【小説版】77歳元暗殺者の親爺   作:生しょうゆ

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77 vs スパイ組織IAGO その4(完)

 77は上機嫌だった。パパが自分のサプライズで思いに応えてくれることを想像して、興奮が止まないでいる。まだサプライズに時間はある。その時間がどうにも待ち遠しかった。

 

「ヘヘッ(いたずら)」

『……? 何をしているのかしら、77』

 

 77が突飛な振る舞いをするのはもう慣れたものであったが、ノビコフからも遠く離れた化粧室の中で、東洋のバラエティーの動画を大音量で流すというのは、ダイアナにも意図がまるで読めない行動だった。

 

 当然、警備員の一人が怪しんで調べに来る。部屋の隅に隠れた77は、その背後へと飛びかかった。

 

「後ろだよ?」

『ちょっ……!? 何をしているの、77!』

 

 警備員の喉元をナイフで掻き切り、死体を放置したまま77は外へと飛び出した。

 

『77、止めなさい! ターゲットではない人間を……』

「パパのミルク(朝一絞りたて)」

『聞きなさいこのボケ老人!』

 

 ダイアナの制止の声もまるで届いていなかった。彼は続けざまに、重要スタッフが集まる一室へ赴き、目に付いたワイングラスへ密かに致死性の毒を盛った。

 

 それを手にし、口に含んだのは、不幸にもこのショーの根幹たるヘッドデザイナー、つい先程までノビコフと口論をしていたセバスチャン・サトウであった。

 

「パパのミルクどう? ん?」

「あ? クルーガー? なん、ん、ん!? ゴボッ……!」

 

 苛立った表情のサトウが、77に向け返答をしようとしたその瞬間、彼の足は震え、視界が揺らいだ。ワイングラスが落とされて、硝子の割れる甲高い音が響いた。

 

「サトウさん、ノビコフさん、大変です! 警備員が何者かに殺害され……っ!? さ、サトウさんっ!?」

「アァッハッハッハッハハァ~~!(親爺独特のツボ) ぐったりだね。パパ(今の)見た?(お笑い番組感覚)」

『セバスチャン・サトウまで……。ああ、もう、どうなってしまうのかしら……』

 

 場は騒然とした。先程までサトウを睨み付けていたノビコフさえ、突然の死に動揺し、顔を青ざめさせた。死んでしまえとは思っていたが、今死んで貰っては困るのだ。少なくともショーが終わるまで、彼には生きていて貰わなければならなかったというのに。

 

「だ、誰かっ、誰か医者を、警察をっ……!」

「いや警察はダメだ、止めろ! 医者だけ呼んでこい!」

「ノビコフさんしかし……! 警備員の死体まで……サトウさんも……!」

「ここには他の警備員もいる、そうだろう!? それに、これは、あれだ、事故だ! 奴はきっと、アレルギーか何かで、だからこれは一時的なショックに過ぎなくて……!」

「ダメです。息が止まっています。死んでます! ノビコフさん!」

「う、ぐう、ううう……!」

 

 ノビコフの額に脂汗が滲む。不測の事態、不測の事態だ。対策を取ろうとマーゴリスへ電話を掛けたが、通じない。「今すぐ彼女を呼んでこい!」そう罵声染みて叫んだ物の、焦燥はまるで晴れやしない。

 

「おい……あ? おい、あの、あいつはどこに行った? ボディーガードだ! 奴は何処をほっつき歩いている!」

「それが、先程から通信が途絶えていて……」

「何をやっているんだお前らは! 何のために雇っていると思っているんだ! ああ、クソ、クソ!」

 

 どうする、どうするとノビコフは内心で叫んでいた。ショーは成功させなければならない。そしてその裏にある闇オークションに関しても失敗は許されない。だというのに、何故ここまで不都合な事態が立て続けに起こる。何者かの介入を感じずにはいられなかった。

 

 しかしノビコフも、まさかその隣に佇むクルーガーが、それらを引き起こした暗殺者だとは夢にも思わなかっただろう。ましてや彼がクルーガーですらなく77歳のボケ老人暗殺者だとは、幾ら想像力豊かな者でも猜疑心に溢れた者でも、気付くはずがない。

 

「おい、なあ、クルーガー。君なら分かるだろう? 先程までマーゴリスと共にいたらしいじゃないか。君なら彼女の居場所が……あ? どこに行った?」

「クルーガーさんなら、先程何処かへと……」

「その何処かが何処だって言っているんだ! 今すぐ探し出してこい! ああ、この、クソ……」

 

 その頃、クルーガーこと77は、またしてもスタッフの一人を殺していた。

 

「これが良いよ……(愛の囁き)」

「ンぐっ……!?」

「ハァ~たまらんたまらん(感想)」

 

 ナイフで首を掻ききり、満足げに死体を眺める。彼は単純に、パパへのサプライズが始まる前までの暇つぶしとして連続殺人を行っていた。暇つぶしの犠牲者が多すぎる(戦慄)。

 

 

 

 ファッションショーは閉幕の時を迎えた。幾ら不測の事態が発生したからと言っても、これだけは無事に終わらせなければならなかった。ノビコフは思案する。本来ならば、この場に出てくるのはヘッドデザイナーであるサトウでなければならない。だが、彼は死んでしまった。故に自分が場を持たせて、ショーを終わらせなければならない。

 

「おい……」彼は密かにメイクスタッフへと囁いた。「サトウと顔つきが似た奴は居るか? そいつにメイクをさせて、代役としてステージに上げさせるんだ。なに、ちょっと頭を出すだけで良い。後は私が……」

「それがノビコフさん……」若いメイクスタッフは困り切った顔で呟いた。「そんなメイクが出来るような人間は、ここには居ません。遠目にも、本人に見えるようなメイクなんて、チーフスタッフのあの人しか……」

「じゃあそのチーフスタッフを呼んでくれば良いだろう!」

「それが、彼はつい先程、『夢が崩れた』と言って、家に帰ってしまい……」

「……クソったれ!」

 

 歯車が、合わない。まるで先手先手を読まれているかのように、ノビコフにとって不都合な事態ばかりが起こっている。『どうする?』ノビコフは脂汗を絶えず拭き取りながら考えた。『どうする!?』しかし幾ら考え倦ねても解決策は浮かんでこない。こういう時、必ず彼の導き手となっていたマーゴリスとも連絡が付かないでいる。彼一人では、この場を凌ぐことさえ出来ない。

 

 結局の所、スパイ組織「IAGO」の頭脳として、実質的に率いていたのはノビコフではなくマーゴリスの方だったのだ。寧ろ彼は勝手な振る舞いから、恋人であるマーゴリスにさえ愛想を尽かされ始めていた。

 

 彼にはオークションを小休止させることも、無期延期させることも出来ない。そんな権限は彼にはないのだ。そして、何一つとして解決策を思いつかないまま、彼は煌びやかなキャットウォークへと進み出た。

 

 拍手の嵐がノビコフを歓迎する。それに向け、焦燥と不安を押し殺し、彼は気丈に胸を張った。

 

「サンキュー! サンキュー! 素晴らしかったではありませんか! セバスチャン・サトウに拍手を!」

「パパァ~! (カッコ)イイ! イイ! イイー!(大興奮)」

 

 ふと、奇怪な声が聞こえ、ノビコフは視線をそちらに向けた。見れば、あれ程探しても見つからなかったクルーガーが、呑気に観客として拍手をしている。今すぐ引っ張り出して事の仔細を聞きたかったが、それをぐっと堪え、ノビコフは演説を続けた。

 

「ええ、わかっています。私ではなく、セバスチャンを出せと思ってるのでしょう? まったくそのとおりです」

 

 軽快な文句に観衆からは笑いが溢れる。しかしノビコフ本人は笑っている場合ではなかった。そのセバスチャン・サトウは、既にこの世にはいないのだから。

 

「今夜は彼にとっての晴れ舞台、ここに立つべきは彼であり、皆さんの愛を全身で受けるのも……」

 

 ノビコフは、頭を真っ白にしながらも、何とか大演説を続けていった。サトウが既にこの世に居ないことを良いことに、「企業家とアーティストは対等な立場」「この個人崇拝的な考え方を終わらせなければ」などと言った本音が次々と溢れ出てきた。

 

「……捧げます! ありがとう! ありがとう! パーティーもお楽しみください! 皆さん、本当にありがとうございました!」

「パパァ~(大興奮)」

 

 演説の終わりと共に、万雷の拍手がノビコフに浴びせられる。しかしその中に、またしても奇怪な声が存在していた。クルーガーだ。彼は高速で屈伸をしながら、ノビコフへ向けて頻りに「パパ」「パパ」と言っている。その姿には、見覚えがあった。

 

『あれは、ショーが始まる前に居た瘋癲老人と同じ……?』

 

 その時、ノビコフの瞳は極々小さな事に気が付いた。クルーガーの顔面に、ほんの僅かな違和感を覚えた。まさかとは思ったが、しかし見れば見るほどその違和感は高まり、遂には、彼がクルーガーとは全く似ていない別人であるという事に気が付いた。

 

 途端にノビコフの脳裏に閃光が閃いた。全く似ていないというのに、本物のクルーガーの衣装を纏った老人。先程から連絡が取れないで居るマーゴリス。建物内で殺害された幾人もの人々。

 

「まさか」ノビコフは咄嗟に叫んだ。「おい、あいつを……!」

「(お祝いの花火)イっちゃうわよ?」

 

 77はスイッチを押した。それは、照明を吊り下げるウインチに仕掛けられた爆弾の起動スイッチだった。

 

 爆発音が鳴って、柱状の照明器具が降ってきた。それは鉄骨にも似てノビコフの身体を押し潰し、火花を散らせながら、死に至らしめた。

 

 混乱と悲鳴が、一瞬で場内に充満する。キャットウォーク近くに居た人々も被害に遭い、血と煙の匂いが鼻を突く。割れて飛び散ったガラス片が幾多もの人々の肌を切り裂き、混乱はパニックへと急激に変化していった。

 

『何とか……二人とも始末できたわね。さあ、出口に向かって』

 

 ダイアナの声に、77は応えなかった。彼は目の前で起こった出来事を、現実として受け止められないでいた。

 

「え?(放心)」

 

 77にとって、これはサプライズの筈だった。何がどうしてそんな事になったのかは分からないが、爆弾を起爆させることを花火かなんかだと思い込んでいた。

 

「パ……パパ? だ……大丈夫?」

 

 自らが引き起こした惨状の中心、ノビコフの死体が埋まる残骸の中へと語りかけるも、返事は当然返ってこない。お前がやったんだろ、とダイアナは言いたかったが、77はそれどころではなかった。

 

「うわぁぁぁウワァァァァァァァ~~~~! ねえ! ねえ! ねえ! ねえ! ねえ! ねえ!E! E! とってもE! 恋わずらいなるよぉ! パパァ~!(集団パニック)」

『77!? 脱出を……』

 

 77の錯乱ぶりは並大抵の物ではなかった。思慕するパパが目の前で「事故死」して、パニックに陥ってしまったのである。彼はクルーガーの変装をしたまま、逃げ出す観客を押しのけて我先に会場から逃げ出し、クルーガーの顔をしたまま帰路に就いたのだった。

 

 しかし、結果だけ見れば、77は見事にターゲット両名を排除することに成功し、誰にも自らの正体を気取られることなく、完璧に仕事をこなして見せた。経過を考慮せず、結果だけに注視すれば、77の復帰後初依頼は大成功を収めたのである。

 

『えぇ……(困惑)』

 

 

 

 後日、サンギーヌによるファッションショーでの一件は、今世紀最大の事件として紙面を賑わせていた。ヴィクター・ノビコフの死亡事故が、鑑識により意図的に引き起こされた物だったと判明し、一時はテロリストか、或いは彼が関わっているという裏社会に関する報復なのか、とも取り沙汰されたが、屋敷が調べられるにつれ、更なる重大な事件が発覚した。

 

 ノビコフの恋人、ダリア・マーゴリスもまた、何者かに首を掻ききられて殺害されていたのである。ばかりか、ヘッドデザイナーのセバスチャン・サトウに、ノビコフのボディーガード一名、警備員一名、会場スタッフ一名までもが、それぞれ何者かの手によって殺害されていたのだ。

 

 加えて捜査の途中、重大な犯人候補として上がってきたヘルムート・クルーガーが、気絶した状態で庭中のゴミ箱から発見されたのも混乱をもたらした。彼は容疑を否認しているものの、関係者からは幾多もの証言が上がってきており、早くも迷宮入りかと紙面をざわつかせた。

 

 しかし、会場内に居た、老いた奇怪な東洋人を覚えているものは少なかった。

 

 

 

「本当よ! あの老人にメイクを施して、それでヘルムート・クルーガーそっくりにしたの! だからみんなが見ていたのはあの老人で、クルーガーじゃなくて、だからあの事件の犯人は……!」

「またその話? はいはい、真犯人は別にいたんでしょ? クルーガーの犯行を信じたくないからって、妄想に飛びつくのはどうかと思うわよ」

「本当なんだって! どうして信じてくれないの……!」

 

 メイクチーフである男は、今日も真剣な言葉を袖にされ、俯きながらセーヌ川沿いを歩いていた。無断で帰宅したその翌日、電話がけたたましく鳴っていたのでこりゃあ怒られると出てみたものの、耳に入ってきたのは、ノビコフとマーゴリスが殺害されたというニュースだった。

 

 それから彼も重要参考人として呼ばれ、何故途中で帰宅したのかと厳しく問い詰められたものの、結果として疑いは晴れた。どうにも警察は、ヘルムート・クルーガーを犯人と決めつけているようだった。

 

「だけど本当は、あの老人が……」

 

 彼の脳裏にあるのは、思い出したくもない数日前の出来事。監視カメラの記録が不自然にも消えていたため、誰にも信じられることのなかったあの出来事。ぐちゃぐちゃと頭の中がこんがらがって、嫌になって懐から煙草を取り出す。

 

 と、その時に、近くに止められていたトラックから伸びる配線に気付かずに、足を取られて転びそうになった。

 

「大丈夫?」

「おっ……と! あ、これはどうも。おじいさん。……なに? このトラック、故障しているの? 修理の人、どこに行ったのかしら」

 

 彼の手を取ってくれたのは、東洋人の老人であった。禿げ上がったごま塩頭に、黒縁の眼鏡を掛けている。口元はだらしなく開けられており、傍目にもボケかけていると分かるが、しかし男の手を取った際の体幹の強さはかなりのものであった。

 

「この辺りね、この辺りアレだね」

「え? はあ」

 

 じろじろと自分と周囲を見つめ、中々離れていかない老人を不思議に思いながら、一応は恩人であるため、何も言わず背を向けて煙草を吹かす。セーヌ川は広々と流れているが、その水面は深く濁っている。『落ちたら中々発見されないだろうな』とふと思い、そんな物騒な考えが出てくることに苦笑した。

 

「ヘヘッ」

「え?」

 

 気付かないうちに、後ろを取られていた。声を上げようとして、もう遅かった。喉元にはナイフがずぶずぶと入り込んで、鮮血が溢れ出る。

 

「イっちゃうわよ?」

「コ゜ッ……!?」

 

 男は死亡した。

 

 

 

『非ターゲットダウン。……でも、これでターゲットに近付きやすくなるわ。考えたわね、77。……だけど、わざわざこの男を選ばなくても良かったんじゃない? あなた、メイクなんて出来るの?』

「パパぁ^~!」

『はあ……。はいはい、またパパね。愛しのパパに会いに行きましょうね』

「イっちゃうわよ?」

『はいはい』

 

 セーヌ川に沈んでいく男の死体を見つめながら、77は笑った。そして呟いた。

 

「今日は会えて良かったよ^~……『パパ』!」

 

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