山田リョウの飯炊き   作:ナメクジ次郎

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妹ちゃんのターンです


坂本晶はベーシスト

 走る、走る、走る。

 いつものランニングコースをあたしは、とにかく走っていた。

 とにかく無心になりたくて、悩み事を忘れたくて。

 それでも、心に刺さった疑問は頭の中に侵食してくる。

 

「技術は十分全国で通用するよ。それでもお前はまだベーシストになれていない。そこをどうにかしないと全国金賞は難しいかもな」

 

 終業式が終わった後の個別指導、そこで顧問に言われたその言葉が頭から離れない。

 ベーシスト。もしくはベースプレイヤー。

 吹奏楽においては唯一の弦楽器で、場合によっては最低音を担当するコントラバスを演奏する人間の事。

 技術は、問題ないみたい。むしろ中学から始めてよくここまで上達したと褒めてもらったくらいで。

 じゃあベーシストになれてない、って何? 技術があったらそれでいいんじゃないの? 

 何もわからなかった、八月にはもう支部大会もあるのに先生はどうしてそんな事言ったの? 

 

「はぁ……ちょっと休憩……」

 

 モヤモヤしたまま走っていたからか、異様に疲れを感じて止まってしまう。

 もしかしたらペースキープちゃんとできてなかったかも……。

 いつもより早く鼓動を打つ心臓の音がうるさい。呼吸が落ち着かない。

 

「すぅ……はっ!?」

「……」

 

 壁に手をついて深呼吸をしようと大きく息を吸った瞬間、近くでバタリと何かが倒れる音がして思わず声を上げてしまう。

 えっ何、生き倒れ? こんな東京の下北沢で? そんなことあるの? 

 疑問が尽きないながらもその倒れた人に目を向ける。ヤバそうな人だったらそのまま見捨てて逃げようと、そう心に誓いながら。

 

「うぅ……水、みずぅ……」

 

 もぞもぞとちょっただけ動きながら、か細い声で助けを求めているその女性はキャミソールワンピの上からスカジャンを羽織っただけの色々無防備な恰好をしてる。

 少しだけ感じるお酒臭さに、ああこの人はヤバい人なんだなとあたしは判断する。きっと関わらない方がいい人種だ。

 

「はい、お水です。全部飲んでいいですから」

 

 ……だというのに私はその女性に水筒を差し出している。

 別に可哀そうだったからとか人助けしたいとかじゃない。お兄だったらそういうお人よしな行動するかもしれないけど、普通の人間はこういうヤバいのとは関わらない。

 だけど見てしまったから。倒れている女性が水を求めながらも大事そうに抱えているそれの存在を。

 ギターケースと同じ形状、けどサイズは全体的に大きいそれは、ベースケース。

 ベーシストだと一目でわかった。それも酒に溺れるタイプの。

 先生に言われたことが心に刺さったままだったから、助けることにしたの。あわよくば……なんて打算的な思考をしながら。

 

「ぷっはぁ~! 生き返った~! ありがとね、えぇと名前なんてゆーの?」

「坂本。坂本晶です」

「へぇ~晶ちゃんって言うんだいい名前~」

 

 などと当たり障りのないやりとりをしている間にも、目の前の女性は懐からパックのお酒を取り出して飲んでいる。

 この人さっきお酒飲んで倒れてたのにまた飲むの!? もしかして思っていた以上にヤバい人に絡んじゃったのかもしれない。

 いやでも、ここで怯んだらいけない。だってもう見るからに酒クズベーシストだ、今確信した。

 

「迎え酒~! 晶ちゃんも飲む?」

「あ、あの、あたし」

「あ~未成年だっけ~?」

「あたしっ、ベーシストになりたいんだけど! どうしたらなれますか!」

 

 言った、言ってしまった。

 いやでもベーシストになりたいってすでにそうじゃんとかそもそも絶対吹奏楽とジャンル違う人じゃんとかまだ思うところはあるけど、思い切ってしまった。

 

「なになに~? もしかして晶ちゃん音楽に興味あるの?」 

「えと、興味あるというかその、実は……」

 

 その後、私は女性に全てを話した。

 吹奏楽をしていること、今年こそは全国金賞を目指していること。ベース……コントラバス奏者をしていること。そしてお前はまだベーシストになっていないと言われたこと。

 最初はお酒を飲んでぽやぽやした表情だったけれど、私の話を聞いているうちに少しだけ真剣な表情に変わっていく。お酒を飲む手は止まってないけど。

 

「お姉さん……ええと……名前は」

「廣井きくりで~す!」

「……廣井さんのそれ、エレキですよね。だからベーシストってどうやったらなれるのか、教えて欲しくて」

 

 言い終わった後、一瞬の沈黙。

 ちゅうちゅうとパックのお酒を吸う音だけがその場に響いて。数秒後、ぷはっと口を離すお姉さんの声がする。

 

「ぷっ。あっははははは! 君の先生面白い事言うねぇ~!」

 

 爆笑、もう堪えられないといった様子で地面を叩いて笑っている。

 

「晶ちゃんも真面目だね~。ベーシストなんてなろうと思ってなるんじゃないよ」

「それって……」

 

 もしかして、なろうと思ってやった時点で失格。みたいな話なのだろうか。

 だとしたらあまりにも残酷な話だ。あたしは最初からベースに向いてないと言われたってこと? 

 

「ん~。晶ちゃんさ、今時間ある?」

「えっ、あっ、一応……今日から夏休みなので」

「じゃあさー、今から私に付き合ってくんない?」

「……はい?」

 

 その言葉の意味を理解する前に、廣井さんに腕を掴まれて引っ張られる。

 この人力強っ! 酔っぱらって力の制御おかしくなってる!? 

 

「今日私ライブやるからさ~……見せてあげるよ、晶ちゃんが知りたい答え」

 

 廣井さんはそうキメ顔で言う。この人真剣な顔するとめちゃくちゃ顔がいい! リョウ様に匹敵する顔の良さ! 

 あまりの顔の良さについつい抵抗する力が無くなって、されるがままになって駅の方まで引っ張られる。

 このままあたし、どうなっちゃうの!? 

 

「あっごめ~ん! お金無いんだった! 新宿までの電車賃私の分も出して~」

 

 本当に私、どうなってしまうんだろう。この人についていって、何に連れて行かれるんだろう。

 顔の良さ補正がいつまで保つのか、不安になった。新宿に降りるまで維持できるといいなぁ。




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