聖刃伝唱シンフォギア -語り紡ぐ交響曲の果て- 【改訂版】 作:野鳥
11章は難産故に中々筆が進まず、ようやく流れができたので投稿を再開します。
今回のお話は最初に二課の面々から。
フィーネを捕縛したはいいものの、どうやら事情聴取は難航しているようで?
四畳半程の個室を白光が眩く照らし出す。
「───お前がフィーネとして覚醒したのはいつの頃だ?」
ガラス越しに対面する二人は片や険しく、片や不遜に。両者に漂う緊張感が、色濃く映る影で強調されていた。
「十二年前、アメノハバキリの起動実験の際だ。
アウフヴァッヘン波形に触れた櫻井了子の遺伝子は覚醒し、その時を以てこの身体は私のモノとなった」
「では、本物の了子君は……」
「先だって食い尽くされたさ。今日まで櫻井了子とお前達が認識していた女は、全て私の演技に過ぎない」
事も無げに答えるフィーネに弦十郎は憤りを隠せない。
そも怒りはここに来る前から抱いていた。そこへ無責任ともとれる態度を見せ付けられ、彼の拳が固く握られる。
「他人事のように言うな?」
「私とて依り代を選べはしなかった。死後より時を待たずして再誕できる場合もあれば、遥か先の時代で目覚める事さえある。
死で終わらないのは利点だが、私に利となる者が覚醒するかは運次第だよ」
あくまで了子を依り代にしたのは偶然。そこに彼女の意志はなく、ただ巡り合わせが悪いだけ。
成る程、故意に殺した訳ではないだろう。
しかしそもそもの原因は彼女にある。なのに眉一つ動かさない厚顔さが、弦十郎にあった温情をどこまでも削っていく。
「なら二年前、ノイズが現れたのも偶然と言い張るつもりか」
ネフシュタンがその手にあり、且つソロモンの杖という現状証拠が彼女を黒と示している。
この状況にきて、流石にフィーネも素知らぬ顔を続けるつもりはないようだ。
「そこまで素知らぬ顔をするつもりはない。
ただ私が仕組んだ事と言えば、政府の意向に沿って実験の流れを決めた事。あと───"穴"を空けただけだ」
「……穴?」
フィーネは語った。ノイズとは先史文明が創り上げた兵器であり、製造目的は人類の殺戮にある。
故に人の密集する地域で門を開けば、奴らは自ずと己が使命を全うするのだと。
「つまり、あの事件もお前の仕業に相違ないんだな…?」
「あぁ。お前達は事件の元凶がいながら、全てを不幸な事故と偽ってきた事になる」
どこまでも不遜に。弦十郎の神経を逆撫でる返答を続けるフィーネ。
これに彼はますます拳を握る力を強める……が、それがガラス越しの彼女へ向けられる事はなかった。
「つくづく俺の怒りを誘ってくる…。余程新しい転生先に賭けたいらしいな」
「私がそこまで焦るとでも?」
「見えるさ。何しろ俺達はお前に王手を掛けられる位置にいる」
堂々と宣言する弦十郎に先程までの憤りは見られない。
ここにきて彼女の意図を確信した為に、怒りを収める事こそ相手に効果があると悟ったから。
「お前が二課に居座り続けてきた理由が何なのか、改めて考えてみた。
豊富な研究資金、国内外から身を顰める隠れ蓑。候補は幾つかあるものの……お前の背後を洗えば、そのどれも優先順位は下がってくる」
「だからお前が二課に所属して十年余り。今日までの行動を洗い出したが───
十年を超える、フィーネが櫻井了子として生きた時間。
その中に秘められた特徴を告げれば、彼女の眉はピクリと反応した。
「既に調査部が基地内部の捜査を進めている。
お前の仕込みはもう間もなく白日の下に晒されるだろう」
ここまで聞いてようやく彼女は余裕と決め込んでいた表情を崩す。
それは彼の予測が的中した何よりの証拠。フィーネが二課を隠れ蓑にし続けた理由、十年の暗躍の成果は二課本部にこそある。
「…たとえアレに辿り着かれようが、私のやる事に変わりない。
私は必ず悲願を成就する。その為なら、どのような犠牲を払おうが構うものか…ッ」
「そうはいかないぞ、フィーネ」
さっきとは立場を逆転し、弦十郎は毅然と彼女に睨みを利かせていた。
「お前が目を逸らしてきた命の分はきっちり償わせてやる。
だから牢屋で待っていろ。次に来る時は、お前の悲願を打ち砕いた時だッ!」
弦十郎さんによる尋問の一部始終を、俺達は傍聴室から眺めていた。
荒ぶる感情を顕わにした了子さんの様は、二課にしてみればようやく掴んだ勝利の証なんだろう。
けれどこの行く末を、素直に喜べない人が目の前にいた。
「つまり、なにか…?
あたしらはずっと、あの日の元凶を見逃してきたってのか…ッ!」
「奏…」
了子さんが二年前の元凶。その事実は、彼女を仲間と見ていた奏さんの心を深く抉っている。
翼さんに続いて俺達も宥めにかかるものの、奏さんにその言葉は届かなかった。
「落ち着けだって……出来る訳ないだろッ!!
あいつにあんな啖呵を切ったのに、もう少しで同じ事を繰り返しちまうところだったんだぞ…!?」
寧ろその心境を察せるだけに、かける言葉を見つからない。
二課の人達が二年前の事態を重く受け止めてるのは、これまで何度も目にしてきた。だから下手な言葉を掛けても、今の彼女には気休めにもならなくて。
「待って、奏!」
「止めるなよ。お前だって、あいつに思うところはあるんだろ……?」
「………ッ」
駆け出した彼女を止めようとした翼さんも、伸ばす手を止めてしまう。
そうして奏さんが飛び出すのを、彼女は何も言えずに見送った。
「翼さん…」
「…奏の言う通りだ。私も立花に……亡き櫻井女史に会わせる顔がない」
「ですがそれは、全てがフィーネの引き起こした事でッ」
「倫太郎の言う通りなのかもしれない…。
だが十二年前の起動実験、あの時唄っていたのは……私だ」
「翼さんが…?」
奏さんも放っておけないが、こちらもそのままにはしておきたくない。
何せ倫太郎に諭される翼さんは、奏さんに負けず劣らずの憔悴ぶりを見せている。
「言われるがままに、何も知らずに。
そんな理屈で自分を騙せたのなら、私は防人たる矜持すら地に堕としてしまう。それはきっと、奏も同じなんだ……」
起動実験でアメノハバキリを覚醒させたのが翼さんなら、きっと彼女は了子さんを殺したのは自分だ……と考えているのかもしれない。
俺からすればこの件は誰も知り得なかった事。彼女に非があるとは思えないけど、実験に携わった張本人として、理屈じゃ割り切れない葛藤を覚えているのかも…。
……慰めの言葉ならいくらでも思いつく。
でも、俺は剣士になるまで平凡な人生を歩んできた。ここまで考えた事も想像の範疇で、決して自分の体験から来るものじゃない
今の状況はまるで響ちゃんと出会った時に似ている。
果たして俺は想いを共有できない悩みに、本当の意味で心に届く言葉を見つけられるんだろうか…?
「賢人?」
残ったものの、俺自身が答えに迷ってしまう中。賢人だけは一人、迷いなく扉の向こうへと足を向けていた。
「あいつの所に行ってくる。俺の言葉がどこまで届くかは判らないが、やってみるよ」
手短に告げた後、賢人はすぐに部屋を飛び出してしまう。
「今の奏に、何と声をかけても……」
「信じてみようよ。きっと、あいつなら大丈夫」
翼さんや倫太郎も、賢人に奏さんを励ませるとは思えないみたいだ。
それでも俺はあいつなら大丈夫だと思えた。
……部屋を出る時のあいつの顔は、何をするか漠然とじゃなく、やるべき事を決めたように見えたんだ。
そういう顔をした人はきっと信じられる。
今度こそ俺の体験から来る勘を信じて、俺は二人にそう告げて
「すいません、二人共。……尾上さんから?」
そのタイミングで倫太郎のガトライクフォンが着信音を鳴らした。
彼はすぐに出ると、何度か相槌を打った後にガトライクフォンをこちらへ渡してくる。倫太郎曰く、どうやら尾上さんは俺に用があるらしい。
『尾上だ。頼みがあるんだが、今は大丈夫か?』
一体俺に何を頼もうというのか。
まさかこの時はあんな事件になるとは考えもせず、俺は彼の話に耳を傾けていた。
休憩用にソファ等を置いた本部内の一角。そこで何をするでもなく、奏は天井へ頭を投げている。
二年前の元凶は見つかった。だがフィーネは既に虜囚の身。それを己の勝手で命を奪うのは、彼女が力を奮う理由を思えばすべきではない。
故に奏は心の往き処を無くしていた。
過ぎ去った時間は帰ってこない。今の彼女に、フィーネによって生まれてしまった被害者へ報いる術は無いのだから。
「…何すんだよ」
そうして腐っていた彼女の頭上へ一本の缶が投げられる。
咄嗟に掴み取ってみれば……投げられた先には賢人の姿があった。
「俺の奢りだ。少しは気が紛れるかと思って」
「……缶一本分だなんて、あたしも安く見られたもんだ」
たった一本飲んだ程度で気が紛れる筈もない。
手にした差し入れに不満を漏らすと、賢人は困ったように笑みを浮かべる。
「俺達はエスパーじゃないからな。言葉を交わさずに分かる事なんて少ない」
「…それで何も変わりはしないだろ」
「変わるさ。俺も明かせないモノがあるからこそわかる。
誰にも話さず抱えたままじゃ、いつか不安に圧し潰されそうになるんだ…」
彼に投げ掛けられた言葉は図星を突いていた。
このままでいいのか、何もできる事はないのか。
やり場のない気持ちに奏はずっと心を蝕まれてきたのだ。
「俺に話せとは言わない。
それでも風鳴翼や機動二課の人達……信頼できる誰かにも、君の悩みは打ち明けられないのか?」
だから知った風な口を訊くなと、彼への怒りが募っていく。
話したところで何になる? 自分が楽になっただけじゃ、何の意味もないというのに…。
「言える訳ねぇよ。言う気もない。
あたしが答えを訊きたい、訊いてほしい人はどこにいるかも判らないんだから…ッ」
「もしかしてそれは、二年前の剣士達か…?」
気付けば、奏はずっと誰にも言ってこなかった想いを口にしていた。
決して賢人の言葉に胸を打たれた……なんて事はなく。ある種逆ギレに近い衝動だ。
それでも口走った以上途中で止める気も起きず、彼女は渋々全てを打ち明けると決めた。
「……そうだよ。あたしはずっと、あたしを救ってくれた仮面ライダーに憧れてたんだ」
そうして奏は語り始める。
かつての彼女は、ノイズを倒すべく己の全てを捧げていた。
ギアを纏う為に人体への悪影響も省みない投薬から始まり、ひたすらにノイズと戦うべく身体を虐める日々。そこに装者としての使命感や人を守る実感を得たのは、ツヴァイウイングとしてデビューする僅か数か月前の事だ。
「でもライブから暫くして、生存者の扱いを知ったんだ。
あたし達のやった事が原因で大勢の皆が傷ついてる。なのにあたしは誰かを守れた気になっててさ……馬鹿みたいだろ?」
「バッシングを隠蔽してた連中を捕まえたのは二課の大人だ。
あたし達ができたのは、精々声を上げただけ。それだって世間には、結局何も届いちゃいなかった…」
己の無力。そして罪の重さを痛感するばかりの日々。
そんな時、奏が思い出したのは剣士が残してくれた言葉だった。
「『人の自由と平和を脅かす者と戦い、世界を守る剣士』……だってさ。
世界どころか、ファンの皆すらあたしは守れなかった。なら、ああも自信を持って言えたあいつは、どんな凄い奴なんだって……ずっと訊いてみたかったんだ」
そうして彼女が望んだのは、剣士との再会。
「あの事件の真相は明かさせちゃくれない。矢面に立って罪を背負えもしない。
これでどうやってあいつらに償えばいい? あの剣士みたいに正しい道を行きたくたって、あたしにはもう……戻り方もわかんねぇよ───」
彼らなら答えを教えてくれるのではないか? 償う方法を見つけられず、力を奮う意味も見いだせない。
一時は全てを投げ出そうとも考えた彼女にとって、彼らだけが自分を導いてくれる唯一の光明だった。
「……取り返しのつかない方法で大勢の人を傷つけた。
たとえそれが自分であろうと、身近な誰かだろうと。それを知ってしまえば……きっと、見て見ぬ振りなんてできない」
激情のままに吐露した想いに、賢人は理解のある態度を示す。
しかし、その態度が沸々と煮えた心に燃料を投下してしまう。抑えが効かなくなり、奏は力任せに彼の胸倉を掴み上げた。
「ッ、知った風な口聞くなよ…。あたしが、あの日からどんな想いで……!」
次の言葉次第で、彼女の拳は彼に振り抜かれるだろう。
一触即発の事態に、賢人は一息呼吸を入れる。
「俺の───
ただしそれは怯えや狼狽えての行動ではない。
告げられた内容は、奏がそれまで抱いていた怒りを吹き飛ばした。
「………えっ?」
「十五年前のあの日。メギドを解放して、組織の剣士達や人々を死に追いやったのは。大勢の人々を傷つけた裏切り者は……父さんなんだよ」
彼の言葉を咀嚼しても、奏の心はざわつくばかり。
カリバーが父親……それも十五年前の事件を引き起こした張本人?
ならば賢人は今まで、どんな想いでカリバーと対峙していたというのか。
その身が負ってきた重圧の程は、彼自身に差し込む影模様に表れている気がした。
「俺はあの日の真相を知る為に剣士となった。
自分の為に戦ってきた俺は、本来聖剣に相応しくない身なんだ。…それに比べると、君は正しい道を進めてる」
「どこがだよ。あたしは、あいつらに何も償えてないんだぞ…?」
「それでも今日まで自分にできる事をやってきたんだろう? それを間違いだというのなら、一体何が正しいと言うんだ」
癇に障った彼の態度も、今は反論の余地もない説得力のあるモノに見えてくる。
「俺は答えを教えられない。それでも共に悩む事はできる」
「……なんでそんなあたしに構うんだ。自分の秘密を、明かしてまで…ッ」
これだけの過去、話すだけでも想像もできない覚悟が必要だった筈。
それを他人に、しかも数回顔を合わせただけの人間に何故明かす気になったのか。
訳が分からないからこそ、奏は気付けば疑問を投げかけていた。
「…まるで合わせ鏡を見てる気分なんだ。
仲間から俺はこう見えてたと思えば、君を放ってはおけなくなった」
彼女に感じたのは同情、或いは共感。
縁者が罪を犯したという十字架を背負う者同士、通じ合えると賢人は手を刺し伸ばす。
「……あんたに構ってもらう程子供じゃないっての。来年で20歳なんだぞ?」
「それを言うなら俺は23歳。君より少しは大人だ」
「そんなとこで張り合うなよ! ガキじゃあるまいし……ハハッ」
そんな気遣いの為に、彼はずっと心に秘めていたであろう秘密を晒した。
対して自分はどうか?
誰にも相談できないと悩み、誰も信じられず、挙句にこんな下らない言い合いをして。
これでは剣士達に顔向けできないと、自分の有様に笑いすら零れる。
「確かにガキくさい。特にウジウジ悩むところがさ…。
あーーあっ! あんたと言い合ってたら、悩んでるのが勿体なくなってきたッ!!」
悔やみつつも、彼女の笑みは晴れやかだ。
何も解決しておらず、フィーネに対する憤りも残っていた。
だが不格好でも、綺麗じゃなくても。正しくありたい気持ちは消えはしないのだと。
それを教えてくれた、失敗だらけの恩人の手を奏は勢いよく引き込む。
「おい、どこに連れていくんだ?」
「本部の食堂だよ。うだうだ迷っちまう時はガッツリ食べるに限る」
後で仲間にも謝らなくてはならない。
ただその前に、多少の我儘をしてみたくなった。
「一緒に迷ってくれるんだろ? なら、ちょっと付き合いなよ」
「……わかった。気の済むまで」
また悩む時は確実に訪れるだろう。
その時は今と同じようになるかもしれない……が、彼のような存在がいてくれるなら、きっと迷いも断ち切れそうな気がする。
だからこそ互いの秘密を共有した者同士。
賢人が同じように迷えば、今度は自分が助けになりたい。
相手はこちらの思慮に気付いていないだろうが、それで構わない。
今この時はいつかの日の為に、奏は親睦を深めるべく食堂へと足を進めた。