山田に飯を貢いでいたのがバレてから数週間が経過した。
最終的に山田にお菓子を作っていく件については山田の物欲しげな視線に俺と伊地知さんの二人が耐えきれなくなりなんとか許可を貰った形に収まった。
なので結局のところ、昼休みにあいつに食べ物を渡し続ける生活は継続することになる。
ただ一つ、変わったことと言えば……。
「それでね、ぼっちちゃんったら面白いんだよー」
「あの段ボール被ってた子、普段からそんな奇行ばっかりしてんの……」
「そう、ぼっちは面白い」
昼食を一緒に食べる相手に、伊地知さんが加わったという点だ。
曰く、「放っておいたらまた約束破って勝手にリョウにご飯食べさせるでしょ?」とのことで、監視も兼ねて昼休みには三人集まることが定番になった。
信用されてないなとは思うけど、実際のところ前科がある身なので反論の余地はないので甘んじて受け入れている。
「坂本、玉子焼きちょうだい」
「そっちの弁当にも入ってるじゃん」
「坂本のも食べたいから、虹夏の玉子焼きと交換でいい」
「まあそれなら……」
互いの合意が取れたところで、おかずの交換を行う。
以前までならこういう時、山田からの一方的な搾取や釣り合わないトレードが発生していた。しかし伊地知さんという監視役が居る今は平穏が訪れている。
早速と言った様子で俺の玉子焼きを頬張る山田を見届けた後、こちらも玉子焼きを一口食べる。
「……うん、美味しい。なんというか、優しい味で」
当たり前だけど、伊地知さんの作るそれは俺が作るものと味付けは結構な差がある。
彼女が山田に作る弁当に入っている玉子焼きは俺が作るものよりも甘さは控えめで、それでもしっかりと満足感を感じさせるものだ。
自分の作る料理はとにかく妹や弟、家族の好みに合うように作っているので他の家の料理はそれだけで新鮮な刺激があって、勉強になる。
「伊地知さんこれどういう分量で味付けしてんの?」
「これはね~、白だしを使って……」
こうして山田経由で交換したおかずで気になったものがあればレシピを聞くことも、最早定番化していた。
俺も伊地知さんも家事を担当しているのは変わらないはずなのだが、向こうの方が遥かに慣れている気配を感じる。
バイトもバンドもやりつつ家事もしっかりと家事もこなすその手際には脱帽ものだ。
「坂本」
伊地知さんとの料理トークが盛り上がってきた頃、山田からの声をかけられる。
そちらの方を見れば、既に弁当の中身は空っぽ。つまりそういうことだ。
「今日のお菓子なに?」
ちょいちょい、と「出して」のジェスチャーをしてみせる山田に応えて、今日のお菓子を渡してやる。
透明な袋にラッピングされたそれは、綺麗な焼き色をして小さめのカップに入ったマフィンだ。
「バナナマフィン。前にお腹に溜まるお菓子がいいって言ってたからこれならどうかと思ってさ」
「うん、結構満足感あるね。美味しいし」
「早っ! もうちょっと味わって食えよ……」
受け取るやいなや、すぐに包みを開けてマフィンを頬張る山田。
食いつきがいいのは嬉しいんだけどもう少しこうなんというか、リアクションなんかが欲しいところではある。
「はい、虹夏さんにも」
「ありがと~! いつもごめんね? 私の分も作らせちゃってるみたいで」
「いいっていいって、多い方が作り甲斐あるし」
いつも美味しい美味しいと食べてくれる山田や妹もありがたいが、虹夏さんみたいに普段料理する人から感想を貰うのもいい刺激になる。
一か月毎日ともなるとネタ切れになる日もあって、そういう時にリクエストを聞いてみたりすると無理のない範囲でアイデアをくれるのもありがたかった。
山田にリクエストを聞くと無茶ぶりしてくる事もあったし……。
「あ~あ、それにしても坂本くんのお菓子を毎日食べられるのもあと少しでおしまいか~」
「えっ?」
「いやなんで驚いてるのリョウは……一か月の間だけって話なんだからそうなるでしょ」
「えっ?」
「聞こえないふりしてもダメだよー」
山田は聞こえないふり、というか現実を受け入れないようにしているようで頭には? を浮かべ続けている。
こいつ一か月だけの話だったこと完全に忘れてたな。
「坂本」
「いやー……流石に無理だな。これから毎日作るなら妹にも作らなきゃいけなくなるし、そうなったらカロリー計算とか大変だし」
この一か月はあくまでも埋め合わせで作っている特別な期間だから良かったけど、流石に毎日ずっとになると話が変わって来る。
妹も成長期だとはいえあまりカロリーの摂りすぎも良くないだろうし。なんならあいつは毎日早朝と部活後にランニングやトレーニングは欠かしていないのでむしろ山田の摂取カロリーの方が心配になる。
「あんまり坂本くんに無理言っちゃダメだよ、リョウ?」
「わかった。じゃあ後悔しないようにちゃんと味わって食べるようにするから……今日のお菓子出して」
「今日の分はお前がさっき自分で食べただろ……」
まさかこいつ、ついに空腹が脳にまで回って……。
などと失礼なことを考えているのも数秒のこと、しかして山田が視線を向けているその先に気が付いてボケだとか空腹で頭が回らなくなっているだとかではない事を悟った。
その視線が向けられる先は俺の分のマフィン。要は寄こせと言うのだ、二人分食べようと言うのだ。
「ダメ?」
真っすぐとこちらを見ながらそう山田は俺に問う。
正直なところ、ダメではない。
自分は家で味見した時に既に食べているので出来栄えはもうわかっているし写真も撮ってあるし、別に食べなきゃ死ぬわけでもないのだから。
そう、俺個人の感情としてはダメではないのだ。
「伊地知さん」
「坂本くんもお人よしというかなんというか。損な性格してるよね……半分だけだよ?」
あげてもいい? と伊地知さんに目で訴えてみると、許可を貰えた。
意外……と言ったら失礼だけど、今回もダメだよと言われるかと思っていたのでその答えが返って来るとは思っていなかった。
許可が出たならと早速マフィンを半分にして、少し大きい方を山田に渡してやる。
「今度はちゃんと味わって食えよ」
「うん、ありがとね」
そう言って受け取った山田は、さっきと変わらぬ速度でマフィンを食べ始める。
味わって食べるとはなんだったのか。そう小一時間くらい問いかけてやりたいが実際のところ、美味そうに食べてくれるその姿は口以上にものを言うのでそれだけで満足に感じている自分も居た。
……そういえば、山田に飯を食わせるようになってさっき初めて「ありがとう」って言われたな。