空気が重い。二酸化炭素がこの場を支配しているようだ。丁度息苦しくもある。神子と布都の顔は相変わらず青白く、いかにも気まずそうだ。
しかし、その震える唇を久々に開き、沈黙を破った。
「すみません…でも、どうしても仙人に成りたいんです。」
精一杯のようだった。既に死にかけのような声で神子はハッキリと俺に訴えた。
辺りを見るが青蛾の姿はない。彼女も、俺が引き止めることなど恐らく想定済みだ。その上でいないということは、好きに引き止めてみろ、ということだろう。
「謝る必要性はない。お前の人生はお前が決めろ。」
「え…」
少し意外だったのかもしれない。少しの間の仲とはいえ、俺の性格的に引き止めることなど火を見るより明らかだった。もちろん、引き止めるさ。
「ただ、俺には人の人生を決める権利はなくとも思い直させる権利はある。もう少し考えるべきだ。生きて周りの人間を想うか、人が死ぬ理由を探して世界の人間を想うかを。」
神子は布都、屠自古を見た。きっと彼女は、その周りの人間に値する布都と屠自古を見ていたのだろう。
「わ…私は…」
やはり、唇は震えている。
「布都、お前もだ。」
「…!」
「考え直すんだ。」
「私は、太子様に…!」
「なんでもかんでも神子に頼るんじゃあねぇぞ?」
「ッ!」
先程から、布都は「太子様に...」「太子様が...」と言っている。仕えていることなど知っているが、逆に言えば神子の責任にしているのだ。
「お前の意思でものを言え。お前自身の人生の『覚悟』を持て。」
「だ、黙れ!私は太子様に付いていくのだ!!」
コイツは俺の意図が分かって言っているのかだろうか。ゆっくりと布都に近付き、少し威圧をかけながらもう一度問う。
「それがお前の『覚悟』か?」
「あ、ああ。そうじゃ。これが、私の…」
ため息をついた。失望した。勝手に期待したのが悪いのだが。それほど、彼女から『覚悟』が見えなかった。もう、包んで言わずハッキリと言ってやるべきか。
「君は、決断をする勇気がないだけだろう?」
「なッ!?」
否めなかった。
「自分自身の『覚悟』は正しいと、胸を張って言える勇気がないだけだ。」
「黙れぇ!」
「自分で決めろ。仙人になるかならないかは、自分でだ。」
「…なる。なるぞ。なってやるぞぉぉッ!自分で決めたぞッ!」
「…そうか。」
布都は、泣いていた。泣きながら、零を睨み付けていた。これでは、意固地になっているだけだ。こうなってしまえば、俺にはどうしようもない。
「ならば、もうなにも言えまい。」
「わ、私も…」
神子が震えた唇を動かした。
今にも泣きそうな目でこちらを見た。しかし、その目からは『覚悟』が見え、口も端と端をしっかりと閉めていた。
「仙人になります…全ての人間のために。」
「そうか。」
神子の意志を、思い直させる自信はない。なるほど、国の1番上にいるだけはある。それ相応の風格があった。
俺はその場から去り、扉を静かに閉める。
「彼女らを止めることが出来なかった自分にムカつく。まったく…俺は自分勝手だ。」
「あんな止め方なら仕方ないわ。」
青蛾は柱にもたれながら言葉を発した。
「道教を薦めるんじゃなかったのかよ。」
「薦めてるじゃない。遠回しにね。」
やられた。いや、勝手にやらかしただけである。『ディア』に固執し過ぎた。コイツはビジネスにしている時はボロを出さないように確信めいたことを普段から考えないようにしているのだろう。
「まあ、いい。俺に止める権利はない。」
「意外と紳士的よね、貴方。」
人をイラつかせる天才だな。
「別に仙人になることが悪いことじゃあない。ただ、彼女らは一度死ぬことになるだろう?そこが気に食わなかった。」
「まあ、そうね。でも安心して頂戴。必ず彼女らは仙人になるわ。」
「…必ずだぞ。」
「えぇ…必ず。」
俺は泊まっている宿泊施設へと向かった。
青蛾にはドス黒い悪は心の芯には無い。それは知っている。だからこそ、自分への怒りが込み上げていた。怒りの矛先を向ける人が居ないから。
「俺は、どこまでも自分勝手だな。」
何も考えたくない。俺は宿泊施設の自室へと入るとすぐに布団に倒れ込んで早めの睡眠を摂ることにした。
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朝、俺は神子たちが集まるいつもの大広間に行くと、皆が既に集まっていた。やはり、空気が重い。まるで葬式だ。まだ誰も死んでいないというのに。
「おはよう。」
「おはよう…」
「おはよう御座います…」
布都と神子が挨拶に応じてくれたが、屠自古はなにか考え耽っていた。そして、俺の姿を確認すると、待っていたかのように口を開いた。
「…あのさ、私は仙人にならないよ。」
「ッ!?」
その言葉に布都は驚きを隠せていない。しかし、その反応は布都のみで、俺と神子はその言葉を静かに受け止めた。
「そうか…」
「そうですか…」
「自分で決めた。これは私の人生だから。零の言う通りな。」
人の道はその人自身のものだ。屠自古は自分の意思で神子に従っており、自分の意思で仙人になることを拒否した。ただ、それだけの話。
神子もそれを分かっているようだ。逆に言えば、それを分かっているからこそ、神子も仙人になると決めたのは自分の意思であるということが明らかなのだ。
布都を見る。明らかに動揺している。コイツのみが、自分を見失っている。それを気付いていないのだ。もはや俺が引き止めようとも考えていない。好きにすればいいさ。
俺は欠伸をしながら、書斎を借りることを神子に告げ、その部屋を出た。