聖刃伝唱シンフォギア -語り紡ぐ交響曲の果て- 【改訂版】   作:野鳥

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お久しぶりです。約2ヶ月ぶりに帰ってまいりました。
11章は難産故に中々筆が進まず、ようやく流れができたので投稿を再開します。

今回のお話は最初に二課の面々から。
フィーネを捕縛したはいいものの、どうやら事情聴取は難航しているようで?


第11章 1節 誰かの苦しみ、抱える悩み

 

 四畳半程の個室を白光が眩く照らし出す。

 

「───お前がフィーネとして覚醒したのはいつの頃だ?」

 

 ガラス越しに対面する二人は片や険しく、片や不遜に。両者に漂う緊張感が、色濃く映る影で強調されていた。

 

「十二年前、アメノハバキリの起動実験の際だ。

 アウフヴァッヘン波形に触れた櫻井了子の遺伝子は覚醒し、その時を以てこの身体は私のモノとなった」

「では、本物の了子君は……」

「先だって食い尽くされたさ。今日まで櫻井了子とお前達が認識していた女は、全て私の演技に過ぎない」

 

 事も無げに答えるフィーネに弦十郎は憤りを隠せない。

 そも怒りはここに来る前から抱いていた。そこへ無責任ともとれる態度を見せ付けられ、彼の拳が固く握られる。

 

「他人事のように言うな?」

「私とて依り代を選べはしなかった。死後より時を待たずして再誕できる場合もあれば、遥か先の時代で目覚める事さえある。

 死で終わらないのは利点だが、私に利となる者が覚醒するかは運次第だよ」

 

 あくまで了子を依り代にしたのは偶然。そこに彼女の意志はなく、ただ巡り合わせが悪いだけ。

 成る程、故意に殺した訳ではないだろう。

 しかしそもそもの原因は彼女にある。なのに眉一つ動かさない厚顔さが、弦十郎にあった温情をどこまでも削っていく。

 

「なら二年前、ノイズが現れたのも偶然と言い張るつもりか」

 

 ネフシュタンがその手にあり、且つソロモンの杖という現状証拠が彼女を黒と示している。

 この状況にきて、流石にフィーネも素知らぬ顔を続けるつもりはないようだ。

 

「そこまで素知らぬ顔をするつもりはない。

 ただ私が仕組んだ事と言えば、政府の意向に沿って実験の流れを決めた事。あと───"穴"を空けただけだ」

「……穴?」

 

 フィーネは語った。ノイズとは先史文明が創り上げた兵器であり、製造目的は人類の殺戮にある。

 故に人の密集する地域で門を開けば、奴らは自ずと己が使命を全うするのだと。

 

「つまり、あの事件もお前の仕業に相違ないんだな…?」

「あぁ。お前達は事件の元凶がいながら、全てを不幸な事故と偽ってきた事になる」

 

 どこまでも不遜に。弦十郎の神経を逆撫でる返答を続けるフィーネ。

 これに彼はますます拳を握る力を強める……が、それがガラス越しの彼女へ向けられる事はなかった。

 

「つくづく俺の怒りを誘ってくる…。余程新しい転生先に賭けたいらしいな」

「私がそこまで焦るとでも?」

「見えるさ。何しろ俺達はお前に王手を掛けられる位置にいる」

 

 堂々と宣言する弦十郎に先程までの憤りは見られない。

 ここにきて彼女の意図を確信した為に、怒りを収める事こそ相手に効果があると悟ったから。

 

「お前が二課に居座り続けてきた理由が何なのか、改めて考えてみた。

 豊富な研究資金、国内外から身を顰める隠れ蓑。候補は幾つかあるものの……お前の背後を洗えば、そのどれも優先順位は下がってくる」

 

「だからお前が二課に所属して十年余り。今日までの行動を洗い出したが───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な」

 

 十年を超える、フィーネが櫻井了子として生きた時間。

 その中に秘められた特徴を告げれば、彼女の眉はピクリと反応した。

 

「既に調査部が基地内部の捜査を進めている。

 お前の仕込みはもう間もなく白日の下に晒されるだろう」

 

 ここまで聞いてようやく彼女は余裕と決め込んでいた表情を崩す。

 それは彼の予測が的中した何よりの証拠。フィーネが二課を隠れ蓑にし続けた理由、十年の暗躍の成果は二課本部にこそある。

 

「…たとえアレに辿り着かれようが、私のやる事に変わりない。

 私は必ず悲願を成就する。その為なら、どのような犠牲を払おうが構うものか…ッ」

「そうはいかないぞ、フィーネ」

 

 さっきとは立場を逆転し、弦十郎は毅然と彼女に睨みを利かせていた。

 

「お前が目を逸らしてきた命の分はきっちり償わせてやる。

 だから牢屋で待っていろ。次に来る時は、お前の悲願を打ち砕いた時だッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弦十郎さんによる尋問の一部始終を、俺達は傍聴室から眺めていた。

 荒ぶる感情を顕わにした了子さんの様は、二課にしてみればようやく掴んだ勝利の証なんだろう。

 けれどこの行く末を、素直に喜べない人が目の前にいた。

 

「つまり、なにか…?

 あたしらはずっと、あの日の元凶を見逃してきたってのか…ッ!」

「奏…」

 

 了子さんが二年前の元凶。その事実は、彼女を仲間と見ていた奏さんの心を深く抉っている。

 翼さんに続いて俺達も宥めにかかるものの、奏さんにその言葉は届かなかった。

 

「落ち着けだって……出来る訳ないだろッ!!

 あいつにあんな啖呵を切ったのに、もう少しで同じ事を繰り返しちまうところだったんだぞ…!?」

 

 寧ろその心境を察せるだけに、かける言葉を見つからない。

 二課の人達が二年前の事態を重く受け止めてるのは、これまで何度も目にしてきた。だから下手な言葉を掛けても、今の彼女には気休めにもならなくて。

 

「待って、奏!」

「止めるなよ。お前だって、あいつに思うところはあるんだろ……?」

「………ッ」

 

 駆け出した彼女を止めようとした翼さんも、伸ばす手を止めてしまう。

 そうして奏さんが飛び出すのを、彼女は何も言えずに見送った。

 

「翼さん…」

「…奏の言う通りだ。私も立花に……亡き櫻井女史に会わせる顔がない」

「ですがそれは、全てがフィーネの引き起こした事でッ」

「倫太郎の言う通りなのかもしれない…。

 だが十二年前の起動実験、あの時唄っていたのは……私だ」

 

「翼さんが…?」

 

 奏さんも放っておけないが、こちらもそのままにはしておきたくない。

 何せ倫太郎に諭される翼さんは、奏さんに負けず劣らずの憔悴ぶりを見せている。

 

「言われるがままに、何も知らずに。

 そんな理屈で自分を騙せたのなら、私は防人たる矜持すら地に堕としてしまう。それはきっと、奏も同じなんだ……」

 

 起動実験でアメノハバキリを覚醒させたのが翼さんなら、きっと彼女は了子さんを殺したのは自分だ……と考えているのかもしれない。

 俺からすればこの件は誰も知り得なかった事。彼女に非があるとは思えないけど、実験に携わった張本人として、理屈じゃ割り切れない葛藤を覚えているのかも…。

 

 ……慰めの言葉ならいくらでも思いつく。

 でも、俺は剣士になるまで平凡な人生を歩んできた。ここまで考えた事も想像の範疇で、決して自分の体験から来るものじゃない

 今の状況はまるで響ちゃんと出会った時に似ている。

 果たして俺は想いを共有できない悩みに、本当の意味で心に届く言葉を見つけられるんだろうか…?

 

「賢人?」

 

 残ったものの、俺自身が答えに迷ってしまう中。賢人だけは一人、迷いなく扉の向こうへと足を向けていた。

 

「あいつの所に行ってくる。俺の言葉がどこまで届くかは判らないが、やってみるよ」

 

 手短に告げた後、賢人はすぐに部屋を飛び出してしまう。

 

「今の奏に、何と声をかけても……」

「信じてみようよ。きっと、あいつなら大丈夫」

 

 翼さんや倫太郎も、賢人に奏さんを励ませるとは思えないみたいだ。

 

 それでも俺はあいつなら大丈夫だと思えた。

 ……部屋を出る時のあいつの顔は、何をするか漠然とじゃなく、やるべき事を決めたように見えたんだ。

 

 そういう顔をした人はきっと信じられる。

 今度こそ俺の体験から来る勘を信じて、俺は二人にそう告げて

 

「すいません、二人共。……尾上さんから?」

 

 そのタイミングで倫太郎のガトライクフォンが着信音を鳴らした。

 彼はすぐに出ると、何度か相槌を打った後にガトライクフォンをこちらへ渡してくる。倫太郎曰く、どうやら尾上さんは俺に用があるらしい。

 

『尾上だ。頼みがあるんだが、今は大丈夫か?』

 

 一体俺に何を頼もうというのか。

 まさかこの時はあんな事件になるとは考えもせず、俺は彼の話に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休憩用にソファ等を置いた本部内の一角。そこで何をするでもなく、奏は天井へ頭を投げている。

 二年前の元凶は見つかった。だがフィーネは既に虜囚の身。それを己の勝手で命を奪うのは、彼女が力を奮う理由を思えばすべきではない。

 

 故に奏は心の往き処を無くしていた。

 過ぎ去った時間は帰ってこない。今の彼女に、フィーネによって生まれてしまった被害者へ報いる術は無いのだから。

 

「…何すんだよ」

 

 そうして腐っていた彼女の頭上へ一本の缶が投げられる。

 咄嗟に掴み取ってみれば……投げられた先には賢人の姿があった。

 

「俺の奢りだ。少しは気が紛れるかと思って」

「……缶一本分だなんて、あたしも安く見られたもんだ」

 

 たった一本飲んだ程度で気が紛れる筈もない。

 手にした差し入れに不満を漏らすと、賢人は困ったように笑みを浮かべる。

 

「俺達はエスパーじゃないからな。言葉を交わさずに分かる事なんて少ない」

「…それで何も変わりはしないだろ」

「変わるさ。俺も明かせないモノがあるからこそわかる。

 誰にも話さず抱えたままじゃ、いつか不安に圧し潰されそうになるんだ…」

 

 彼に投げ掛けられた言葉は図星を突いていた。

 

 このままでいいのか、何もできる事はないのか。

 やり場のない気持ちに奏はずっと心を蝕まれてきたのだ。

 

「俺に話せとは言わない。

 それでも風鳴翼や機動二課の人達……信頼できる誰かにも、君の悩みは打ち明けられないのか?」

 

 だから知った風な口を訊くなと、彼への怒りが募っていく。

 話したところで何になる? 自分が楽になっただけじゃ、何の意味もないというのに…。

 

「言える訳ねぇよ。言う気もない。

 あたしが答えを訊きたい、訊いてほしい人はどこにいるかも判らないんだから…ッ」

「もしかしてそれは、二年前の剣士達か…?」

 

 気付けば、奏はずっと誰にも言ってこなかった想いを口にしていた。

 決して賢人の言葉に胸を打たれた……なんて事はなく。ある種逆ギレに近い衝動だ。

 それでも口走った以上途中で止める気も起きず、彼女は渋々全てを打ち明けると決めた。

 

「……そうだよ。あたしはずっと、あたしを救ってくれた仮面ライダーに憧れてたんだ」

 

 そうして奏は語り始める。

 

 かつての彼女は、ノイズを倒すべく己の全てを捧げていた。

 ギアを纏う為に人体への悪影響も省みない投薬から始まり、ひたすらにノイズと戦うべく身体を虐める日々。そこに装者としての使命感や人を守る実感を得たのは、ツヴァイウイングとしてデビューする僅か数か月前の事だ。

 

「でもライブから暫くして、生存者の扱いを知ったんだ。

 あたし達のやった事が原因で大勢の皆が傷ついてる。なのにあたしは誰かを守れた気になっててさ……馬鹿みたいだろ?」

 

「バッシングを隠蔽してた連中を捕まえたのは二課の大人だ。

 あたし達ができたのは、精々声を上げただけ。それだって世間には、結局何も届いちゃいなかった…」

 

 己の無力。そして罪の重さを痛感するばかりの日々。

 そんな時、奏が思い出したのは剣士が残してくれた言葉だった。

 

「『人の自由と平和を脅かす者と戦い、世界を守る剣士』……だってさ。

 世界どころか、ファンの皆すらあたしは守れなかった。なら、ああも自信を持って言えたあいつは、どんな凄い奴なんだって……ずっと訊いてみたかったんだ」

 

 そうして彼女が望んだのは、剣士との再会。

 

「あの事件の真相は明かさせちゃくれない。矢面に立って罪を背負えもしない。

 これでどうやってあいつらに償えばいい? あの剣士みたいに正しい道を行きたくたって、あたしにはもう……戻り方もわかんねぇよ───」

 

 彼らなら答えを教えてくれるのではないか? 償う方法を見つけられず、力を奮う意味も見いだせない。

 一時は全てを投げ出そうとも考えた彼女にとって、彼らだけが自分を導いてくれる唯一の光明だった。

 

「……取り返しのつかない方法で大勢の人を傷つけた。

 たとえそれが自分であろうと、身近な誰かだろうと。それを知ってしまえば……きっと、見て見ぬ振りなんてできない」

 

 激情のままに吐露した想いに、賢人は理解のある態度を示す。

 しかし、その態度が沸々と煮えた心に燃料を投下してしまう。抑えが効かなくなり、奏は力任せに彼の胸倉を掴み上げた。

 

「ッ、知った風な口聞くなよ…。あたしが、あの日からどんな想いで……!」

 

 次の言葉次第で、彼女の拳は彼に振り抜かれるだろう。

 一触即発の事態に、賢人は一息呼吸を入れる。

 

「俺の───()()()()()()()()()

 

 ただしそれは怯えや狼狽えての行動ではない。

 告げられた内容は、奏がそれまで抱いていた怒りを吹き飛ばした。

 

「………えっ?」

「十五年前のあの日。メギドを解放して、組織の剣士達や人々を死に追いやったのは。大勢の人々を傷つけた裏切り者は……父さんなんだよ」

 

 彼の言葉を咀嚼しても、奏の心はざわつくばかり。

 カリバーが父親……それも十五年前の事件を引き起こした張本人?

 

 ならば賢人は今まで、どんな想いでカリバーと対峙していたというのか。

 その身が負ってきた重圧の程は、彼自身に差し込む影模様に表れている気がした。

 

「俺はあの日の真相を知る為に剣士となった。

 自分の為に戦ってきた俺は、本来聖剣に相応しくない身なんだ。…それに比べると、君は正しい道を進めてる」

「どこがだよ。あたしは、あいつらに何も償えてないんだぞ…?」

「それでも今日まで自分にできる事をやってきたんだろう? それを間違いだというのなら、一体何が正しいと言うんだ」

 

 癇に障った彼の態度も、今は反論の余地もない説得力のあるモノに見えてくる。

 

「俺は答えを教えられない。それでも共に悩む事はできる」

「……なんでそんなあたしに構うんだ。自分の秘密を、明かしてまで…ッ」

 

 これだけの過去、話すだけでも想像もできない覚悟が必要だった筈。

 それを他人に、しかも数回顔を合わせただけの人間に何故明かす気になったのか。

 訳が分からないからこそ、奏は気付けば疑問を投げかけていた。

 

「…まるで合わせ鏡を見てる気分なんだ。

 仲間から俺はこう見えてたと思えば、君を放ってはおけなくなった」

 

 彼女に感じたのは同情、或いは共感。

 縁者が罪を犯したという十字架を背負う者同士、通じ合えると賢人は手を刺し伸ばす。

 

「……あんたに構ってもらう程子供じゃないっての。来年で20歳なんだぞ?」

「それを言うなら俺は23歳。君より少しは大人だ」

「そんなとこで張り合うなよ! ガキじゃあるまいし……ハハッ」

 

 そんな気遣いの為に、彼はずっと心に秘めていたであろう秘密を晒した。

 

 対して自分はどうか?

 誰にも相談できないと悩み、誰も信じられず、挙句にこんな下らない言い合いをして。

 これでは剣士達に顔向けできないと、自分の有様に笑いすら零れる。

 

「確かにガキくさい。特にウジウジ悩むところがさ…。

 あーーあっ! あんたと言い合ってたら、悩んでるのが勿体なくなってきたッ!!」

 

 悔やみつつも、彼女の笑みは晴れやかだ。

 

 何も解決しておらず、フィーネに対する憤りも残っていた。

 だが不格好でも、綺麗じゃなくても。正しくありたい気持ちは消えはしないのだと。

 それを教えてくれた、失敗だらけの恩人の手を奏は勢いよく引き込む。

 

「おい、どこに連れていくんだ?」

「本部の食堂だよ。うだうだ迷っちまう時はガッツリ食べるに限る」

 

 後で仲間にも謝らなくてはならない。

 ただその前に、多少の我儘をしてみたくなった。

 

「一緒に迷ってくれるんだろ? なら、ちょっと付き合いなよ」

「……わかった。気の済むまで」

 

 また悩む時は確実に訪れるだろう。

 その時は今と同じようになるかもしれない……が、彼のような存在がいてくれるなら、きっと迷いも断ち切れそうな気がする。

 

 だからこそ互いの秘密を共有した者同士。

 賢人が同じように迷えば、今度は自分が助けになりたい。

 

 相手はこちらの思慮に気付いていないだろうが、それで構わない。

 今この時はいつかの日の為に、奏は親睦を深めるべく食堂へと足を進めた。

 

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