聖刃伝唱シンフォギア -語り紡ぐ交響曲の果て- 【改訂版】   作:野鳥

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第10章 3節 信頼、既に無きもの。

 

 紅い光が煌めけば、衝撃波と共にコンクリートを深々と削り取っていく。

 夥しい数の裂傷に塗れた駐車場は、最早常人の近寄れない超人達の戦場と化していた。

 

「ようやく真正面から戦えるようになったか」

「ああ、ここまで長かった…。故にこそ、お前達の栄華も終わらせられる!」

 

 頭上から襲い来るズオスの斬撃に、フィーネは鞭を十字に構えて受けに回る。

 が、その威力を霧散させる前に相手はさらなる追撃をかけて彼女に襲い掛かった。

 

「オラッ!」

「グ…ッ!?」

 

 押し込む形で放たれる頭上からの跳び蹴り。加えられた力が鞭を破り、斬撃をフィーネの身体へと食い込ませる。

 

「───ハハッ」

 

 大量の血を吹き出し、一瞬よろけるフィーネ。

 しかし次の瞬間にはズオスの脚を掴み、崩れる流れに任せて後方へ放り投げた。

 

 これには意表を突かれ、ズオスはされるがままに宙へ放り出される。

 そこへ刺し込まれる鞭が彼の頭蓋を貫かんと迫り

 

「チィ…!」

 

 乱雑に奮う爪が間一髪で鞭を弾く。

 そのまま着地し、ズオスは一旦フィーネの観察に回ったのだが……眼前の光景に彼は眉根を潜めた。

 刻んだ傷はかなりの重症だった筈。本来なら今も夥しい血が流れて当然……それが血の流れは止まり、見る見る内に傷は塞がってしまう。

 

「それがお前の鎧の力…。俺達のように不死身の再生力を得たって訳か」

 

 それは彼にとって既知の物。メギドの誇る土俵にフィーネは完全聖遺物の力で上がったという事だ。

 豪語するだけはあり、その力はズオスも警戒せざるを得ない。こと傷を癒す速度に於いては、彼女に分配が上がると彼の本能は告げていた。

 

「なッ!?」

 

 それでもズオスに焦りが生まれる事はなく。

 これを訝しんだ彼女へ繰り出される拳が、その理由を物語っていた。

 

「ハァ!」

 

 寸で避ければ、空気を裂いた余波が身体に叩きつけられる。

 まるで自分の身体がドラムにされたような振動。鎧越しでも伝わる不快感に加え、自身に生じた変化にフィーネは目を奪われる。

 

「バカな、ネフシュタンの鎧が……」

 

 弦十郎の拳圧はネフシュタンの鎧に深い皹を刻んでいた。

 

 これがズオスの余裕が崩れぬ理由。

 確かにネフシュタンの再生能力は厄介だが、防御力においてはこちらの攻撃力を凌ぐ程ではない。メギドどころか人の身で打ち破れる事こそ、鎧が絶対ではない何よりの証。

 

「ハッ、ただの人間に押されて、掴める世界があるものかよッ!」

 

 二人の対峙を好機と、ズオスは蛮刀にエネルギーを収束。一気に振り下ろして二筋の斬撃を放つ。

 

「フンッ!」

 

 対して弦十郎が迎え撃つ。

 彼が地表を蹴り着ければ、威力に耐え切れなかったコンクリートがせり上がる。

 そうすれば即席の盾の完成だ。斬撃を受けて爆散した瓦礫に紛れ、彼はズオスに向けてコンクリートの破片を蹴りつけた。

 

「カァ…!」

 

 瓦礫はズオスの腕に直撃する。

 ダメージにもならず武器も手放していない。が、弦十郎の贅力で放たれたそれは相手の構えを解くのに十分な力がある。

 

「オウッラ……ァ!!」

 

 腕が弾かれたズオスへ弦十郎は突貫。

 一歩で距離を詰め寄り、引き絞った拳を突き出す。

 

 瞬間、ドンッ!と音が戦場を支配する。

 彼の拳は鳩尾を抉り、その口からは一筋の血が流れ───されどズオスの脚はしっかりと大地を踏み締めていた。

 

「ガァァ……!!!」

 

 雄叫びを上げ、ズオスが力任せの頭突きをかます。

 額に喰らった打撃は弦十郎の脳を揺らし、一瞬たたらを踏ませて空白を生む。

 ここでズオスは蛮刀を振り下ろしにかかるが、追撃を仕掛けたのはもう一人。

 

《NIRVANA GEDON》

 

 集約したネフシュタンのエネルギーを解放したフィーネ。

 一直線に突き進んでくる光弾と迫りくる刃。挟まれた現状を認識した弦十郎は、直感的に場の最適解を導き出す。

 

「ウォォォォ……!!」

 

 肌に触れる寸前まで弦十郎は動かない。

 そして残り数ミリという瀬戸際、彼の掌はズオスの腕を掴んでいた。

 たったそれだけで蛮刀は動きを止める。いくら力もうともピクリともせず、弦十郎は意のままにズオスを振り回していく。

 

「ガァ!?」

「チィ…!」

 

 振り回されたズオスの向かう先はフィーネの放った光弾。

 盾代わりにされたズオスは光弾の威力に弾き飛ばされ、即座に彼を手放した弦十郎がフィーネに接近する。

 

「デカいのをお見舞いしてやる、了子ッ!」

 

 彼女も鞭を奮って応戦するも、弦十郎はタイミングを読み切って進軍を続けた。

 

 このままでは確実に魔人をも凌駕し得る一撃に見舞われる。

 ネフシュタンの能力を鑑みれば死だけはあり得ない。しかしズオスのように反撃できるだけの耐久力を誇るかと問われれば、決してYesと答えられないだろう。

 

 では、フィーネにできる打開策とはなにか?

 

()()()()ッ!」

 

 ───櫻井了子として情に訴えかける。

 弦十郎は敵と判明した今この時でさえも、彼女の事を了子と呼んでいた。それが彼女に未だ仲間と見ている証拠とすれば、引っ掛かる可能性は十分にある。

 

 姑息ではあろう。この期に及んで図々しくもある。

 しかしフィーネにとって情など幾らでも切り捨てられる余分。目的の為ならば迷いなく利用する非情さが彼女の強みに挙げられた。

 

 この強みは今回も彼女に天秤を傾ける。

 仲間としての顔を晒す彼女に、弦十郎の顔に微かな戸惑いが顕れた。

 

 その惑いを機と見て、フィーネは鞭を彼に対して突き付ける。

 彼女が想起するのは鞭に腹を貫かれる敵の亡骸。

 まずは一人と、戦況の好転にフィーネは心の中でほくそ笑む───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ───」

 

 が、好転した筈の天秤は鞭を掴んだ彼の掌に打ち砕かれた。

 もう対処する暇もない。

 突き出した鞭は逆に彼女を手繰り寄せる紐に使われ……フィーネの腹を渾身の蹴りが抉っていった。

 

「ガ、ハッ……!?」

 

 地上に落ちた彼女は血反吐に沈む。 

 回復も追いつかない。息を整える前に、さらなる蹴りがフィーネを壁面へ叩きつける。

 

「まだ情けを掛けてもらおうとは、俺も甘く見られたな…」

 

 壁にめり込んだフィーネを見つめ、残念そうに弦十郎は呟く。

 それが策を破られた事に加え、余裕を崩さない態度と見えて癪に障る。

 

「ならば何故、私をその名で呼んだ……ッ」

 

 怒りのままに問い質すと、弦十郎は鋭い眼光を以て彼女を睨み返す。

 その眼にフィーネは言葉を詰まらせる。永き時を生きた彼女をして、弦十郎の放つ眼力は今までに味わった事のない感情を発露させた。

 

 ゴクリと唾を呑む。

 果たしてこのような緊張感を覚えた時がどれだけあっただろうか。

 

「……とはいえそう見られても仕方ないんだろうな。

 俺は確かに甘いところがある。お前の事もまだ信じたいという想いがあったのは事実だ」

 

 しかも十年近い付き合いの中でも、彼がここまで感情を昂らせた姿をフィーネは見た事がない。

 語り続ける間も彼の放つ圧は衰える兆候はなく。

 それだけ彼女の行動に怒りを覚えているかの顕れでもあった。

 

「思えば二年前の惨劇の時も、その後のバッシングも。政府の意向に沿い……」

 

 途中で頭を振って言葉を切る。

 どこか今の発言を悔やむ素振りを見せた彼は、その一言一句に渦巻く想いを乗せた。

 

「───いや、問題は起こさないと意気込んだ俺達に原因があった。

 彼女には恨まれても、何をされても仕方ないと思ってたさ」

 

「だが、響君の選んだ道は違った。

 恨んでいたとしても、二課を見定める選択をした彼女を俺は眩く感じたよ」

 

 何を言いたいのかと、怪訝に思いながらも回復を進める。

 内臓に負けたダメージも補填され、ようやく動けるまでになったフィーネは壁面から抜け出す。

 

「被害者でありながらこちらに歩み寄り、目的の為なら教えも乞うなんて誰でもできる事じゃない。

 響君(彼女)といい、飛羽真君()といい……。あんな背中を見せられちゃあ、俺も腹を括らないとな」

 

 フィーネからすればどうでもいい話。

 立花響が何を思うかなど興味もない。重要なのは如何に目の前の脅威を切り抜けるかだと、彼女は鞭を握りしめて弦十郎の隙を伺う。

 

 ただし、彼に突ける隙などもう存在しない事にここで気付けず。

 仕掛けようとした途端。後の先というべき所作で先手を掴み、弦十郎の突きがネフシュタンの鎧を打ち砕く。

 

「グガ……ァ!」

「…あのライブで消えていった人々に、お前は何も思わなかったのか?」

 

 その拳は今までのどれよりも重く

 

「グ、ブッ……!?」

「彼女達が苦しんでいる時も、何食わぬ顔で俺達の傍にいたのか?」

 

 続けて放たれた蹴りは、この戦いで最も鋭くその身を突き上げる。

 

「ガッ……!!?」

「あれだけ苦しんできた響君から、まだ何かを奪おうとするのか?」

 

 鳩夫を突く肘打ちに彼女に対する情けは微塵も込められていない。

 

「答えろ、()()()()…ッ!」

 

 フィーネは気付くべきであった。弦十郎が己を了子と呼んでいたのが最後の分水嶺であったのだと。

 彼が抱いていた情を利用した時点で、彼女に傾く天秤など最初から壊れていたのだ。

 

「ウオォォォォォォ……!!!」

 

 ギチリと音を鳴らした拳が唸り、弦十郎はトドメを放ちに掛かる。

 鎧は度重なる打撃に悲鳴を上げた。回復も追い付かなくなり、ふらつきながら立つのが精一杯。

 

 ようやく掴みかけた悲願の達成が崩れ去る音が頭に鳴り渡る。

 次の覚醒がいつになるかは判らない。

 少なくとも運良く間を置かずに戻れたとして。目の前の敵を屠る力は今より長い時を掛けねば手に入らないだろう。

 

 彼の慟哭はその心に何一つ響かず。

 脳裏に弦十郎への憎しみを抱き、フィーネは迫りくる終わりを見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方に彼女は殺せませんよ」

 

 ───その終わりは寸前で防がれる。

 拳が彼女の身体に触れる直前、虚空より伸びる糸が弦十郎の身体を絡めとってしまった。

 

「お前は……ッ」

「連携が遅れて申し訳ない。彼女を殺す訳にはいかないんだ。

 ここで殺してしまえば、またどこかの誰かが第二・第三のフィーネと化す結果になる」

「なに…?」

 

 困惑する弦十郎へ下手人は暗がりから丁寧な口調で語り掛ける。

 白いフードに身を包みながらも、その人物からは場に似つかわしくない穏やかさが感じられた。しかし口調に反して弦十郎への妨害と、フィーネに組したととれる行為が彼への疑念を強めていく。

 

 ただし彼女の味方という訳でもないらしい。

 何者かの操る糸は、守った筈のフィーネをも容赦なく縛り上げてしまう。

 

「オイオイ邪魔すんなよ。ここからが面白くなるところだろうが…!」

「止まるのはお前もだ」

 

 この事態にようやく立ち上がったズオスが不満を顕わにした。

 場に水を差されたと乱入者を締め出そうとする───が、ここにも新たな攻撃が襲い掛かる。

 

「チィ……!?」

 

 駆け出したズオスの前方をせり上がった土の壁が塞いだ。

 この攻撃に見覚えのあった彼はそのまま進まずに脚を止める。すると何もない上空から数多の雷がコンクリートを焼き砕いた。

 

「レジエル、お前も邪魔するつもりかァ……」

「段取りも守らず、独断に走った身分でよく吠えるな?」

 

 軽やかに靴音を鳴らし、優雅な所作で青年はズオスに歩み寄る。

 

 赤い下地のセーターに黒のジャケットを羽織った異国の青年。

 レジエルと呼ばれた彼はフィーネ達を一瞥すると、最後にフードの人物へと視線を投げた。

 

「引き取ってくれるのならありがたい。その女の処遇は好きにしろ」

「ではそうしよう」

 

 何かしらの方策があると踏んでの発言か。捕えた先を促す彼に、フードの人物は惜しげもなく自身の力を披露してみせた。

 

 パチンとスナップを効かせる。

 そうすれば糸が淡く輝き、フィーネの纏う鎧を瞬く間に朽ちた石灰色へと変じていく。

 

「ネフシュタンが……!?」

「彼女の力は封じられた。これで牢へ繋ぐのに支障はないでしょう」

「貴様、一体どこの術師だ? ここまでの術理を操る者など…ッ」

「自らの知識が絶対と思わない方がいい。その奢りこそが君を敗北に導いたのだから」

 

 勝者に釘を刺される様は、まさしくフィーネの敗北を決定づける構図。

 悔しさに顔を歪める彼女に興味を無くしたのか、レジエルはすぐに踵を返す。

 

「場を弁えろ、俺達が動くのは今じゃない。奴とてお前にそう言った筈だ……」

「……クソがッ!」

 

 自分達の出る幕ではない。

 そう言外に告げられたズオスは、行き場を失った鬱憤を晴らせないまま彼に着いていくしかなかった。

 

 ……場に残ったのは三人のみ。

 フィーネを倒せない事を知った弦十郎は縛りを解かれると、開口一番にフートの人物へ疑問をぶつけた。

 

「君は一体……いや、連携と口にしたのは───」

「僕の所属はご想像の通りですよ」

 

 とはいえフィーネの情報を持ち、二課である自身と連携する意志を見せている。

 これだけで素性は割れたも当然。

 それを敢えて口に出せば、フードの影からは三日月に吊り上がる口元が見え隠れしていた。

 

「名乗る程の者ではないので……今は『ソードオブロゴスの錬金術師』と答えておきましょう」

 

 ソードオブロゴスから現れた、剣士とも違う新たな使者(異端技術)

 彼は怪しげな態度のまま、弦十郎にそう名乗りを上げた。

 

 

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