聖刃伝唱シンフォギア -語り紡ぐ交響曲の果て- 【改訂版】   作:野鳥

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第11章 2節 刻んで消えぬ、傷の中に

 

 あくる日、うちのお店で俺は目前の難題に頭を悩ませていた。

 

「これはどう?」

「イヤ」

「う~ん、じゃあこれは? Xソードマンっていうお話なんだけど───」

 

 どっさりと積み上げた山から本を取っては、その内容を紹介していく。

 

「イヤだ。本なんてつまんない」

 

 だだ目の前の少年───そら君は断固として首を振り、表紙を捲ろうともしてくれなかった。

 

「ダメだなぁ…」

「寄る辺もないね」

 

 がっくしと項垂れれば、傍らから響ちゃんの声が届く。

 彼女にも本の選別を手伝ってもらったのに、この結果は申し訳なさと悔しさでいっぱいだ。話には聞いていたけど、まさかここまで手強い相手だとは……。

 

 そもそも何故そら君がお店に来ているかというと、尾上さんから彼を預かってもらえないかと相談を受けたんだ。

 曰く組織から新しい任務を請け負っていて、彼はしばらく家を空けるとの事。

 これまでは大秦寺さんに頼んでいたらしいのだが、了子さんが捕まった今は組織全体が慌ただしいらしく、身近な人には頼みづらい状況だそうだ。

 

 なので俺にお鉢が回ったものの……本嫌いな子の遊び相手になるのは思っていた以上に骨が折れる。

 

「あの、嫌いな子へ無理に進めてもダメだと思いますよ?」

 

 そうして落ち込んでいると未来ちゃんが俺に告げる。

 言いにくそうではあるが、彼女は一連の流れに否定的に見えた。

 

「無理を言ってるのは承知の上だよ。それでも小さな子には食わず嫌いをせずに、まず本に触れてみてほしいんだ」

「言ったところで変わりやしねぇよ」

 

 本の良さを信じてるからこそ、その素晴らしさをわかってもらいたい。

 そんなそら君への期待を、あの少女はバッサリと斬り捨てた。

 

「随分辛辣。君も嫌いなものがあるの?」

「そりゃあな。あんただって、嫌いなもんを薦められて好い顔できないだろ?」

「そうだねぇ…。うちははっきり言っちゃうタイプだからさぁ……」

 

 ちょっと芽依ちゃん…? 無理を言った自覚はあるとはいえ、そこはあっさりと否定してほしくなかったなぁ……。

 

「それ見ろ。嫌いに嫌いをぶつけたって好きになりはしねぇんだ」

「ま、このままやっててもそら君がつまんないよね……。じゃあ、気分転換に外にでも行く?」

「…いいの?」

「いいのいいの! うちらも一緒に行くから問題ナシ!」

 

 そうして少女に肩入れした芽依ちゃんは、皆も巻き込んで外へ繰り出そうとする。

 これは……止めるべきじゃないな。このまま本を勧めてもそら君は読んでくれそうにない。なら彼女の案に乗るのがよさそうだ。

 

「…あんたは残るの?」

「そもそもあたしがここにいるのがおかしいんだ。街になんて出ちゃあ…」

 

 俺達は芽依ちゃんに付いていこうと扉へ向かう。

 その中でただ一人、少女だけは動かずにじっとしていた。

 

「二課に許可だってもらってるんだ。大丈夫」

「そういう問題じゃ…」

「ほれほれ、クリスちゃんも行くよ~~」

「ちょ、押すんじゃねぇよ! あたしはな───」

 

 見かねた芽依ちゃんに押され、彼女もまた外に出ていく。

 

 二課は現状から危険がないと見て、彼女の身柄を俺達に一任していた。そこで処遇が決まるまでの間、少女は芽依ちゃん達の家でお世話になっている。

 響ちゃんの救出に手を貸してくれたのもあり、皆はすぐに彼女を受け入れて───けれど少女自身は、今の待遇に納得がいかないと毎日のように呟いていた。

 

 響ちゃん達との暮らしが不満だとかそういう意味じゃない。

 ……ただこのままじゃダメなんだと、言うなれば自らを罰したがっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今回クリスさんの保護観察を頼んだのは、貴方を見込んでの事なんです』

『俺を、ですか?』

 

 扉の先に消えていく芽依達を見据えながら、俺は彼女の件について説明された時の事を思い出す。

 

『僕達二課は彼女に警戒心を与えてしまうでしょう。加えてフィーネの件もあり、組織に彼女のケアをする余裕はありません。

 ですが既にクリスさんとの共同戦線を築いた貴方なら。警戒心を与えず、彼女の心を癒せるかもしれない』

 

 今すぐに処遇を決められない事情、この件を俺に一任した理由、そして……少女がこれまで味わってきた境遇を緒川さんから聞かされた。

 海外では未だにそういった悲劇で溢れている。

 知識としては知っていて。でもその生き証人がいざ身近にいたと知り、俺はどうするのべきか答えが判らなかった。

 

『本来僕達がすべき事ではあります。

 ですがどうか、彼女を助けていただけませんか───』

 

 それは今になっても変わらないまま……それでも俺は、子の件を投げ出すつもりはなかった。

 緒川さん、延いては二課は俺に期待して彼女を預けてくれたんだ。

 ならやる事は決まっていた。信じてくれた人を裏切る真似はしたくないと、俺は心に誓っているから。

 

 だから彼女を癒すにはまず、その胸の内を知らなきゃいけないだろう。

 異国の地に囚われ、了子さんの手駒として日本に帰ってきた彼女───雪音クリスちゃんの心を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、皆の分のアイスクリームだよ~。好きなの取っていってね」

 

 昼下がりの街道で元気溌剌にアイスが運ばれる。

 それぞれに好みの味を頬張って、あたしもイチゴ味を手に取ったが……今はデザートを楽しむ気分にはなれなかった。

 

「早く食べないと溶けるよ」

「…食べる気分じゃねぇんだよ。よければ食うか?」

「もしかしてさっきの会話、気にしてる?」

 

 溶かすのも何だとアイスを差し出すと、融合症例は勘ぐってそんな事を訊いてくる。

 

「そんなとこだ。嫌いは嫌いで何が悪いってんだよ」

「そーだそーだ」

「すっかり不評じゃん」

「ハハ……そういうつもりで勧めてないんだけどなぁ」

 

 図星なだけに誤魔化せやしない…。せめてもの抵抗に食ってかかると、あの子供も混じって炎の剣士達を睨みつけていた。

 擁護した身で言うのも何だが、こいつも随分と嫌われたもんだ。悪気がないのは分かるだけに批判したこっちまで微妙な気分になってくる。

 

「自分とその子を重ねてるの?」

「……お前も歌は嫌いだろ」

 

 とはいえあたしの意見が変わらない。嫌いなモノを好きに変えるなんざ無理な話なんだ。

 お前もだろと問い掛ければ、立花響(融合症例)は一瞬訳あり気に目を伏せてしまう。

 

「……そう、かもね。あれから考えてみたけど、確かにわたしは歌を避けてる。

 自覚はなかったけど、ずっと自分から歌を聴こうとしてこなかったから」

「響、それって……」

「きっと、あの時の事を思い出したくなかったんだと思う。他に避ける理由なんてないし」

 

 こいつの事情をあたしは知らない。

 それでもギアを纏えてるのに歌が浮かばない、なんてチグハグな状態だ。融合症例なりの理由があって、そいつは簡単に解消できる理由じゃない筈。 

 

「あんたは自分が歌を嫌う理由、はっきりしてるの?」

「そりゃあな。ただ……こいつに聞かせる話でもねぇ」

 

 だからこそ解決の糸口を欲したのか、あたしの事情に踏み込もうとしてくる。

 散々こいつらのやり方に口を出したんだ。それでこっちの事情は明かさないなんざ筋が通らない。

 ……けれど子供にあの話を聞かせるのは、流石のあたしでも気が引けてしまう。

 

「そら君、あっちでうちらと遊んでよっか」

「……だいじなおはなし?」

「うん、だから少しの間待ってよう?」

「…わかった」

 

 すると炎の剣士はこちらの意図を察したらしく、周囲に目配せを始めて。それに頷いた連れの女は、融合症例の友達と子供を伴って離れていった。

 正直ありがたい…。話すにしたって、子供を怖がらせる気はなかったからな。

 

 炎の剣士と融合症例はもう聞きの姿勢に入って、残るはあたしの気持ちに整理をつけるだけ。

 軽く深呼吸。沈んだ気分を薄めて、二人を真っすぐに見据え

 ───そうしてあたしは、覗きたくない傷痕(忌々しい過去)を開いていく。

 

「あたしは六年前、バルベルデにいた。音楽家だったパパとママに連れられて、二人の夢を見守ってたんだ」

「夢…?」

「二人は度が過ぎるお人好しで、歌で世界を平和にするんだって慈善活動に出てた。

 ガキだったあたしは本気でその夢を応援してて……けれど、あの日全てが変わったんだ」

 

 当時のあたしにとって日常の象徴だったパパとママの歌。

 幼心に二人の夢を追いかける様はキラキラと輝いてて。それが叶うのを疑いもせず、その未来を見てみたいとあたし自身が願ってた。

 

 けれどその夢が現実にするにはあまりに脆いモノだと。

 世界は平和なんて望んでないと気付けたのは、全てが終わってしまったあの時───二人を狙った爆破テロに、パパとママが吹き飛んだのを目撃した瞬間だった。

 

「あたしはその時、何もできず泣き喚く事しかできなくて。その後は二人を殺した連中の下で数年を過ごした。

 痛いって、やめてと叫んでも。アイツらは嬉々としてあたしを痛めつけやがる…。アイツらにとってあたしは人じゃないから、話なんて聞く気もないんだ」

 

 そこから連中に捕まり、理解したのは言葉の……歌の無意味さ。

 言葉を尽くしたって無駄。武器をとる連中はどいつもこいつも自分の欲しか頭にない。

 刻み込まれた傷と痛みに、二人を信じられた純粋さは粉々に砕かれた。

 

「だからパパとママの夢も信じられないし、歌なんて大っ嫌いだ…!

 その証拠にあたしが唄うのは人を傷つける歌。散々痛い目を見てきたってのに、今更人の善意なんて信じられる訳もねぇ…ッ」

 

 もう一度信じてみたいと思えたカリバー(あいつ)も、結局はあたしを切り捨てた。

 見極めると決めたこいつらだって、信じるべきか今でも決めきれない。裏切られて傷ついてきた過去が、同じ事の繰り返しだと囁き続けてる。

 

「これでもまだ嫌いを好きに変えろってのか?

 あのガキだってあいつなりの理由がある。それに勝手を説いたところで、念仏みたく耳をすっぽ抜けるだけだ」

 

 話を聞いた二人は、それぞれ難しい顔で視線を落としていた。

 ……まぁ、あたしみたいな体験をした奴はこの国にはいないだろう。受け止めきれないってのも無理はない。

 

「……あんたの歌に棘があったのは、それが理由?」

「かもな…。込める気もないのにギアは心を映しやがる」

 

 と思っていたら、それで話を終わらせずに問いを投げ返してくる。

 自分から聞いてきただけあって、どうもこいつの事を見くびっていたらしい。

 

「なら、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 しかも続く融合症例の言葉にあたしは頭が真っ白にさせられた。

 ……こいつが何を言ったのか、一瞬理解するのに時間が掛かったから。

 

「わたしの事、歌が嫌いだから唄えないんだって言ったよね。

 そうだとしたらあんたが唄えてる理由が解らない。わたしと同じなら歌が浮かぶ筈ないんだから」

 

 何を馬鹿な、そんな訳あるかよ。

 そう否定したいのに……こいつの話はやけに理屈が通ってた。

 

「それにあんたの歌って棘だけじゃない。誰かに手を伸ばして……助けを求めてるような歌詞が混じってた」

 

 確かにあたしは融合症例と違って、何一つ躓かずに歌詞が浮かんでくる。

 詞への追及も反論できない。気に留めた事が……いや、無意識の内に目を逸らしてた部分に、こいつはずかずかと踏み込んできたんだ。

 

「響ちゃんの話が本当なら、ギアを纏う事も難しい筈。

 だから聞かせてほしいんだ。……今の君は本当に歌が嫌いなの?」

 

 歌が嫌いじゃないのなら、あたしの中に渦巻くこれは何なんだよ。

 

 ……唄う度にパパとママの事を思い出してしまう。

 歌が好きだって気持ちを音に乗せて、聴く人にも情熱を分かち合える。二人の歌に籠ってた暖かみが、あたしの歌には一つも無い。

 暖かみがない理由は分かってる。

 世界中から力を無くすには、必ず大勢の人々を相手取らなきゃいけなくて。例え相手がどんな悪党だったとしても、それは自分の手で誰かを傷つけるのに変わりない。

 

 どんなお題目を掲げようと、その時点であたしは二人を殺した連中と同じなんだ。

 

「……たとえ嫌いじゃなくても、今更遅いんだよ」

 

 自分の為に誰かを傷つけてしまえる人でなし───。

 そんなあたしが、歌で世界を平和にと願った二人と同じモノを創れる訳がなくて。

 

 そして否応にも、二人と真逆な自分があの夢の反証だと突き付けられる。

 だから歌なんて嫌いなんだ。

 その現実も、そうなってしまったあたしにも、全てに怒りが湧き上がるから……。

 

「そら君!?」

 

 胸の怒りを抑えられず、返す言葉さえ紡げなくなってた時。

 遠くから響いたあの娘の声が、あたしを我に返してくれた。

 

「おい、あれって……」

「白いアルターブック!? どうしてそら君が───」

「驚いてる場合じゃない!」

 

 だがあちらの状況は穏やかなものじゃない。

 

 視線の先に映ったのは、捲られる本のページに呑まれる三人の姿だ。

 子供が手にしていたのは白いライドブック。炎の剣士達がアルターブックと呼ぶそれが、目先の現象を引き起こしてるらしい。

 

「皆、手を伸ばしてッ!!」

 

 真っ先に飛び出したのは融合症例。その後に続いてあたし達も急ぐが、その間にもページ三人はどんどんページに呑まれてしまう。

 

 あれが人を取り込んでるのなら事情を聞いてる場合じゃない。このままだと、あいつらに何が起こるかも判らないんだ…!?

 焦りのままに手を伸ばしたのは三人同時だった。

 最後のページが捲られる一瞬。それぞれの手を取れたと認識したと共に、あたし達もまた本の中に巻き込まれてしまう。

 

 もうあいつらを引っ張り出す時間はなくて。

 そうして自ら身を任せ、あたしの視界は光に白んでいった。

 

 

 

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