「……」
私たちは今、海軍本部にいる。
私たちは今、大将3人の前にいる。
「中将……いや、ルシフ・アーフェル中将」
大将サカズキが言う。
凄い威圧感だ。
怖い。
勝てないことが分かる。
「おいおいサカズキ。怯えてるじゃないの」
そう言って飄々としている大将ボルサリーノ。
だがその目は緩んでいない。
力を込めて、ルシフ中将を見ていた。
「穏やかじゃないねぇ……」
威圧を唯一してこない大将クザンも、決してルシフ中将から目を離さなかった。
ドクンと心臓が鳴る。
ルシフ中将に何か問題があったのか。
いや、もしかしたらドラゴンとの接点がばれたのか。
まさかまさかまさか。
そんな思いが暴走しかける。
しかし、そっとルシフ中将は私の口の中にチョコレートを放り込んだ。
甘い甘いそれが、私の思考を明るくする。
「すみません、混乱、してました」
「気にするな」
「ルシフ中将を……大将に推薦する!?」
「そうじゃ」
社交辞令が終わり、放たれた言葉に私は驚愕した。
何故そうなるのか、全くわからなかったからだ。
確かに、ルシフ中将は強い。
そして誰の後ろ盾もない。
傀儡の将にするならもってこいかもしれない人物だ。
しかし、ルシフ中将には夢も希望もある。
傀儡のまま終わらない。
私たちが終わらせない。
そのために、ありとあらゆる情報を誤魔化し、演じてきたのだ。
クソ雑魚中将と呼ばれるまでになったのは、想定外ではあったが。
だがそれでも、ルシフ中将が危険から遠ざけることができるならと許容した。
そしてルシフ中将も、その蔑称を甘んじて受け入れてくれていた。
しかし、今はそれができないだろう。
ルシフ中将にはもう神になるという夢ができた。
その夢の為に邁進するのだ。
いや、させてみせる。
そのための私たちだ。
しかし、いきなり大将だ。
どういうことだろう。
理解できない。
ちらりとルシフ中将を見てみたが、心当たりはなさそうだ。
多分脳内に?マークが並んでる。
一瞬笑ってしまいそうになったが、我慢である。
「ンーどうしたのぉ? 折角の昇進じゃなぁい。喜んだら?」
形だけの笑顔で言う大将ボルサリーノ。
ルシフ中将に狙いが向いている間に考えろ。
何が狙いだ。
何が目的だ。
何のために。
どうして。
だが駄目だ。
情報が少なすぎる。
これではルシフ中将の身に危険が迫るかもしれない。
―――――だが。
「断る」
それは短い一言だった。
しかし、力強い一言だった。
断ると。
ルシフ中将はそう言った。
その台詞に安堵したのは事実。
しかし何故だろう。
どうしてその結論に至ったのだろう。
私たちはルシフ中将に徹底して天竜人についての情報を与えなかった。
それは、ルシフ中将に海軍でいて欲しかったからだ。
追われる身になって欲しくなかったからだ。
そう、ただの我儘だ。
何故なら、ルシフ中将がそのことを知れば激昂する可能性があるからだ。
ルシフ中将は饒舌ではないが、性格に趣味に寝る時間にお風呂に入る時間に最初に身体を洗う場所からお気に入りのパジャマから朝のモーニングティーの味から朝食の献立から昼食の献立から夕食の献立から生まれた街から住んでいた町から海軍になった町から布団の重さから夜時々であるが夜更かししてしまうことから、多少のことは知っている。
だからこそ、ルシフ中将に天竜人の情報を教えなかったのだ。
だが。
もしかしたら。
ドラゴンが教えたのかもしれない。
世界政府に喧嘩を売る彼らだ。
ルシフ中将を戦力として欲したために、天竜人の情報を与えたのかもしれない。
余計なことを。
だが今はそれが功を奏したとも言える。
海軍大将になれば、必然的に天竜人との接触が増える。
そしてブチギレタイミングが訪れるだろう。
そうなってしまえばおしまいだ。
だからこそ、ルシフ中将には中将のままでいて欲しかったのだ。
「断るじゃと……? どういう了見じゃあ!」
びりびりと部屋が揺れているようだ。
ただ凄んだだけだ。
覇気も使っていないだろう。
何というプレッシャーだ。
大将サカズキは何故そこまで怒る?
何かがおかしいと感じていた。
「俺は……偉くなりたいわけではない」
それだけ言って、ルシフ中将は部屋を出ようとする。
大丈夫なのだろうか。
平気なのだろうか。
殺されたりしないだろうか。
……いや、それはないか。
3人とも、正義を掲げてこの場にいる。
着ているコートがその証明だ。
だからこそ殺せない。
殺してしまえば正義がない。
ルシフ中将は悪人ではないからだ。
多分。
私も即座にルシフ中将に追いつく。
ルシフ中将の顔は見えない。
だが、何か考えている様子だった。
しかし。
そう考えたのもつかの間、ふと足が動かなくなった。
プレッシャーから解放されたからか、今になって恐怖が蘇ったのかもしれない。
涙が出る。
身体が震える。
歯が鳴る。
そして、ポンと頭に手が乗せられる。
現金なことに、それだけで私の感情は和らいでしまう。
私のことを分かってくれているのだ。
嬉しい。
今度は嬉しくて涙が出る。
暫くの間、コツコツという靴音と、私のすすり泣く声だけが廊下に響いていた。
暫く大将たちの動きを警戒していたが、それ以降ルシフ中将に干渉してくることはなかった。
なんだったのだろうか。
悪夢か、それとも何かの前兆だったのか。
わからない。
わからないが、今はそれどころではない。
バスターコールが発動するのだ。
そのために、司法の島を取り囲み、待機していた。
「どうしてこのようなことに……?」
分からない振りをする。
全てを知っていると思われるのは困る。
頼られるのはとても嬉しい。
嬉しいが、誰かに頼りきりになるルシフ中将を見たくないのだった。
ただの我儘である。
「だが、何かを感じる……」
ルシフ中将がそう漏らす。
何を感じるのか。
この世界の悪意か、それとも他の何かだろうか。
―――――そして始まった。
バスターコールが。
幸か不幸か、私たちは正面を担当していた。
麦わらの一味を直接見ることはない。
しかしだ。
やはり誰かが死ぬかもしれないというのは心が苦しくなる。
仕方ないのかもしれない。
だけど、そう思いたくない思いがある。
―――――そして、ルシフ中将は誰も殺さないのだ。
もしかしたら私の為かもしれない、などと変な気になったこともあるが、きっとそうじゃないのだ。
何か理由があってそうなのだろう。
私にだってルシフ中将のことで知らないこともあるのである。
―――――そしてバスターコールも終わる。
島は破壊しつくされたが、海賊たちは逃げ延びた。
失態。
失態にもほどがある。
上層部は麦わらの一味を追いかけろと言う。
私たちも追いかけようとするが、海流に乗れない私たちではどうしようもない。
時間がかかるのだ。
そして、麦わらの一味を最初に見つける船はガープ中将の船だ。
野生の勘か、それとも何かを掴んでいたのか。
よく分からないが、どうでもいい話だ。
……そう思っていたのだが。
ウォーターセブンに一番最初に到達したのは、私たちの船だった。
まさか、ガープ中将が来るのが遅れているのだろうか。
それとも私たちが早すぎただけか。
さあどうする。
私はどうしたらいい。
ルシフ中将の為に命を捧げると決めたのに、麦わらの一味に加担しようとしている。
何故だろうか。
借りがあるからか。
それとも麦わらのルフィのカリスマ性か。
「行くぞ」
「はい!」
まあいい。
ぶつかってみて決めよう。
「海軍!」
「もう見つかったのか!」
「ルフィは!?」
「まだ起きてねぇ!」
反応が早い。
麦わらのルフィを守る陣形をとっている。
しかし。
麦わらのルフィがまだ起きていないということは。
私たちが早かったということになる。
どうする?
会話をして時間を稼ぐか?
それとも私が戦う?
「まあ待て」
「!」
色々考えている間に、ルシフ中将が出てきてしまった。
仕方がない。
ルシフ中将が戦えというのなら戦うしかない。
「俺はお前たちに借りがある」
「……」
次の言葉を待つ。
ルシフ中将のことだ。
なんか変な思考が飛び出す可能性もある。
「だから俺が相手をする」
……いやそれは困る。
ルシフ中将が負けるとは思えない。
最初に出会った頃から麦わらの一味は強くなった。
しかし、ルシフ中将はあれから更に強くなったのだ。
となると……仕方ない。
ここで終わりだ麦わらの一味。
「まずは貴様だ―――――
放たれる一刀。
ルシフ中将が持っていた黒いサーベルが、超高速で振り下ろされた。
爆発。
大地が割れた。
そういえばルシフ中将はあのサーベルに触れていなかった気もする。
……まさか。
ルシフ中将はサーベルに触れずにあの一撃を放ったということなのだろうか。
……何だか私が思っていたよりも、ルシフ中将は強くなっているのかもしれない。
「速い!」
麦わらの一味は散開して回避していた。
あれを見切ったのだ。
やはり麦わらの一味も強い。
私ではあの一撃をいなすことなどできない。
「二刀流……!」
「だがまだだな」
ルシフ中将は突っ込んできたロロノア・ゾロを掴んで投げる。
近くの盛り上がった小山に直撃して止まったようだが、あれは暫く起き上がれないだろう。
多分。
「ゴムゴムのぉ……!」
「遅い」
だぁん、という音とともに麦わらのルフィが地面に埋まる。
首だけ。
動けなくするというだけなら十分だろう。
それと同時に、麦わらのルフィの胴体を踏みつける。
これで動きを封じた。
クルーも動けなくなった。
船長を封じられればそうなるだろう。
……ん?
麦わらのルフィが起きているということは。
もしかしてガープ中将は既に到着しているのではないだろうか。
そしてこの状況である。
もしガープ中将に見られているとしたらどうなるだろうか。
「お前……わしの孫に何してるんじゃあー!!!!」
まあ、こうなりますね。
ガープ中将に拳骨を喰らったルシフ中将は、仕方なく麦わらの一味から手を引くことになった。
その前に1日だけ滞在することになったので、少しだけ話をすることにした。
命を救われたのだと私が口にしたら、ガープ中将も了承してくれた。
「先程は失礼しました。一応こちらも海軍なので」
「ん、いいよ」
謝罪は軽い言葉で受け入れられた。
一度身内判定した相手に甘すぎるのではないだろうか。
いやまあそこがいい所なのかもしれないが。
「ふむ、万全ではなかったか。それは悪かったな」
「言い訳にはならねぇかもしれないがな」
「全力を出せる時を待つ」
ルシフ中将は何だか宣戦布告しているようだ。
まあ、いつか全力で戦うことにはなるだろう。
それは暫く後になりそうだが。
「そういえば……あんた、あの人と進展したの?」
「え?」
「え?」
暫く経って。
ルシフ中将が船に戻っている間にナミが聞いてきた。
そういえば、ナミにはバレていたのだった。
進展……進展か。
欠片も進展していない。
「まさか……」
「はい」
正直に話すと、ため息をつかれた。
仕方ないでしょう。
1か月くらい会えなかったのだ。
進展のしようがない。
それに、この関係が崩れてしまうのが怖いのだ。
一緒にいることができるだけで、私は嬉しいのである。
それが出来なくなってしまうの、とても恐ろしいことだ。
「後悔がないようにした方がいいわよ。色々とね」
「経験則ですか」
「そうね」
笑いながら言うナミに頷く私。
後悔か。
そうならないように頑張る必要がありそうだ。
ルシフ中将がこれから先、神として歩んでいくのであれば。
それを支えるために私も強くならなければならない。
何度も何度も繰り返す。
私は、強くならなければならない。