山田リョウの飯炊き   作:ナメクジ次郎

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ベーシストと楽しい夏休み

 七月二十日。季節は移り変わりもうすっかり夏になったその日はある意味で学生が一番待ちに待ったイベントの起こる時だ。

 月並みな話しかされない退屈な終業式が終わって始まるのは夏休み。一生に一度しかない高校二年の夏だ。

 

「ねえ坂本くん。夏休みの予定ってもう決まってる?」

 

 帰り道で合流して一緒に帰っていた伊地知さんが俺にそう話しかけてくる。

 

「一応はな。基本的に家事とバイトばっかりになると思うけど」

「パートしてるおばちゃんみたい」

「おばちゃんってお前な……一応他にも用事あるんだぞ。妹の部活でやる合宿の手伝いとか」

 

 まあそれも本来なら手の空いた保護者が有志で集まってやることだから、俺以外はだいたいおばちゃんなんだけども。

 うちは両親が仕事で全然帰ってこない関係上、俺が行くという選択肢しかない訳で。

 一年目は手際が悪くて迷惑もかけたりしたけどすっかり慣れて他の保護者の人たちとも打ち解けて料理のコツとか教えてもらえるようになったし、自分にとっても良いことずくめだ。

 

「合宿か~、青春って感じでいいよねー。私達もやってみる? バンドのみんなで一緒にご飯作ったりして仲を深めちゃおー! みたいな」

「虹夏がご飯作ってくれるならいいよ。あと宿泊費も払って」

「それじゃ意味ないでしょ……」

 

 元気よく提案した伊地知さんのそれは、山田の相変わらずのマイペースによって打ち砕かれた。

 まあ山田が料理できるとは思えないもんな……草をそのまま食べてるような奴だし。

 

「そうだ、バンドといえばライブって夏休みのどっかでやったりすんの?」

「勿論やるよ! もう曲もできてるしね! リョウが曲作ってぼっちちゃんが歌詞書いたんだー。すっごいのできたから楽しみにしてて!」

「山田が曲を……そんなこともできたのかお前」

「どや」

 

 確かに音楽知識も凄い深いみたいだし、結束バンドの前に別のバンドに居た経験もあるんだから驚くような事でもないかもしれないが。なんか意外だ。

 なんだろうな、初ライブ以降バンドマンとしてのこいつよりも普段のぐーたらで金欠なところばっかり見てたから感覚が麻痺してるのかもしれない。

 でもそうか、夏休み中に聴けるのか。それは……嬉しいな。

 

「スケジュール決まったら連絡するから絶対来てよー? 今回は前回よりもいっぱい盛り上げるからさ!」

「行く行く! 絶対行く!」

「その時はまた妹に埋め合わせでお菓子作るのよろしく。勿論私にも」

「お前なぁ……」

 

 山田の図々しい要求に呆れながらも、俺達はそのまま帰路を歩く。

 そんな中、ロインに一件の通知が入った。

 ──晶、妹からだ。

 

「ん? どうしたの坂本くん」

「妹からのロインなんだけど、今日は帰りが遅くなりますって」

「あー……中学校も終業式で午前終わりだもんね、部活が長くなるとか?」

「いやー、今日の部活は顧問とパート練ですぐ終わるって聞いてたんだけど……何かあったのかも」

「坂本、心配し過ぎ。ベーシストにはふらっとどこかに行きたくなる時もある。私もそうだから」

「いや世のベーシストが全部お前と同じではないだろ……」

 

 ないよな? ちょっと不安になってきた。

 山田みたいになった晶……? ほんの少し想像しただけでも恐ろしい。特に金遣いが荒くなって俺に金を求めてくるだとか考えたくも無い。

 

「まあリョウみたいな理由じゃないにしても心配し過ぎだとは私も思うなー。放課後に友達と遊んで帰るとかそういうのだと思うよ?」

「それもそうか……?」

「そうそう、だから坂本くんは家で美味しい物でも作って待っててあげなよ!」

 

 一般的な女子高生の感性を持った伊地知さんがそう言うなら問題ないだろう。

 それならばと、安心した俺の思考は今日の夕飯の献立に向かっていった。

 明日から夏休みだし、妹弟の好きな物でも作ってやるかぁ……。

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

「……遅い」

 

 もう既に時計は一時を回っていた。それでもまだ、妹は帰ってこない。

 何度かロインも送ったが既読も付かず、通話も試してみたがダメだった。

 乾いてしまわないようにラップをかけた夕飯は痛まないように冷めた後に冷蔵庫に入れたし、帰ってくればいつでも食べられる。

 それなのに、妹が帰って来る気配はない。

 弟は既に眠っているし、今この家で起きているのは自分だけ。時計の針が進む音だけがやけにはっきりと聞こえていた。

 

「ただいま……」

 

 もしかして何か事件に巻き込まれてしまったんじゃなかと思い警察に電話をかけようとしたところでガチャリと、扉を開ける音と共に抑え目な妹の声が聞こえた。

 俺は安堵の溜息をつく暇もなく玄関の方へと向かい──

 

「こんな時間までどこ行ってたんだよ! 心配したんだ……ぞ……?」

 

 そう言葉をかけた時に、ある事に気が付いた。

 妹が、誰かを背負っていることに。そして、その人物がとても──酒臭いことに。

 

「いぇーいみんな盛り上がってるー? まだまだ夜はこれからー……もっと盛り上がって飲んでこー!」

 

 妹に背負われたまま、その女性は片腕を振り回してそう騒いでいる。

 これは……明らかに何かに巻き込まれてるだろ! 

 

「……晶」

 

 しかし悲しいかな、まだちょっと混乱している頭では少しだけ怒りを込めた声で、そう妹を呼ぶことしかできなかった。

 

「お兄、これにはその。深い訳があってね」

 

 深い訳。

 まあそりゃあ、夏休みの始まったその日の深夜に酔っ払いを担いで帰って来たなんて浅い訳で発生するイベントじゃないだろう。

 そもそもいつも部活で頑張ってて真面目な妹だ、こんな酔っ払いと接点なんてどこに? 

 そう思って観察してみれば、晶に背負われたその女性はさらにギターケースのようなものを背負っている。

 なるほど、音楽関連。それもバンドマン、と呼ばれるタイプの。

 

「実はその、この人。廣井さんは……」

 

 ああ、聞きたくない。実の妹が、全国大会に向けて真面目に頑張ってきた妹が夏休みの、しかも初日に怪しいバンドマンに引っ掛けられるなんて。

 せめて、ベーシストじゃなかったら嬉しい。いつかだったかに伊地知さんが言っていた。恋人にしてはいけない三つのBというのはベーシスト、ベーシスト、ベーシストの事だって。

 

「廣井姐さんは、あたしのベースの師匠になってくれる人なの!」

「悪い事は言わないからベーシストだけは止めと……師匠?」

「うん、師匠」

 

 あまりのことに、衝撃の連続で頭が追い付かない。

 ししょう、師匠。

 師匠と弟子の師匠? 部活で顧問がコントラバスやってるから色々教わったりしてる妹が、バンドマンを師匠に? 

 

「この人は凄いの! ベーシストの中のベーシストっていうか、あたしに無いもの、必要なものを沢山持ってて!」

「そうでーす! 誰よりもベースを愛するベーシスト廣井で~す! 今日は晶ちゃんのお陰でベースも忘れず持ってるよ~」

 

 ほらほら~と背中のベースを指差してアピールする、廣井と呼ばれた女性。

 なんで誰よりも愛してるのに忘れるんだとか、そろそろ妹から降りろとか色々と言いたいことがあるが、もう脳の許容量が限界だ。

 

「……もうわかったから、とりあえず上がって早く寝ろって。明日も部活あるんだろ? そこの廣井さん? もほら、早く帰った方がいいですよ」

「……? 帰らないよ?」

「は?」

「その、ね? お兄。廣井さんの弟子やる間は、うちで面倒みることになっちゃったから……」

「は???」

「あと……部活もちょっと、その間休ミマス……」

 

 なんだよそれ! と叫びそうになったのを、近所迷惑になるので寸でのところで抑え込んだ。

 この状況を一体どうしたらいいのか? それを考える為には困惑も、眠気も大きすぎた。

 だから俺はもう、今のところは何も考えずに二人にシャワーを浴びて寝るように促して、自分も寝てしまうことにした。

 明日の朝見知らぬ女性がソファで寝ているのを目撃した弟がどうなってしまうのかは、考えないことにする。夏休みだから昼前まで寝ていることを祈ろう。

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