山田リョウの飯炊き   作:ナメクジ次郎

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お宅訪問

 ある日の放課後、俺はパンパンに詰まった買い物袋を二つ手に持って歩いている。

 今日の晩飯の材料やら作り置き用の食材やら妹に作る為のお菓子やら、一気に買い過ぎてしまった。

 

「重い……」

 

 自分で買っておいて言う事でもないとは思うけど、重い。本当に重い。

 キャベツが安いだとか玉子が安いだとか、毎週やっているセールに踊らされて考えなしに買ってしまった男の末路がこれだ。

 部活やら塾で忙しいところに悪いとは思うけど、妹か弟が帰って来てから手伝ってもらえばよかったなと後悔していたその時——。

 山田が草むらでしゃがんで何かを採取して食っているのが目に入った。

 

「……お前なにやってんの」

「草食べてる」

 

 それは見ればわかる。という言葉を寸でのところで飲み込んだ。

 こいつ今日も昼休みに伊地知さんの弁当食ってたし俺があげた大学芋も結構食べてたよな? 

 だというのに放課後にはもう草を食ってるって……もしかして、俺はこいつの腹を満足させられてなかったのだろうか。

 

「もうちょっといいもの食えよ……というかせめて調理をしてくれ調理を、そのまま食うな文明人なんだから」

「今ほんとお金なくて……お腹空いて動けなくなる前に何か入れようかと」

 

 そう言った山田のお腹は、ぐぅと小さく音が鳴った。

 腹が減っているのは本当らしい。

 

「坂本、食べるもの持ってない?」

 

 どうやら山田の標的はその辺の草から俺の持っている買い物袋に移ったらしく、しゃがんだ状態のままこちらを向き、小首を傾げてそう聞いてくる。

 あざといな……でもこいつ絶対狙ってやってるんだろうな。そう思うとファン心理を利用されてるみたいでちょっと嫌だ。

 山田の顔の良さになんか絶対に負けない……! 

 

「無い。今日は作り置きの材料とか買っただけだから野菜とか以外にそのまま食えるものは買ってないからな」

「そのキャベツそのままでいいから。雑草よりは美味しい」

「雑草と比べられるキャベツが可哀そうだろ……」

 

 すすす、とセール品のキャベツに手が伸びて来たので袋ごと引っ込める。

 野菜をそのまま丸かじりでもいいってそこまで切羽詰まってるのだろうか。

 

「……ん? というか山田、なんでお前そんなに余裕無いんだよ。俺と伊地知さんから飯貰ってるんだしちょっとくらい食費は浮いたはずだろ」

「それは──」

 

 まあ恐らく楽器に金を使い過ぎたとかだろう、いつものことだと伊地知さんも言っていた。

 音楽をやるのに金がかかるのは、妹を見ているので流石に知っている。

 学生の身で楽器の維持、メンテナンス、機材を買ったり。金欠になる要因はいくらでもあるだろう。

 でも俺は知っている、こいつが結構な額の小遣いを親から貰っている事を。というか単純にめちゃくちゃ金遣いが荒いから金欠になっているだけという事実を。

 

「バンドのギターボーカルが間違えて多弦ベースを買ってたから。私が買い取った」

「お、おおう……?」

「だから今月はもうお金無くて、草を食べるしかなかった」

 

 思っていたよりも深刻な理由だった。

 楽器を買い取った。って簡単に言うけど絶対安いものじゃないよな。

 中古だし厚意で買い取ったとしても、二束三文でどうこうするようなものじゃないだろうし。それなら金欠になってしまうのも仕方ないだろう。

 

「そっか、そんな理由が……山田でも人の為に金を使うことがあったんだな……」

「私はいつでも人の為に行動してる」

 

 それは嘘だろう、とは流石に言わなかった。

 いやまあ実際嘘なんだけど、そのバンドの子の為にお金使ったのは事実だし。

 

「だったらさ」

「うん?」

「なんか奢ってやるよ、そういう理由ならほら……流石にこのまま見過ごして帰るとかできないし」

「坂本……!」

「ただ両手塞がってるから一回荷物置きに帰ってからな。どっか集合場所でも決めて……」

「別に坂本の家でもいいけど」

「……はっ?」

 

 今こいつなんて言った? 

 集合場所が俺の家でいい? いやそれは集合の意味ないだろ、このままついてくるってこと? 

 もしかして俺の家で飯食うつもりか? 

 

「いやいやいや……いやいやいや! うちに来たって今は作り置きのおかずしかないんだぞ? そこのとこわかってるのか山田」

「別にいいよ。坂本の弁当に入ってるおかず好きだし」

 

 こいつはまた臆面もなくそういうことを……! 

 自分の料理を好きだと言われるのは嬉しいが、いざ改めて真正面から言われると照れる。

 でもそうか、俺の作った料理好きなのか。そっか、そうか。

 

「なら、それでいいならいくらでも出してやるよ、後でもっと高いものがいいとか言ってもダメだからな」

「うん、それでいい」

 

 冷蔵庫の中には何が残っていただろうか。山田が自分の家に帰ってからも何か口にするならあまり腹持ちのいいものは避けた方がいいだろうか。

 それとも何か一品くらい、新しく作ってやった方がいいだろうか。などと考えながら歩いていると、ふいに山田が口を開く。

 

「やっぱり坂本って──」

「なんだよ」

 

 そこから続く言葉が気になって、少しだけ振り返り山田の方を見る。

 視界に入ったその顔が少しだけ赤らんで見えるのは、夕日に照らされているせいだろうか。

 

「チョロいね」

「うっせ」

 

 何か言い返してやろうかと思ったが、今この状況では言い訳もできないので照れ隠しにそう返すことしかできなかった。

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 山田を家に上げてから数分後、俺は冷蔵庫の中身とにらめっこしていた。

 ちらりとリビングの方に目を向ければ、他人の家だと言うのにすっかりとくつろいでソファに座っている山田がテレビを見ている。

 なんというか、初めて女友達を家に上げたというのに風情も何もあったものじゃない。まあそっちの方があいつらしいと言えばらしいのだが。

 どうやら自分も緊張する必要はないと確認した後、再び冷蔵庫に目を向ける。

 

「山田ー、好き嫌いとかあるかー?」

「美味しかったらなんでも好き」

 

 その返答に少しだけ安心する。まあ普段から金が無くて草を食ってるんだしそんなものは無さそうだと思ってはいたが、不安材料は正真正銘無いということだ。

 だとすると、何出してもいいってことだしここは自信のあるところで行こう。

 冷蔵庫から妹弟に好評だった作り置きをいくつか取り出して来客用の皿に盛る。

 あまり待たせるのも悪いのであっためるものは少なめにしたかったが、冷たいままでも出せるようなものは今日一気に作ってしまう予定だったのであんまり残っていなかった。

 電子レンジで温めること数分、すっかり温かくなった料理を配膳する。

 

「山田―できたぞー」

「おおお……!」

 

 ソファから立ち上がりこちらに来て、並べられた料理たちを見た山田が感嘆の声を漏らす。

 鮭ときのこの炊き込みご飯、肉じゃが、そしてきんぴらごぼう。どこまで行っても特別なものはない、家庭料理の定番と言った内容だ。

 少々彩りが茶色い……というか圧倒的に緑色が足りないが毎日これという訳じゃないんだし、今日くらいはいいだろう。

 

「味噌汁もあるぞ、インスタントで悪いけど」

「うむ、くるしゅうない」

「なんだよそれ……」

 

 汁椀を受け取った山田は、そのまま料理を食べ始める。

 最初は小手調べと言わんばかりに一口、炊き込みご飯を食べる。そしてそれを咀嚼した飲み込んだあと、今度は肉じゃがへと箸が向かう。

 そうやって食べ進めていくうちに、だんだんとスピードは上がっていきいつも昼休みで見るくらいの速度まで上がっていく。

 どうやらお気に召したみたいで、純粋に嬉しい。

 

「もっとゆっくり食えよ……って言いたいとこだけど。山田、なるべく急いでくれよ」

「なんで?」

「なんでってお前。親……は帰ってこないけど、妹と弟がもうちょっとしたら帰って来るんだよ」

「私は別に気にしない」

「俺が気にするんだよ俺が! 特に晶……妹は推し断ちとか言ってお前の追っかけ禁止にしてるんだから会っちまったら意味ないだろ」

「そういうもの?」

「そういうものなの! とにかくあと一時間くらいd」

「ただいまー!」

 

 突如、家の中に響き渡る少女の声。

 聞き覚えしかない、妹だ。

 明らかに事前に聞いてた帰宅時間より早い。何故? 部活は? 自主練は? 山田を隠さねば。

 時間にして数秒の混乱、けれどそう広くない家の中で中学生の少女がリビングに到達するには十分な時間で。

 

「お兄ー? 見慣れない靴あったけど友達でも来て……えっ?! リョウ様!?」

 

 そうして、出会ってしまった。見られてしまった。

 妹は二度、三度。開いた口が塞がらないといった様子で俺と山田の方を交互に見て、その後——

 

「縺ェ繧薙〒縺雁? 縺後Μ繝ァ繧ヲ讒伜ョカ縺ォ騾」繧瑚セシ繧薙〒繧九???」

「なんて!?」

 

 謎の寄生を発しながらぶっ倒れた。それはもう見事に。

 

「晶ー!? お前……大丈夫か!? うおっ気絶してる……」

「坂本」

「なんだよ!」

「坂本の妹、面白いね」

「言ってる場合かー!」

 

 あくまでもマイペースに飯を食いながらこちらを茶化してくる山田に対してツッコミを入れつつも、妹をソファに寝かしてやる。

 見た感じどこか強く打った傷やたんこぶは見当たらないので差し当たって安心だ、起きるまで待っていれば大丈夫だろう。

 

「ごちそうさまでした」

「お前なぁ……」

 

 飯を食い終わったらしい山田が合掌し、箸を置く。

 こいつ人が一人気絶してるのに動じてなさすぎるだろ……家が医者だからか? 

 

「妹が起きたらまた凄い事になりそうだから早めに帰ってくれるとありがたいんだが……」

「そうだね」

 

 俺の言葉に同意しつつも、山田は何故か寝かされた妹の方へと歩みを進めていく。

 そしてその横へ腰かけて、スマホを取り出してインカメで二人の顔が映るように写真を一枚、パシャリ。

 

「ファンサービス、坂本に送るから妹にあげなよ」

 

 ファンサービス? なんで??? 推し断ちしてるってさっき俺言わなかったか? 

 混乱している俺をよそに、山田はスマホを操作してロインで俺についさっき撮った写真を送信しているようだ。

 

「坂本の妹、結構面白い子みたいだから。後でその写真見せた反応とか動画で送って」

 

 そう言って帰る準備を着々と進め始めた山田を見て、思う。

 こいつ鬼か……? 

 

 

 

 

 

 山田曰くファンサービスのこの写真は、妹の受験が終わるまで隠し通そう。俺は兄として強くそう誓った。

 

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