「楽しそう……」
麦わらの一味の宴だ。
人数は少ないが、それでも騒がしくにぎやかだ。
「おう、白髪のおっさん」
「ルシフだ」
「白髪のおっさん」
ルフィはルシフ中将のことを白髪のおっさんと呼ぶ。
確かに白髪だが、年齢的には20代後半だろうルシフ中将。
何だか怒っているような気もする。
「船を守ってくれたんだって? ありがとうな」
「借りがあるからだ」
「ん、そうか」
短い会話だった。
そもそもあまり話さないルシフ中将。
その割には話している方なのかもしれない。
「ところで白髪のおっさん。仲間にならねぇか?」
「駄目だ」
「駄目かー」
「俺にも正義がある」
そういえば。
私もルシフ中将の正義について知らない。
本当に喋らないのだ。
誰か聞いたことがあるのだろうか。
「俺の掲げる正義は、弱者のための正義だ」
「―――――」
それは、間違いなく私たちを守るということを指していて。
それ以外のたくさんの誰かを守る正義なのだった。
ガン・フォールの看病とともに、船を守るための要員として私たちが残ることになった。
他のメンバーはサンジ、ウソップ、ナミである。
流石に私たちだけに任せるほど信頼されていない。
そもそもが海軍なのだから当然なのだけど。
「……で、どうしてあんな不愛想な男について回ってるの?」
「む」
暫くして、ナミが声をかけてきた。
何とも不躾なことだ。
それに失礼だ。
「ルシフ中将は別に」
「不愛想でしょ。しかも不器用」
「……」
何も言えなくなった。
ぐうの音も出ない。
「なんとなくわかるのよ。私も似たような人を知ってるから」
「そう……」
誰だろう。
そう思っている間に距離を詰めてくるナミ。
なんというか圧迫感がある。
胸か。
おっぱいなのか。
「……なーんか邪なこと考えてた?」
「いいえ」
「まあいいけど」
気付かれたかと思った。
驚いた。
これが女の勘という奴なのかもしれない。
まあ、私も女なのだけど。
「……中将は、私の命の恩人です」
仕方なく、私は話し始める。
殆ど誰にも話したことのないことだ。
「よくある話です。海賊に滅ぼされそうだった私の町を救ってくれた英雄。それがルシフ中将でした」
「ふぅん……」
実際のところ、生き残ったのは私を含めて数人。
あとは間に合わなかった、とルシフ中将は言っていた。
済まない、とも言っていた。
しかし、私はそんなことどうでもよかった。
親に捨てられ、浮浪者と一緒になって生きていた私にとって。
その背中はとても大きく、素晴らしい物だった。
死にかけた私を救い上げ、助けてくれたその背中、腕、心。
その全てに、私は私の全てを捧げると誓ったのだ。
「―――――簡単な話です。私はあの人に全て救ってもらえたのです」
「そう……」
きっと私は笑顔だっただろう。
それだけ、あの人は私の全てで、理想で、尊敬する人。
「じゃああの人が好きなのね?」
「……?」
そして、その次に聞いたセリフに、私は硬直した。
好き?
私が?
ルシフ中将を?
いやいや。
まさかそんな。
いや待って欲しい。
そうだと言えるだろうか。
まさかそんな。
だってあの人は私の恩人で。
誰よりも尊敬する人で。
誰よりも頼りになる人で。
誰よりも大切な人だ。
……。
……………。
「……はい」
ぐうの音も出なかった。
「俺は神について考えたことがある」
ゴッドエネルが現れて、サンジとウソップを焼いたところで、ルシフ中将は語り始めた。
喋れば殺すと言ったゴッドエネルも、その言葉を遮ることなく聞いていた。
神という言葉に反応したのかもしれない。
「強い、そして傲慢だ」
「世界に弱者と強者をばら撒き、それを野放しにしている」
「だが考えてみた」
「俺が神になれば、弱者を救えるのではないかと」
それは。
確かにその通りかもしれない。
しかし、その考えも傲慢そのものだ。
まさか、自分が神になるだなんて。
そんなこと、誰が許すというのか。
いやまあ、目の前に神を名乗る人間はいるのだが。
「神には天使という、羽の生えた眷属がいるという」
「聞けば6枚の羽を持っているらしい」
「ならばだ」
ルシフ中将は自然体だ。
それでいて、存在感が溢れているように感じられた。
何かするんだろうか。
何をするんだろうか。
もしかして、変なことをするんじゃないか。
ちょっと不安だった。
「神はその2倍くらい羽を生やしていてもおかしくはない」
……???
何を言っているんだろうか。
そう思ったのもつかの間。
ルシフ中将の背中から何かが生えてきた。
それは羽だった、
漆黒のそれが、何枚も何枚も。
いや、合計で12枚の羽が生えてきた。
……有言実行。
しかし、まさかそんなことがあるだろうか。
ツヨツヨの実のツヨツヨ人間。
人間の枠を超えて、天使、そして神へと至るのだろうか。
いやまあ、私にとっては神に等しい存在ではあるのだけど。
「ヤハハ、大きく出たな! この神を目の前に、神を名乗るとは!」
危害を加える気はないと言っていたゴッドエネルだが、ここにきて戦闘体勢をとった。
戦うのだ。
ルシフ中将と。
「俺は弱者を救う神になる。よって貴様は邪魔だ」
サーベルを握り締めるルシフ中将。
ああ、あれは本気だ。
本気で神になると言っているのだ。
頭が痛い。
この世界において、神とは天竜人を指す言葉でもある。
そんな世界で、神を名乗るということは。
世界に弓引くのと同じではないか。
「神を名乗る愚者よ。この神が断罪してくれる」
「傲慢なる神よ。この俺が粛清してやる」
今、神を名乗る2人が、激突する。
空中戦。
そして、それはまさに神の戦いに等しかった。
放たれる雷撃。
薙ぎ払われる斬撃。
そして砕け散る大地。
「なんという、戦い……!」
「……」
確かに、凄い戦いだ。
しかも拮抗している。
いつまでも戦闘は続きそうだ。
放たれる雷撃はサーベルに斬り裂かれ。
薙ぎ払われる斬撃は雷電の身体を傷つけることはない。
そして、力が放たれるたびに大地は荒れ狂うのだ。
「こ、れは……!」
「……」
まずい。
ルシフ中将が負けるとは思っていない。
思っていないが、それよりもこちらがまずい。
地面が完全に崩壊することはないだろう。
だが、その中を伝う雲はどうだろう。
千切れ、弾け、飛び散る。
私たちの進む先がなくなっていくのだ。
だが、あの戦いに割り込むだけの力はない。
というかなんだあのバカみたいな理論は。
そしてそれを成してしまうバカみたいな悪魔の実の力は。
「1憶ボルト……放電!!!」
「無の境地に打ち震えるがいい……!!!」
放たれる電流と、それを迎え撃つ謎の閃光と爆発。
何でもありか。
更に頭が痛くなる。
ルシフ中将が遠くなっていく。
……私も強くならなければ。
「決心固めてるのは良いんだけど! この状況を何とかしないと私たちが死んじゃうわよ!」
「あ」
その通りだった。
とにかく、この状況を何とかしなければならない。
「これ以上はヤバいですよ!」
ルシフ中将とゴッドエネルが一瞬離れたところで、私は叫ぶ。
実際ヤバい。
この状況、少なくとも私が死ぬ。
それは困るのだった。
そう言うと、ルシフ中将は動きを止めた。
どうやら私の声が聞こえたらしい。
それと同時に、ゴッドエネルも大きく距離をとった。
何かするつもりだろうか。
「ヤハハ。何もするつもりはない。なにせ私は帰るのだから」
そういえば思考が読めるのだった。
さっきの思考も読まれていたのだろうか。
恥ずかしい。
「決着は?」
「ヤハハ、後でつける」
そう言うと、電流になって空へと飛んで行くゴッドエネル。
脅威が去った。
助かったと言っていいだろう。
「ふむ……何かあるな」
ルシフ中将が考えている。
確か、巨大な船を作っていたはずだ。
それを使って色々とできるようになるとかならないとか。
その辺りはよく覚えていないが。
それはともかく。
そろそろ降りてきてほしい。
首が痛い。
「あれは強いな」
「はい」
「だが俺の方が強い」
「……多分?」
「言い淀むな」
小突かれる。
ちょっとしたジョークという奴である。
ルシフ中将が負けるとは思っていない。
……引き分けかな、とは思ってはいるが。
相手は雷だ。
自然現象であり、災害だ。
それを人間がどうにかするのは難しいのではないかというのが私の考えだ。
いやまあ、ゴム人間が特攻という点ではよくわからなくなってきてしまうが。
それはともかく。
人間が雷を相手取ることは難しい。
覇気を身に着けていなければ攻撃も通らないだろう。
……その点で言えば、ルシフ中将は戦えるだけの前提条件をクリアしている。
その上あの謎の神様フォームである。
もしかしたらもしかするかもしれない。
しかし、心配事もある。
あの形態が、ルシフ中将にどのような影響をもたらすのかわかっていないのだ。
もし副作用があり、身体に変調をきたすようであれば使用を控えてもらわなくてはならないだろう。
素直に聞いてくれるかは分からないけれど。
「心配するな。何も問題はない」
「本当ですか?」
「ああ、糖分補給がしたい程度だ」
なら安心である。
懐からブランドチョコを取り出して食べ始めるルシフ中将を見ながら、私は思考に没頭する。
この状況で、私たちはこの島を脱出してしまっていいのだろうか、ということである。
「……このまま進みましょう」
悩んだ結果、私はこの聖域を出ることにした。
嫌な予感が付きまとうのだ。
もしルシフ中将に何かあったら、という思考が巡って仕方がないのである。
これまで対等に戦える相手が出てこなかったからその点は安心していたが
、今はゴッドエネルがいる。
何かの拍子に悪い方向へと転がってしまうかもしれない。
「安心しろ」
「……?」
ポン、と頭に手が乗せられた。
よく分からなかったが、その手は優しかった。
「お前は俺が守る」
「―――――」
そして、ルシフ中将は欲しい言葉を口にしてくれる。
ああ、それだけで私は頑張れる。
例え誰かに蔑まれようと。
例え全てを敵に回そうとも。
私はルシフ中将を守るだけだ。
……問題は、そのルシフ中将がとても遠くまで行ってしまったことなのだが。
暗雲が立ち込め、空島が雷に殺されようとしていた。
しかし、この状況になってもルシフ中将は動かなかった。
……いや、動けなかったのだ。
そうだ。
あんな無茶をしたのだ。
普通、動くことなどできないはずだ。
「問題ない」
「動けてないじゃないですか」
膝をついたまま、ルシフ中将は動けない。
やはりあの時のセリフは嘘だったのだ。
予感は的中したのである。
「休んでいてください」
「しかしだ」
「休みましょう」
無理矢理ベッドに押し込み、私は小さな船を出した。
避難誘導の手伝いをするのだ。
それくらいなら、私にもできる。
雷電が空島を破壊していく。
とても強い力だ。
そんな力に、ルシフ中将は真っ向から立ち向かったのだ。
尊敬するが、それでも無茶はやめて欲しい。
いや本当に。
空島での戦いに決着がついた。
ゴッドエネルはルフィによって撃破された。
大地は全てを受け入れ、平和への一歩を踏み出した。
そう、宴の時間だ。
「……ああ、こんな光景が来ることを待っていた」
ガン・フォールが目を涙で滲ませながら言う。
人々が手を取り合って宴を楽しんでいる。
そこに、敵も味方もないのだ。
ルシフ中将は宴の中央から外れた、隅の方でお酒を飲んでいた。
珍しい。
ルシフ中将はお酒を飲まないと思っていなのに。
「飲めないわけではない。機会がなかっただけだ」
「そうですか」
歩み寄り、飲んでいるお酒を見る。
白い。
そして甘い香りがする。
ああ、これ知ってる。
カルーアミルクだ。
何か安心した。
「度数が高い。お前は飲むな」
「む」
そう言って私からカルーアミルクを遠ざけるルシフ中将。
ちょっとむっとしたので、無理矢理それを奪って全部飲み干してやった。
甘い。
それでいて体が熱くなった。
というか
あたまが
くらくらして
……………
……
「目が覚めたか」
「あ、れ?」
気付けばベッドで眠っていた私は、ルシフ中将に看病されていた。
役得ではあるが、その前の記憶がない。
何かあったのだろうか。
「何もない」
「そうですか」
何もなかったらしい。
それはよかった。
空での一件。
私はほとんど何もすることはなかった。
しかし、それでも力不足は実感した。
今のところ、私の能力はズタズタの実による引き裂き攻撃のみだ。
どうやってその力をうまく引き出せばいいのか。
それすらよく分かっていない状態だ。
何か糸口があれば。
それでなくても、何かルシフ中将の手足として戦えるだけの強さが必要だ。
何か。
いや、何もかもが足りないのだ。
どうにかしなければ。
「……おい」
「え?」
考え込んでいると、不意に頭の上に手が乗せられた。
ルシフ中将の手だ。
温かい。
「そんなに悩むなら、私の師匠を紹介しよう」
「師匠……?」
ルシフ中将の師匠。
そんな人間がいたのか。
こんなぶっ飛んだ……もとい、強い人の師匠。
それこそルシフ中将よりも強いのかもしれない。
そんな人に見てもらえる。
これは絶好の機会かもしれない。
「乗組員たちも一緒に見てもらうか……」
……なんか、嫌な予感がしてきた。