山田リョウ、という少女が居る。
彼女の評判をクラスメイトに聞けば、それはもう多種多様なものが返って来るだろう。
曰く、ミステリアスな美少女。曰く、何考えてるかわからない変人。曰く、学校で野草を食うやべー奴。曰く、ベースを弾く姿は老若男女を魅了する。
特に最後のそれなんかは、本当にそうだと思う。
妹の付き添いで付いていった路上ライブ。そこで演奏する山田の姿は輝いていて、まるで音楽で世界から切り出されているみたいで。
その姿に俺──坂本優一が魅せられてしまったのが、去年のこと──
その山田が、今俺の目の前に立っていた。
相変わらず何を考えているのかわかり辛い、一見すると不機嫌なようにも見える表情でじっとこちらを見つめている。
その要件は何なのか、簡単に想像はできた。
一年前のあの日、空腹に耐えていた山田の姿を見かねて自分の弁当を差し出してから、俺の役割は決まってしまった。
「坂本、お弁当出して」
さも当然のことのように、顔色一つ変えずに言い放った山田は早くよこせと言わんばかりに、その手をこちらに向けている。
「山田、お前昨日伊地知さんに怒られたばっかりなんだからもうちょっと自重するとかしろよ……」
「金欠は一日じゃ解決しない。それに今日は秘策がある」
「秘策……?」
自身ありげにそうは言うが、正直なところ不安だ。
山田のつく嘘は、とても雑だ。
放課後にクラスメイトからの誘いを断りたい時なんかによく飼い犬の手術だとか、お婆ちゃんが今夜が峠だとか、触れづらい感じの嘘の理由で流しているのを去年はよく見かけた。
今回もそういう感じで自分で作った弁当だとか言って誤魔化そうとしてるんだろが、そもそも普段から自炊しているうえに幼馴染の料理スキルくらいは把握してそうな伊地知さんの目をどうこうできるはずもない。
というか今度は俺も怒られかねないからしばらく大人しくして欲しかったんだけど。
「今まではコッソリ受け取ったり、虹夏の前で食べてたからバレてた」
「そうだな、お前の家に無い弁当箱だったり、金欠の時に入るわけないおかずが入ってるとかでバレたからな」
「だから今ここで全部食べれば問題ない。虹夏にもバレない」
そう山田は自信満々にドヤ顔までして言い放った。
確かに伊地知さんにバレることなく食べ終えることができれば怒られることはないだろう、なんならシレーっと教室に戻って草でも噛んでいればアリバイ作りも完璧だ。
山田に弁当箱を渡すと最悪数日の間返ってこない事もあるからその場で返してくれるならそれが一番ありがたいという話でもある。
──が、こいつ、どうして。
「そもそもなんで山田の分の弁当を作ってる前提で話が進んでるんだよ。昨日お前が伊地知さんに怒られた後に俺も念押しされてるんだからな? あんまり甘やかし過ぎないようにって」
「……? でも作って来てるでしょ」
「いやそれは……そうだけどさぁ……」
そう、今俺の鞄の中には弁当が二つ入っている。
いくら念押しされたとはいえ、金欠で草を食べているような人間が目の前に居たら何も出さない訳にはいかないし。何より何も無かったら俺の分の弁当をいくらか持っていかれそうな気がする。
「早く出して」
「はいはい……」
割り箸を取り出してこちらを催促する山田に軽く返事をしながら、山田用の弁当を出してやる。
自分用の弁当箱よりも一回り小さい二段重ねのシンプルなデザインのそれを目の前に置いてやると、早速と言わんばかりにその蓋を開けられた。
「うん、いつも通り。いいね」
一段目に入っているのは、山田が言うようにいつも通りのおかずたちだ。
赤いタコさんウインナーと玉子焼き、それにパプリカの炒め物とプチトマト。二段目には何の変哲もない炊いたご飯が詰められている。
「いただきます」
下段の蓋を開け、手を合わせてそう言ってすぐ山田は箸を割り弁当に手を付ける。
おかず、ごはん、またおかずに行って、米を食べる。結構なスピードだ。
うん、いただきますがちゃんと言えて偉い。偉いがもう少し味わって食べて欲しい。
伊地知さんにバレる前に食べ終わらないといけないから仕方ないとはいえ、このスピードで表情もあんまり変わらないとなるとちょっとだけ美味しくないんじゃないかと不安になる。
「見てる場合じゃないな……いただきます」
山田が食べているのを見てるだけじゃいけないと、自分の分の弁当箱に手を付ける。
昨日の夕飯のついでに作った小さいハンバーグが二つ。作り置きのきんぴらごぼうに、これまた作り置きのカボチャの煮物。
見た目の彩をある程度は考えている向こうのそれとは違い、こちらは茶色ばかりでまさに高校生男子の喜ぶような中身だ。
「中身が違う……?」
「あー……こっちは夕飯の残りとか作り置きとかなんだよ。最近妹が残り物は嫌だって言うから朝作ってるしさ、山田の分もそっちの方がいいかなって」
「妹思いだね、意外」
「まあ、部活頑張ってるみたいだしな。ちょっとくらいは応援してやらないと」
「何やってるんだっけ、ボクシング?」
「いや吹奏楽……ボクシングやってる女子中学生ってそうそう居ないだろ」
「ふうん……おかず貰うね」
自分から話を振っておきならがら、それは置いておいてと言わんばかりに山田の箸はこちらのハンバーグへ向かっていた。
こいつ人の妹の話に興味が無さすぎるだろ……! いやまあ、根掘り葉掘り聞かれても困るが。
「というか何勝手に人のおかずに手を伸ばしてるんだ、せめて交換にしろよ交換に。玉子焼き入ってないから欲しいんだけど」
「ダメ、坂本の玉子焼き美味しいから。タコさんウィンナーで我慢して」
「……わかったよ」
「やった」
了承の言葉を聞くや否や、山田の箸がハンバーグへと伸びる。
今日初めての美味しいという言葉に、思わず妥協してしまったが、よく考えなくてもハンバーグとウィンナーの交換は釣り合って無くないか?
向こうは四つ入ってるけどこっちは二つだし。
などと自分で盛り付けた配分に不満を持っている間に、あいつはハンバーグを一口齧る。
「うん、こっちも美味しい」
「そりゃ良かった。じゃあこっちもウィンナー貰うから……な……?」
弁当箱の中を見れば、目に入るのは半分ほど減った炒め物と玉子焼き、そして手つかずのプチトマトが一つ。
ウィンナーの姿が、どこにもない。
「山田……お前……まさか」
「ごめん、食べちゃった。最近あんまりお肉食べてなかったから……トマトじゃダメ? 赤いし」
山田のその言葉に何を言っていいかわからず俺は、二度自分の弁当箱と山田のそれを見て……。
全てを諦め、トマトを食った。