「お燐…?」
目が覚めたらお燐が地面に寝そべっていた。視界の奥には複数のナイフを持って息を荒くしている咲夜さんがいた。
「咲夜…これは一体どう言う状況かしら?」
背後からはレミリアさんの真っ直ぐな声。それに咲夜さんは動揺して手に持ったナイフを落とし、金属の冷たい音が軽く響く。
「お燐、聞こえるか?」
しかし、僕は至って冷静に彼女の体を揺らす。彼女には傷1つ付いていないことを僕は知っているから。
彼女はゆっくりと目を覚ます。
「あれ…直人?」
「なんでこんなところで寝てんだよ。」
「えっと…」
どうやら彼女自身も理解出来ていないようだった。ならば、他の人物に説明をしてもらおう。
「八雲紫、説明してくれ。」
「お前が私に命令をするな。」
頭上からその声が聞こえる。目線をあげると、スキマから体を出して扇子を煽いでいる八雲紫の姿があった。
腐っても、管理者らしい。約束は守られている様だった。
「じゃあ俺から説明してあげようか。」
スキマからもう一人の声も聞こえてくる。この吐き気を催す程に優しい声は一人しかいない、神田零だ。
「神田零…」
「久しぶりだね、レミリア。弟子は今も元気かな?」
「お前は世間話をしに来たのか?悪いがお前の退屈な話を聴くつもりは無い。」
どうやらあまり良い関係性ではないようだ。弟子というのは恐らく門番をしていた美鈴さんのことだろう。
「そうカッカすんなって。俺がここにいるのにも理由があるんだよ。」
「言ってみろ、つまらない理由ならば二度とその口を開けないようにしてやる。」
「君も冗談とか言えたんだね。」
「チッ…」
レミリアは荒々しく椅子に座り足を組んだ。それを見ると神田零は微笑みながら話し始めた。
「まず、俺らはそこにいる直人君がこの仕事を引き受ける条件として『お燐の護衛』というものがあったんだ。それで直人くんは君たちのカウンセリングを行ったんだ。」
「それで?」
「彼は能力で精神世界の君と対談したんだ。君自身にその記憶はないだろうけどね。しかし、その間直人くんと対象のレミリアは一時的に気絶をしなくてはならない。」
ここら辺でやっと理解できた。恐らくレミリアも分かってきたのだろう、少し苦い表情を見せている。
「突然気を失った自分の主人を目の当たりにした咲夜は、直人君に向かってナイフを投げた。それをお燐が身を呈して守ろうとしたため、俺らが干渉してきたってことさ。あくまで『お燐を守るために』ね。」
その説明に、当の本人は混乱している様子だった。面白いぐらいに何も理解出来てなさそうだった。
僕は少し笑ってお燐体を支える。
「守ろうとしてくれて、ありがとうね。」
「え、う、うん…別にお礼を言われるほどじゃ…」
その様子を見て微笑ましそうな気持ちの悪い顔をしながら、神田零はスキマから体を出して足を床に着かせた。
「結果的に直人君を守る形にはなったね。」
そして僕の肩に手を置く。そして耳元で僕にしか聞こえない声で囁く。
「それを狙ったんだろ?お燐の君に対する気持ちを利用して。」
やはり、コイツは心が読めると考えても良さそうだ。ならば心の中で答えるとしよう。当たり前だ、能力を使っている時の僕は無防備なんだから。
妖夢に対抗意識を燃やす程度には僕に対して好意的な感情があるのだ。利用する以外にどうしろというのだ。
「さて、俺らは役目が終わったし、帰らせてもらうよ。きっともうお燐が攻撃されるようなことは無いだろ?」
「癪だが、保証しよう。だから早くその下品な顔を引っ込めろ。」
「よーし、ありがとうレミリア。それじゃ!」
そうして、奴は瞬間移動をして姿を歪むせて霞のように消えてなくなった。
そして残されたのは四名の沈黙。例えるならば、度重なる災害を乗り越えた後の疲弊が体を帯びている感覚。それではこの沈黙もご理解頂けるだろう。
「…咲夜。」
「はい。」
「二人をそれぞれ客室へ。」
「承知しました。」
咲夜さんは部屋の扉を開き、僕らに外へ出るよう促す。僕らはそれに従い部屋を出ようとすると、背後からレミリアが声をかける。
「上嶋直人。」
「はい?」
「…感謝するわ。」
その言葉には少々驚いてしまった。失礼ながら人に感謝する人物だとは思っていなかったからだ。いや、少なくとも心からの感謝というものは存在しないと思っていた。
「それなら幸いです。」
いつものような張り付いた笑顔を向けて、僕はその部屋を出た。
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咲夜の後ろ姿を眺めながら歩く。正直、彼女やお燐からすれば訳の分からない状況だろう。神田零の説明だけでは不十分なものがある。突然敵対して、突然気を失って、突然感謝されているのだから。
案の定、猫の質問攻めに僕は嫌気がさしている。
「なにが起こったのよ、説明して!あれだけじゃ分からないわ!」
「面倒くさい。」
しかし、言葉の雨は止みそうになかった。まぁ、利用した分の業が返ってきたと考えて無視するしかないだろう。丁度、お燐の部屋にも着いたようだ。
「ほら、着いたぞ。部屋でグッスリ寝たらどうだ?」
「その前に応えなさいよ!」
「咲夜さん、この猫は無視していいので行きましょう。」
すると咲夜さんは歩き始め、僕もそれに付いていく。後ろから喧しい程大きな怒声を浴びるが、暫くすればそれもなくなった。
とても静かだ。先程のお燐同様に、僕の前を歩いているメイドも同じことを考えていることは誰にでもわかる。しかし、僕は話さない。僕の手の内を明かす訳にはいかない。
とても静かだ。
「着きました。」
「ありがとうございます。」
「それでは私はこれで失礼致します。」
「あぁ、はい。」
扉を開けて閉める。その閉めようとする扉との隙間から見えた彼女の表情は疑問、そして敵意だった。
「…なんでだ?」
敵意を向けられる理由が、僕には分からなかった。
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翌日、僕はレミリアさんと一緒に地下へと降りて大きな扉を開いた。するとそこには僕の姿を見て顔を明るくし、目線をずらして姉の存在に驚いた表情をしたフランの姿があった。
「お姉様…?」
「久しぶりね、フラン。」
フランは暫く表情を変えず、しかし一歩退く。そんなフランに対しレミリアさんはどうすればいいのかが分からなさそうな微妙な表情をする。
「その、なんと言えば良いのかが分からないのだけれど…」
「…お姉様、こっちに来て。お話しましょ?」
フランのその言葉に、レミリアさんは目を丸にした。しかし、直ぐに優しい表情へと変わる。
「えぇ、そうしましょう。」
彼女は幸せそうに返事をした。それにフランは微笑んだ。僕はそんな彼女の微笑みを見て、過去の自分との違う結末に安堵した。
それと同時に憎んでしまうのは妖怪という存在に変わり果ててしまったせいだろうか。僕はそんな心の黒さに自己嫌悪に襲われてしまい、その場から離れた。
どうやら僕には偽善という自己暗示ができないなったらしい。人間らしい感情に素直になってしまった。つまり、これが僕の本質的な感情だったということだ。
なんて、醜い人間なんだろう。