満面の笑みであの人に向き合っていた。

 その様子を離れた場所から彼の両親は微笑ましく見守っている。

 

「飛羽真ったら自分の事みたいに喜んじゃって‥‥」

「うん、喜んでもらえてホントに嬉しそう」

 

 亮太くんの顔を見て、飛羽真さんもまた本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 あの子はわたし達の住む街────かがり市内に住む小学生で。彼の両親は自分達の子供の誕生日に、絵本をプレゼントしようと注文してきてくれたお客さんだ。

 

 ファンタスティック本屋かみやまは店主の趣向で、子供向けの絵本がたくさん並べられている。だから近所の子供がよく訪れて、その親が絵本を買いに来る場合が多い。

 商品を渡すだけなら郵送でも良かった筈。それをこうやって直接渡しに行くのは、飛羽真さんのポリシーって言うべきなのかな。

 

 『子供たちが初めて読む物語は、直接手に取ってほしい』……なーんて言ってたっけ。

 

 でもそのお陰で、こうして温かい世界が目の前に広がってる。

 誰もが幸せを感じられる優しい場所。それはきっとああいう光景を言うんだろうな……。

 少し感傷に浸っていると、隣の芽依さんが何故かこちらをニヤニヤと面白そうに見つめていた。

 

「そういう響ちゃんも一緒に選んだんだし、飛羽真ほどじゃなくても嬉しいんじゃない?」

「嬉しい……か。そうかもしれない」

 

 意外にも素直に気持ちを表に出した事に、わたしは自分でも内心驚いてしまう。

 昔の……地元にいた頃のわたしじゃ、芽依さんの言葉へまともな返事を返せなかっただろう。下手をすれば攻撃的に突っかかっていたかもしれない。

 変わった切っ掛けがあるとすれば……きっとここでの暮らしなんだろう。

 

「飛羽真さん達に比べたら詳しくないけど、わたしなりにあの子が喜びそうな本をずっと考えて。

 あの本も、飛羽真さんがわたしの意見も参考にして選んでくれたんだ」

 

 あの人だけで考えた方が早かったろうに。それでもわたしも大事にして、飛羽真さんはあの本を選んでいた。

 

「だからああも嬉しそうにしてくれて、あの本を一生懸命読んでくれるなら……手伝った甲斐はあったかな」

 

 そして手伝わせてくれたあの人にも、感謝……した方がいいのかもね。

 彼らを眺めながらそう考えていると芽依さんはうんうんと頷いて、さらに面白げな顔を強めていた。

 

「そっか~。響ちゃんも飛羽真のお店に馴染んできたみたいだね~」

「こっちに来て半年は経つんだから、いい加減慣れるよ」

「フフン。ここはバイトを進めたうちを尊敬してくれてもいいのよ?」

「パス。いい加減そんな目で見られると鬱陶しいし」

「ええーー! いいじゃんうちだって褒めてくれてもさぁーー」

 

 ガクンガクンとわたしの肩を揺らしてくるけど、絶対に本音は言わないから。それよりもこの一時に少しでも浸らせてほしい……。

 

 ……この時はそんな風に今日も何気なく。けれど大切な日々が続いていくんだと何の確証もなく信じてた。

 でも、わたしは二年前の件で肝に銘じるべきだったんだ。

 幸せなんて何の前触れもなく崩れ去って、大事なものを簡単に奪ってしまうんだって事を────

「パパ! ママ!」

 

 それは突然だった。

 地面から光が迸って、公園を二分したかと思うと。光の向こうにある景色がどんどん頁を捲るようにぼやけていってしまう。

 光の内側がわたし達で、外側には亮太くんの両親がいる。

 亮太くんは両親の姿が見えなくなっていくのを見て、すぐに二人の下へ行こうと走り出した。

 

「ダメだ、亮太君!!」

 

 けれどどこかで危機感を覚えたんだろう。飛羽真さんは亮太くんを捕まえて、光の下へ行かないよう必死で抑える。

 この異常事態にわたしと芽依さんも二人の所へ行くと、外の光にさらなる変化が生じていく。

 

「飛羽真さんッ! これって…」

 

「ああ。……何が、どうなってるんだ?」

 

 すると外の景色は、まるで違うモノへと切り替わっていた。

 さっきまで街の公園だった周囲は、全く正反対の青空に自然豊かな山脈に。

 その中にはビルにも届きそうな巨木が生えていて。空にはたくさんのシャボン玉と、まるで夢のような生き物が飛び回っていた。

 

 鯨にペガサス。グリフォンに果てはワイバーン。

 お店で見た本に載っている空想上の生き物。それが目の前で飛び回る光景は、頭を打って夢の中に落ちたって方が納得できるくらい現実離れしたものだ。

 

 何がどうなってるの? 一体わたし達に何が起こったのと、この時のわたしは混乱の最中にいた。

 後にここが現実で、今日のわたし達が呪われてるんじゃないかって程に運が悪かった事。

 

 そしてこの場所が『ワンダーワールド』────世界の神秘が息づく幻想の果て。地球にあるもう一つの世界である事を、わたし達は知った。

 

 

 

 

 

 

 




基本的にこの小説は飛羽真と響の視点から進めていきます。
時折三人称視点や他のキャラの視点が混じったりのスタイル。
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