【小説版】77歳元暗殺者の親爺   作:生しょうゆ

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77 vs スパイ組織IAGO その2

『準備は一任するわ』と半ば投げやりに言ったダイアナであったが、その後の77の行動には目を見張るものがあった。彼は従業員通路から誰にも気付かれず潜入し、易々と警備員室にまで辿り着いたのである。

 

「(忍び込むときは)ゆっくりとね、うん」

『暗殺を容易にするため、防犯カメラの記録を消しに行くということね。素晴らしいわ、77』

 

 老体に似合わぬ身のこなしでするりと警備員室前まで忍び込むと、77は途端にプロとしての技量を見せた。壁を隔てているというのに、まるで透視でもしているかのように警備員の動きを察知し、サイレンサー付きの拳銃で記録媒体に狙いを定めたのである。

 

「(狙いは)この辺りね」

 

 熟練のエイム技術であった。「うあっ!?」と警備員が叫び声を上げたときにはもう遅かった。室内に火花が散り、監視カメラの記録は完全に破壊された。

 

「ハァッハッハッハァ~~~!(ピンポンダッシュ感覚)」

『流石ね、77』

 

 仕事が上手く行ったことに興奮し、またもや息切れを起こしながら77はその場を去って行った。

 

 しかし、77は困っていた。もっとパパに近付きたいのに、パパは仕事で忙しい様子。ぶらぶらと時間つぶしに会場を歩いていたのだが、それも飽きてきた。

 

 と、その時スタッフの会話が偶然耳に入ってきた。

 

「あたしもこんなフェイスラインだったらなぁ」

「まって、十分素敵よ?」

「それは分かってるわ。あれはまるで、ギリシャ神話の神様かなんかよ。彼がここにるなんて……」

 

「あたし」と言った男性スタッフと、それを宥める女性スタッフ。二人が目にしているのは、目元と口元に二本の黒線を引くメイクが特徴的な、スキンヘッドのファッションモデルのポスター。ヘルムート・クルーガーのポスターである。

 

『情報によると』ダイアナは一応といった様子で話し始めた。『ヘルムート・クルーガーとダリア・マーゴリスはとても親密な関係みたい。IAGOはファッションモデルを使って金持ちや権力者の生活に入り込んで情報収集しているから、クルーガーもスパイの可能性があるわ』

 

 77はじろじろとクルーガーの顔つきを眺め、そして思い当たった。

 

「そっくりだね」

『……ええと、なにが?』

「玉藻だよ?」

『……ちょっと言っている意味が分からないわ』

 

 しかし77の中では、自分の顔とクルーガーの顔とがピタリと重なり合っていた。

 

 確かに若い時分、つまり彼がまだ47だった頃はその風貌も良く似通っていて、すれ違い様に「え!? マジ!? ヘルム……! ンだよちげえじゃん!」と言われることもあっただろう。

 

 だが、今の彼は老いぼれていて、弛んだ皺が何よりも二人の印象を隔てている。しかし、そんな事はお構いなしに77は行動を開始した。

 

「ハァッハッハッハァ(息切れ)」

 

 こうなったら77は早い。直ぐさまクルーガーの行動範囲を把握し、処分に最適なエリアを見繕った。会場から僅かに離れた庭部分は、今の彼の立場ならば入ってはいけないエリアである。しかし、彼は全く気付かれることなく侵入することに成功した。

 

 そして、変装するのに邪魔な警備員二名を処分しにかかる。

 

「あっ(バールを発見)。アァッハッハッハッハハァ~~!(凶器を手にし興奮)」

 

 銃での処理は目立つと考えたのか、77は道端に落ちていたバールを拾い、隠れながら警備員を処理することにした。

 

 成人男性の背丈を優に超す生垣は、隠れ潜み、行動を切り離すにはもってこいの遮蔽物である。背中に背負った銃器の信頼からか、それとも警備員が巡回するエリアという安心感からか、全く警戒の色を見せぬ警備員の背後から77は襲いかかった。

 

「ヘヘッ(親爺式催眠術)」

 

 ゴン、という鈍い音と共に警備員の身体は崩れた。

 

「ぐったりだね(煽り)」

 

 そう言いながら77は、近くに置かれた木製のゴミ箱の中へ気絶した警備員を隠す。そして直ちに銃器を抜き取り、それを自ら使用することなく、つい先程、警備員を気絶せしめた場所へと放置した。

 

 一分もかからぬ間での出来事であった。この僅かな時間の中で彼は一人の人間を気絶させ、その証拠を隠蔽し、更なる処理への餌まで撒いて見せたのだ。

 

『素晴らしいわ、77』

 

 ダイアナは同じような賞賛の言葉を繰り返すことしか出来なかった。ターゲットを「パパ」と呼んで執着するサイコホモジジイと、今し方完璧な仕事をしてみせたプロが同一人物だとは、どうにも信じられなかった。

 

 二人目の警備員が、巡回のルートそのままに歩んでくる。それを77は草むらに隠れながら見つめつつ、今か今かと罠にかかるのを待っていた。そして警備員が落ちている銃器に気を取られている隙に、彼は飛び出した。

 

「(獲物が罠に)入った入った」

 

 警備員が銃器を手に取るために屈み、再び立ち上がったその瞬間。それは誰の目にも明らかな油断の瞬間であった。銃器が放置されているという異常事態に声も上げず、ただ不思議そうに拾い上げる無様。そこに77は襲いかかる。

 

「(催眠道具は)硬いよ?(親爺式催眠術)」

 

 グゥッ、と呻き声一つだけをあげて、二人目も気絶した。それを見て77は「(警備員のレベルが)ド素人」と嘲笑した。

 

『……時々、全盛期のキレを取り戻すのかしら?』

 

 呟くように発せられた「ド素人」の冷たさに、若干の恐怖を覚えながらダイアナは独りごちた。しかし、続けざまに発せられた「(催眠術にかかった性奴隷は)大事にしまっとくよ?」と言う言葉に、再び不安を抱いた。

 

「んぅ~~~んんぅ~~(お着替え中)」

 

 77は警備員の装備を手早く剥ぎ、直ぐさま着替えた。そのまま何食わぬ顔で警備員の中に紛れ込む。そして標的のクルーガーの護衛をする振りをして、都合の良い場所と瞬間を狙い定める。

 

「いつも一緒だもん(警護中)。ね?」

 

 発言に緊張感などまるで見られず、歩く姿も自然体そのものであった。クルーガーも後ろを歩く77に違和感を抱くことなく、自ら命を危険に晒す道を歩んでいく。

 

「この辺りね、この辺りアレだね(処分にもってこいのエリア)」

 

 クルーガーが立ち止まったのは、高い生垣に遮られた、警備員の巡回ルートからも外れた場所だった。彼はおもむろにスマホで電話を掛け、自ら話し始めた。

 

「(処分する)チャンス!(確信)」

「……ダリア? ヘルムートだ。いや、まだだ。いくつか出番が残っているらしい。ああ、すでに……」

「後ろから当たるよ(親爺式催眠術)」

 

 バールで頭を打ち付け、クルーガーは倒れた。完璧な仕事だった。

 

 ようやく77は目的を達成した。ここまで回りくどいことをしたのも、全ては敬愛するパパに近付くためである。早速衣服を着替え、意気揚々とパパの下に参上するつもりだったが、ふと、先程の電話の相手が気に掛かった。

 

 そう、先程クルーガーは「ダリア」と言った。即ちパパの正妻気取りの雌豚である。これは都合が良いと77は思った。今からこいつに宣戦布告をしてやろう!

 

『……ああ、ヘルムート。どうしたの? さっきは急に切って』

 

 電話口が繋がり、ふと77は思った。自分は玉藻だが、今は変装している。それにこの雌豚にわざわざ名乗ってやる義理もない。そこで違う名前を名乗ることにした。玉藻の前と同じFateのキャラクター、それは。

 

「ねぇ、余だよ(ローマ皇帝)。このまま天国に行きたい?(死刑宣告)」

『……あー……ヘルムート? 本当にどうしたの? 頭でも打った?』

「え?(難聴)」

『……さっきまでの話は覚えてる? 二階のボルテールスイート、オークション会場の隣で落ち合う約束だって……』

「え?(難聴)」

『その様子だと本当に深刻のようね……。自分の仕事は覚えてる? あなたにはランウェイを歩いてもらわなくては。仕事を終えたら来てちょうだい』

「声キモッ(暴言)。弾丸入っちゃうよ? いいの?」

『はあっ!? あなた何を……!』

「(この雌豚、人の話聞いてんのか?)キモッ(別れの挨拶)」

 

 何だか嫌になったので、77は一方的に話を打ち切り、電話を切った。

 

 しかし、雌豚とは話を付けなければならなかった。どちらがパパに相応しいか、きっちり教えなければならないと77は考えていた。その会合のため、仕方なくモデルの真似をすることにしたのである。

 

 本当は今すぐにでもパパの元へと赴きたかったが、渋々メイク室へと向かった。

 

『77、今すぐそこから離れて。いい? 貴方はヘルムート・クルーガーにはまったく似ていないの! 老人にありがちな皮膚の皺が寄った肝い顔をしているの!』

 

 道中、ダイアナが頻りに行動を変えようと意見したが、77は聞く耳持たずである。メイク室の椅子にどっかりと腰掛け、「余だよ(皇帝ナナちゃま)」と宣言する始末。年寄りの冷や水とはこの事か、と今日何回目になるか分からない後悔をダイアナがしている間にも、77の下へとスタッフが近付いてくる。

 

「ミスタ・クルー……ガー……?」

『ああ、もうダメ……』

 

 現れたメイクスタッフは、先程クルーガーのポスターの目の前で熱く語っていた男であった。彼は一目で目の前の人物が敬愛するクルーガーではないことを見抜いた。当たり前である。誰がランウェイを歩く西洋人モデルと77歳の東洋人のジジイを見間違うものか。

 

 しかし、目の前の老人は、確かにクルーガーの衣装を身に纏っていた。それが男を混乱させた。そして何よりも、老人は自信満々に腰掛けているのだ。まるで自分こそがヘルムート・クルーガーだと言わんばかりに。

 

 ――47の変装術とは、単に外見を真似るだけではない。それだけならば、同じ服を着た程度でどうして顔見知りまで誤魔化せようか。その深奥は、あくまで雰囲気作りにある。親しい知り合いでなければ見抜けないほどに、当人に擬態することが出来る。それこそが、47が伝説的暗殺者と呼ばれた由縁であった。

 

「余だよ?」

「あ、ああ……そう、ですか……」

『……嘘でしょう?』

「余だよ?」

 

 そしてその変装術を、年老いて曖昧になった77も無意識に行えていた。外見は絶対に違うと分かっているというのに、雰囲気が本人であると訴えかけているのだ。

 

 だから男は、納得することにした。これがヘルムート・クルーガーの正体なのだ。自分がギリシャの神の如くにと熱く語っていた男の正体は、皮膚がだるだるの東洋人のジジイだったのだ。あの美貌の全ては、メイクによって作られたものだったのだ。

 

「……お、お化粧タイム。座って、リラックスして下さい。すぐに終わります」

「え?(状況理解できず)」

 

 この時、一人の男の夢が崩れた。敬愛するクルーガーは痴呆老人だった。彼はメイクの最中叫び続けていた。

 

「ちょっと待っ……ちょっと待って」

「ぐちゅぐちゅに吸い付いちゃってる!(もち肌)」

「後ろからも感じる……!(ニュータイプ) 横からも!?(オールレンジ攻撃)」

「小洒落ちゃうどうしよう~~」

「パパ先イっていい? ねえ? イっていい? ねえ! ねえ! ねえ!」

 

 男はもう限界だった。肌の皺を誤魔化すため大量のファンデーションを重ねる度に、77の身体はびくびくと跳ねて奇怪な喘ぎ声とも取れぬ叫び声を上げる。早く終われ早く終われと半ば祈りながら手つきを早くし、終わったときには殆ど叫ぶような声で言った。

 

「完成! バッチリです、ミスター・クルーガー」

 

 ようやく完成したのは、まあ、遠目にはクルーガーとも呼べなくもない、何だか白い顔に黒い線が引いてある顔だった。鼻の高さは流石に誤魔化せず、顔の輪郭も誤魔化せていない。誤魔化しきれない77の顔だった。

 

 しかしそんな事は最早どうでも良かった。男は一刻も早く家に帰ってベッドに入り、今日会った出来事を全て忘れたかった。しかし追い打ちを掛けるように77は言った。

 

「ミルクいっぱい出たよ(事後報告)」

 

 この日の出来事は、その後の事件も合わせ、男の忘れられない思い出になった。

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