「ごめん、プロデューサー。クラっとした、少し」
地上波のトークバラエティー番組収録を終え、社有車を運転していた俺へ、不意に透が言った。
すっかり夜の帳は降り、星々が瞬き始める時刻で、道もそれほど混雑していない。
一旦、社有車を路肩へ寄せて停車し、振り向いて見た透の顔はやや青ざめていて、俺は驚いてしまう。
「ど、どうした? 体調、悪いのか?」
透は一度、手で後頭部を撫でた後、制服の首の根元付近を押さえながら、目を伏せた。
「ちょっと、頭痛。家まで大丈夫だと思ったんだけど……」
そう答え、透はやや苦し気に眉根をしかめる。
頭を数回振ったり、額に手を当てたりしている様子から、「ちょっと」の痛みではないことが伺えてしまう。
基本的に普段は涼しい表情で、痛みに耐えるような素振りを見せないから、相当辛いのだろう。
俺はハンドルを握る前に、確認する。
「ここから透の家まで距離があるから一旦、事務所で休もう。……それまで我慢できるか?」
天を仰ぐように顔を上げ、目の上に腕を当てていた透が、右手を振って見せる。
俺は頷き、振動が頭に響かないよう気を付けながら、再び社有車を発進させた。
それから三十分ほど車を走らせ、何とか事務所へたどり着いた。
車を降りた透は鈍い足取りで階段を昇り、倒れ込むようにソファーで横になる。
近くにあった枕と毛布を引き寄せ、目を閉じ、浅い息を吐く姿は痛々しい。
「透、カットフルーツとヨーグルト、ここにおいておくぞ」
とりあえずではあるが、身体を休められる場所まで来られたことに俺は安堵しつつ、コンビニで買った食料をテーブルへ置いた。
「……やっぱ、ダメかな? 何か食べなきゃ」
透は目を閉じたまま、弱めの声で問いを投げかけて来る。
俺はジャケットをパソコンデスクへ置きながら、答えた。
「薬を飲むなら、一口で構わないから食べた方がいい。果物だし、なんなら冷蔵庫にゼリー飲料があったはず。……って」
「?」
あることに気付き、ぴたりと動きを止めてしまった俺へ、透が不思議そうな視線を向けて来る。
「どうしたの?」
「……そういえば、薬買ってくるの忘れたと思って。この間、はづきさんが事務所の置き薬を切らしたって言ってたから」
「あー、それなら大丈夫。持ってるから、私」
「?」
透はそう答え、自身のショルダーバッグから市販の頭痛薬を取り出す。
身体を起こし、カットされたオレンジとパイナップルを二口ほど食べた後、それを飲み、また横になって言う。
「そう言えばプロデューサー、知ってる? 夏の頭痛に一番効く薬」
「え? いや、なんだそれ?」
大したことはないという強がりなのか、透は多少の無理を表情に滲ませて微笑む。
「寝ること。なんだかんだで、それが一番」
その透なりの気遣いを受け、俺は少し肩の力が抜けたのを実感しつつ、苦笑してしまった。
「そうだな、俺もそう思う。……だから、もう休んだ方がいい」
「……うん。だから、寝るね? ちょっと」
「ああ。親御さんには俺から連絡しておくよ」
「……ありがと」
言うが早いか透はすぐに、「すぅ」と眠りにつく。
俺は一度だけ、顔色と、その手が首元に添えられていることを確認した。
そして、リビングの端に置いてあるベージュのパーティションを使い、室内を二つに句切る。
どうしても移動と収録時間の兼ね合いが取れない時、事務所で着替える際に皆が使用しているものだ。
LEDを落とすとリビングは夜の暗闇に染まり、窓越しに月明りと星の瞬きだけを臨む、静寂が落ちて来る。
「今日はもう仕事がないのが、不幸中の幸い、か。でも……」
俺はとあることを思い出し、ガリガリとやや乱暴に頭を掻いてしまう。
「『あれ』に意味がないってことはないだろうから、その辺りは目を覚ましたら聞いてみないとな……」
そう呟き、俺も目を閉じる。
その予感が当たっているかどうかは、分からない。
だが、もしそうだったとしても、今抱いているやるせない気持ちを自分へ向ければいいのか、透へ向ければいいのか分からず、ため息がこぼれてしまった。