畳の香りが仄かに感じるほど風通しの良い。それは縁側の戸が開いているからだが、どうもその割には心地よい気持ちにはなれない。
目の前の巫女が上機嫌に鼻歌をしながら茶を入れているのが苛つく。
「はい、粗茶。」
その出し方は何かが間違ってる。
「それにしても、アンタの所の温泉で幾らかは儲かるようになったわよ。地霊殿万歳。」
「そっかー、なら良かった。あたいも死体集め以外にやること増えたから暇しなくて済むよ。」
世間話を始める傍ら、関係の無い僕は入れられたお茶で口の中を潤す。
…味がない。いや、霞のように風味だけがあるが四捨五入したら白湯だ。何番煎じをしたらこんなに風味が削がれるのだろうか。金に固執しているのは金に困っているからか?
「直人さんは幻想郷の暮らしには慣れた?」
「え、まぁ、慣れましたね。」
「良かったわ。紫が貴方のことを何でか知らないけど嫌っていたから、不当な扱いを受けてるんじゃないかって思ってね。」
それはされている。
「…微妙な表情ね。悪態はつかれている訳だ。」
「そうですね。僕が一体何をしたと言うんでしょうか。」
「あの妖怪はそういう所があるからね〜。私も腹の底で何を思ってるのか、未だに分からないわ。」
そういう次元では無い程の嫌われ具合ではある気がする。なにせ、僕の両足を切断したのだから。何を考えているのか分からないとかじゃなく、シンプルに狂ってる。
「でも、そういう意味では零に感謝するべきかもね。」
「え?」
あの男に何を感謝すればいいと言うのだ。そんな疑問が相手に伝わったのか、霊夢さんは頬杖を着いて笑う。
「地上の妖怪が地下の妖怪たちに対して不干渉なのは知っているわよね?」
「はい。」
「紫は自分が危険視していたり目の敵にしている奴を監視しようとするの。つまり、自分の手の届く所に置こうとする。でも、貴方は地霊殿に住むこととなった。それは確実に零の差し金があったはずよ。」
そういう事か。確かに、自分の計画に重要な人間が殺されてしまっては意味が無い。ならば地霊殿に置けば殺されないし、こいしさんもいるため無意識の世界に干渉させることができる。一石二鳥だったわけだ。
霊夢さんは善意と捉えているようだけど、僕には分かる。アイツの思考はドロドロに穢れた、人を駒としか考えていないドブの様なシナプスなのだと。
「そうなんですね、それは零さんに感謝しなくてはなりませんね。」
あんな奴に感謝など、反吐が出る。
「…そうね。」
「どうしました?」
少し妙な反応を見せる。形容しがたい違和感。思わず、霊夢さんに対して訊いてしまった。霊夢さんは何か思考を巡らせた後、僕の目を見た。
「直人さんって何で零のこと嫌ってるの?」
「…え?」
一瞬、何を言っているのかが分からなかった。しかし、確実にその質問に僕の心臓は跳ねる。
神田零のように思考が読める?いや、ならばわざわざ訊いてこないはずだ。誰かから伝わった?いや、誰にも話していないはずだ。神田零が話した?分からない、何故彼女は知っている?
「えぇっとー…どうしてそう思われたのですか?」
「うーん、勘かしら。」
「勘…?」
全くもって理解できない。表情に出てしまったのか?いや、慌ててはいけない。汗すらも流してはならない。落ち着かなければ、僕の始まってすらいない神田零殺害の計画は終わってしまう。
「流石にそれは無いですよ。」
「ふぅん、
何だこの、全てを見透かされているような気持ちの悪さは。幻想郷を守ろうとするその器を、魅せられているのだろうか。
深呼吸も怪しまれる。汗も吹き出してはならない。鼓動も速まってはならない。何も考えはならない。静かに、否定のみをするのだ。
「えぇ、僕は彼に助けられた身ですから。」
言葉に淀みはなかった。震えもなかった。冷静な声色で、それを言えたはずた。
「そう…」
「はい。」
「まぁ、どうでもいいのだけれどね。貴方がアイツのことを嫌っていようが、嫌ってなかろうが。殺そうが、殺されようが。」
それは、どういうことだ。幻想郷の異変の解決を管理者である奴らに任された人間であるはずだ。少なからずそちら側の人間なのではないのか。
分からない。八雲紫の腹の底では何を考えているのか分からないなどと言っていたが、それはコイツにも言えることだ。
「それは、流石に言い過ぎではないでしょうか?」
「幻想郷なんて、元々そんな世界よ。アイツらは楽園なんて謳っているけど、弱肉強食は存在するしヒエラルキーで世界が回っているのだから。小規模なだけで、外の世界と何ら変わりないわよ。いつか下剋上を夢見る妖怪や人間なんか現れるんじゃないかしら?」
管理者に近い存在の人が言っていい内容なのだろうか。甚だ疑問だが、それはそれとしてこの巫女も上手くいけばこちらに味方してくれるかもしれない。
だが、今では無い。まだ、僕は彼女のロジックを理解していない。どういう考えや価値観のもとで行動しているのか。それを知らなければならない。
「それに、管理者は何人も存在している。紫や零だけじゃない。私も人数とかどんな妖怪かとかは分からないけれど、一人減った程度じゃこの世界の結界は壊れないわ。」
「結界?」
「あぁ、知らない?博麗大結界っていう、この幻想郷を外の世界から隔離するための結界が幻想郷の一番端に張られているのよ。」
知らなかった。しかし、隔離しているということは、元々は幻想郷とは僕が居た世界の一部だったってことと捉えることが出来る。
仮に、それが壊れたらどうなるのだろうか。
「お茶、ぬるくなる前に飲んだら?」
「え?あぁ…」
「まだ15回目なんだから。」
「…?」
何がだ?
「そういえば、そろそろかしら。」
「どうしました?」
「いや、知り合いがそろそろ来る時間なのよ。」
「知り合い、ですか。」
するとまるでタイミングを見計らったように戸を叩く音が聞こえる。霊夢さんは溜め息をつきながら向かう。
「おーい!霊夢ー!いるかー!?」
「ドンドンドンドンうるさいわね!壊れたらどうしてくれんのよ。」
「そん時はそん時だ。」
ドタドタと騒がしいその声の主がこちらへと向かってくる音が聞こえる。なんだか、どうしてかこれからもっと疲れることになる気がしてきた。
どうか、この予想か外れてくれることを。
「おーと!先客がいたんだな、わりぃわりぃ。」
「あぁ、どうも。」
元気ハツラツな金髪の魔女みたいな黒い帽子を被った女の子が荒々しく戸を開いた。眩しい笑顔を見ていると生気を吸われる感覚に陥る。
「お!お茶が既に煎れられてるんだなぁ〜。」
そういうと、その金髪魔女は僕が飲んでいたお茶を手に取り、止める間もなく飲み干した。まるでビールのように飲み干した彼女はとても満足そうな表情で口を拭った。
「ぬるい上に薄い!!霊夢〜、これ何番煎じだよ〜。」
「15よ。」
そりゃ薄いわけだ。
…待て?この巫女そういえばさっき「まだ15回目なんだから」って言っていた気がする。『
追いつかない情報量に、僕の脳が疲弊しそうになる。しかし、魔女はそんなことを知らずに元気をウィルスのように撒き散らしていた。マスクでもつけてやったら良いが、生憎ここは時代遅れの世界なのだ。
外の世界でも売り切れているだろうしな。