「うぅ……」
私は何故、布団の中にいるのだろう。確か、神奈子との一騎打ちに敗れたはず。しかし、瞼の僅かな隙間から見えた景色は私の家の天井だった。私は、生きている?
「起きたか!」
「そうみたいだな。おーい諏訪子、大丈夫か?」
それに加えて、私と敵同士だったはずの神奈子と零が居た。どう言った状況なのだ、これは。1番味方の零は心配そうな顔をせず、敵対していた神奈子が過剰なほどの心配そうな表情と声色だった。
「なんで、あんたがここにいるの。」
「神奈子、説明してやれ。」
零が説明するよう促すと、神奈子は苦虫を噛み潰したような表情をする。本当に何があったんだ。
「分かった、説明する。実は……」
────────────
私は昨日の事の顛末を知った。目眩の理由、須佐之男のイカサマ、神奈子の怒り、そして零の化け物さ加減を。
「改めて、申し訳なかった。」
「まぁ、良いよ。神奈子は知らなかったんでしょ?それに須佐之男も信仰がある限り死にはしないけど、もう流石に懲りたでしょ。」
最高神に近い神が、姑息なことをしたいたと周囲に知られた挙句、脳天に風穴が開けば、恥ずかしくて出歩けなさそう。
「神奈子、お前はこれからどうするんだ。あんなどこに出しても恥ずかしい神でも、大和のてっぺんに楯突いたわけだ。もう大和には戻れんだろう?」
零の発言に、神奈子は静かに頷いた。
「旅に出るとする。」
「そうか。」
今まで下に従えていた存在よりも、拳を交えただけの私を尊重してこんなことになっていることに、少し申し訳なさを感じてしまう。そんな必要は私にはないことが分かっていてもだ。
「…ねぇ。ここの一柱になってよ。」
「え!?」
神奈子は目を丸くしてこちらを見た。しかし、零も私の意見に頷いており、肯定的のようだ。
「なるほど、その方がいいな。」
「ま、待ってくれ。良いのか?元は敵だったやつだぞ?」
「心配そうにしていた神奈子がそれを言うの?」
「う…」
頬を赤らめた。なんだ、堅苦しい奴かと思ったが、案外弄りがいのあるやつなのかもしれない。そう思うと少し悪い顔になってしまうな。
「諏訪子が許してくれた、そのお礼にこの神社を守る。って言う理由でどうだ?納得しないか?って言うか納得しなさい。」
「うぅ…」
「ここへ来て500年、俺ももうここを離れる。代わりにお前がここを守れ。」
いま、それ言わなくてもいいじゃないか。思い出してしまった。私は少し気分が落ち込んでしまった。
「……分かった。ここを守らせてもらう。よろしくお願い申し上げる。」
「うん、よろしくね。」
「俺は明日、ここを出る。二人で仲良くここで暮らしてくれ。」
「本当に行くの?」
零は申し訳なさそうな表情をしている。
本当は知っている。彼はなにか目的があり、旅をしなくてはいけないのだ。それなのに私は500年という歳月を彼から奪ってしまったのだ。一刻も早く目的を達成したいはずなのに。
彼の目的が、叶うことを願うしかないのだろう。どんな目的なのだろうか。世界平和?自分探し?それとも、私の知らない愛する人のため?
「大丈夫さ、たまに帰る。それまで待っていてくれ。」
「うん…」
零はいつものように私の頭を撫で、優しい声で答えた。この生活の、最後なのだ。ならば、私は笑っていよう。彼の言葉に頷き、涙を流しながら笑った。すると、零も笑ってくれた。
「零よ、私はお前に感謝する。私が憎んだ須佐之男を倒し、傷も治してもらい、本当にありがとう。」
「いや、礼には及ばんさ。俺は傷ついた奴を治しただけ、ただそれだけだ。こんな感謝合戦をしていても楽しくない。酒を飲もうぜ。」
普段酒なんか飲まない癖に。でもまぁ、最後なら彼の酔っ払った姿でも焼き付けておこう。また帰ってきた時に弄りまくってやるために。
「倉にある酒があるから、持ってきて。」
「よしきた。」
零は外へとすっ飛んで行った。まるで子どものようにはしゃいでいる彼を見て、私と神奈子はそれが可笑しくて笑いあった。
その晩、私達は夜が深けるまで飲み明かした。神奈子が諏訪大社の神になった祝いと、零の旅の安全を祈って。
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深夜、私は目が覚めた。玄関の戸が開かれる音だ。神奈子は寝ていた布団に寝転がっていびきをかいている。零の姿はなかった。
私は急いで布団から出て、転びそうになりながらも外へと向かう。すると、月明かりに照らされた妖しい雰囲気を纏う男性がそこに立っていた。
「しんみりした空気は嫌なんだけどな。」
彼は、ポツリと呟いた。
「起きちゃったか?」
「キザ男め、何もなしに行くなんてズルいよ。」
「すまんな。」
深夜の風は冷たい。しかし、こう風に当たっていると出会った時のことを思い出す。夜風が冷たく、そして心地よい。
人に恐怖でしか信仰されない私にとって関係性とは、その上下の構図でしかなかった。愛とはなにか、私にだって考える時がある。そんな時に、綺麗な顔をして眠っていた彼を見つけた。諏訪の国の者ではない。特別な力も感ぜられる。何も知らなく、そして不思議な力を持つ彼なら、私と対等になれるのではないか。そう、自分勝手な理由で彼を連れ帰ったのだ。
こんな自分勝手な私を、彼はいつも受け入れてくれたのだ。手放したくない、私の元にずっと居て欲しいとは、もう言えなかった。だから、せめて最後くらいは、彼の中で良い女でいたい。
「また帰ってくる。」
「うん、いつでも帰ってきてね。」
「あぁ、ありがとう。」
風の音が、沈黙を埋める。彼の足が少し、鳥居の方へと向いた。行くつもりなのだろう。
私は止めない。笑顔で、見送らなくては。
「ねぇ、零。目をつぶって手を出して。」
「え?」
零はなんだろうと言うような顔をしながらも、私の言う通りに行動してくれた。
「こうか?」
「そう、それでいいよ。」
私は彼に近づき、そして、出された手を思い切り引っ張った。
「うぉ!?」
私は彼の唇に、キスをした。心臓の音がうるさい。良い女でいるなど私には出来ない。私は私らしく、彼の中に居座ってたい。
ゆっくりと唇を離す。
「ごめんなさい。本当は、貴方に愛する人がいるって、何となく分かってる。だから貴方とどうにかなりたいだなんて思ってない。でも、私は貴方が好き。だから…絶対に帰ってきて。」
「分かった」
彼は、やはり拒絶しなかった。
「それじゃあな、元気でな。」
「うん、病気やったりしないでね。」
大きく手を振り、彼を見送る。彼が豆粒ほどに小さくなるまで、振り続けた。
あのまま、私を拒否してくれたら、きっと楽だっただろう。彼の優しさは、残酷だ。だから、私は彼を祟ることにした。私の事を忘れる事など出来ない祟りを、彼の唇に住まわせた。
涙を拭い部屋に戻ると、神奈子が起きていた。布団の上に座り、優しい表情で「頑張ったな。」と声をかけてくれた。涙が堪えられず、神奈子に抱きついて子どものように泣きじゃくった。
私の初恋は、夜風と共に遥か遠くへと行ってしまった。