夏の頭痛に一番効く薬   作:キョクアジサシ

1 / 2
第1話

「ごめん、プロデューサー。クラっとした、少し」

 

 地上波のトークバラエティー番組収録を終え、社有車を運転していた俺へ、不意に透が言った。

 すっかり夜の帳は降り、星々が瞬き始める時刻で、道もそれほど混雑していない。

 一旦、社有車を路肩へ寄せて停車し、振り向いて見た透の顔はやや青ざめていて、俺は驚いてしまう。

 

「ど、どうした? 体調、悪いのか?」

 

 透は一度、手で後頭部を撫でた後、制服の首の根元付近を押さえながら、目を伏せた。

 

「ちょっと、頭痛。家まで大丈夫だと思ったんだけど……」

 

 そう答え、透はやや苦し気に眉根をしかめる。

 頭を数回振ったり、額に手を当てたりしている様子から、「ちょっと」の痛みではないことが伺えてしまう。

 基本的に普段は涼しい表情で、痛みに耐えるような素振りを見せないから、相当辛いのだろう。

 俺はハンドルを握る前に、確認する。

 

「ここから透の家まで距離があるから一旦、事務所で休もう。……それまで我慢できるか?」

 

 天を仰ぐように顔を上げ、目の上に腕を当てていた透が、右手を振って見せる。

 俺は頷き、振動が頭に響かないよう気を付けながら、再び社有車を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 それから三十分ほど車を走らせ、何とか事務所へたどり着いた。

 車を降りた透は鈍い足取りで階段を昇り、倒れ込むようにソファーで横になる。

 近くにあった枕と毛布を引き寄せ、目を閉じ、浅い息を吐く姿は痛々しい。

 

「透、カットフルーツとヨーグルト、ここにおいておくぞ」

 

 とりあえずではあるが、身体を休められる場所まで来られたことに俺は安堵しつつ、コンビニで買った食料をテーブルへ置いた。

 

「……やっぱ、ダメかな? 何か食べなきゃ」

 

 透は目を閉じたまま、弱めの声で問いを投げかけて来る。

 俺はジャケットをパソコンデスクへ置きながら、答えた。

 

「薬を飲むなら、一口で構わないから食べた方がいい。果物だし、なんなら冷蔵庫にゼリー飲料があったはず。……って」

「?」

 

 あることに気付き、ぴたりと動きを止めてしまった俺へ、透が不思議そうな視線を向けて来る。

 

「どうしたの?」

「……そういえば、薬買ってくるの忘れたと思って。この間、はづきさんが事務所の置き薬を切らしたって言ってたから」

「あー、それなら大丈夫。持ってるから、私」

「?」

 

 透はそう答え、自身のショルダーバッグから市販の頭痛薬を取り出す。

 身体を起こし、カットされたオレンジとパイナップルを二口ほど食べた後、それを飲み、また横になって言う。

 

「そう言えばプロデューサー、知ってる? 夏の頭痛に一番効く薬」

「え? いや、なんだそれ?」

 

 大したことはないという強がりなのか、透は多少の無理を表情に滲ませて微笑む。

 

「寝ること。なんだかんだで、それが一番」

 

 その透なりの気遣いを受け、俺は少し肩の力が抜けたのを実感しつつ、苦笑してしまった。

 

「そうだな、俺もそう思う。……だから、もう休んだ方がいい」

「……うん。だから、寝るね? ちょっと」

「ああ。親御さんには俺から連絡しておくよ」

「……ありがと」

 

 言うが早いか透はすぐに、「すぅ」と眠りにつく。

 俺は一度だけ、顔色と、その手が首元に添えられていることを確認した。

 そして、リビングの端に置いてあるベージュのパーティションを使い、室内を二つに句切る。

 どうしても移動と収録時間の兼ね合いが取れない時、事務所で着替える際に皆が使用しているものだ。

 LEDを落とすとリビングは夜の暗闇に染まり、窓越しに月明りと星の瞬きだけを臨む、静寂が落ちて来る。

 

「今日はもう仕事がないのが、不幸中の幸い、か。でも……」

 

 俺はとあることを思い出し、ガリガリとやや乱暴に頭を掻いてしまう。

 

「『あれ』に意味がないってことはないだろうから、その辺りは目を覚ましたら聞いてみないとな……」

 

 そう呟き、俺も目を閉じる。

 その予感が当たっているかどうかは、分からない。

 だが、もしそうだったとしても、今抱いているやるせない気持ちを自分へ向ければいいのか、透へ向ければいいのか分からず、ため息がこぼれてしまった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。