東方化物脳 Re:make   作:薬売り

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九人の欲と一人の希望 Ⅴ 『怨霊』

 霍青娥という隋から来られた仙人に、尸解仙にならないかという誘いが来た。尸解仙とは、簡単に言えば一度死に、他の土地で生まれ変わり仙人になるというものだ。

 太子様に仕えて、幾年の歳月を重ねてきただろうか。太子様はその尸解仙になられようとされている。ならば、我も太子様と一緒に死に、そして生まれ変わりもう一度太子様に仕えるべきなのだ。しかし、屠自古はそれを拒否した。許せなかった。真意を問うべく、我は奴を都を一望できる屋敷の最上階へ来るように誘った。

 

「なんだ?こんなところに呼んで。」

「……何故じゃ。」

「は?なにがだよ。」

「貴様も太子様に忠誠を誓ったろうが!!」

 

 屠自古のいけ好かないその態度で、我の怒りは頂点に達する。今にも殺しそうなくらいだ。

 今の我の発言から察したようで、そして、呆れたようにためいきをつきおった。

 

「……忠誠を誓ったのはお前の意思だろう?私もそうだ。それと同じで仙人にならないのもの私の意思だ。」

「なに?」

「それとも、零も言っていたが、自分の意思が無いんじゃあないか?お前にはな。」

「なんじゃと!」

 

 その言葉は我の忠誠心への侮辱でしかない。思わず屠自古の胸ぐらをつかみ、睨みつける。しかし、奴は一切の表情を変えずに淡々と我に言葉を垂らす。

 

「そもそも、お前がこう怒っているのは、自分の意思が言えた私への『嫉妬』なんじゃあないか?」

「違う!!貴様ふざけるなよ!?」

 

 嫉妬心などでは無い。純粋な怒りだ。そうに決まっている。だのに、奴はいつまでも我を侮辱し続ける。

 

「ふざけてなんかいない。本気だよ。」

「貴様に嫉妬だと、笑わせるな!!」

「だったら、大人しく仙人になれ。私は私だ。自分の愚かさを怒りと嘘の善で隠すなよ。お前が決めたんだからな。」

 

 屠自古は軽蔑した目で我の手を払い除け、そのまま下の階へと降りていった。零殿も、屠自古の奴も、誰も彼も我を侮辱する。嫉妬など来ていない。太子様がそれを選ばれたのだ。それは私の意思と同じことだ。太子様も我が一緒に尸解仙になることを喜ばれているに違いないのだから。

 我は不発弾のような怒りを抱えたまま、その場に立ち尽くすしか無かった。

 

────────────

 

「この怒りは、どうすれば良いのじゃ!!」

 

 自室の机を殴っても、その怒りが落ち着くことは無かった。屠自古に言われた『嫉妬』という言葉が特に腹立たしい。我が嫉妬などするわけが無い。死に対し恐怖した軟弱者に、なぜ我が嫉妬しなくてはならないのだ。所詮、屠自古の忠誠心などちっぽけな志しだった。ただそれだけ。嫉妬など、していない。

 ドス黒い感情が、我の心を支配していた。腹の中に仕舞っている臓物が得体の知れない液体に浸っている。そんな気分だった。怒りがどうにも収まらない。

 殺してやりたい────

 

 その瞬間、辺りの空気が変わった。殺意を抱いた、その一瞬で。その異変に布都は気付く。これは、なにか不吉な予感がする。

 

「なんじゃ!?」

 

 後ろを振り返ると、なにか黒いモヤのようなものが空気中に広まっていた。そいつは決して人の形をしていないにもかかわらず、それが意思のあるものであると本能的に察する。

 

「憎いか?」

 

 それは地ならしのような低い声と青年のような声が同時に話しているような、不穏な声が我の鼓膜を揺らした。

 

「何者じゃ貴様!妖怪か?怨霊か!?」

「その怒りはどこに向ける?」

「何者…なんだ?」

 

 その声は、なにか安心感と不安が入り交じる感情にさせる。その所為か、怒りがあるにも拘らず大人しく話を聞いてしまう。

 

「アイツにぶつければ良い。その怒りは何故出来た?あの男だろう?」

 

 神田零。そうだ、奴のせいでこんなに苦しんでいる。自分の意思?滑稽なものだ。人に仕えているものに、意思など不要。

 

「殺せ。奴を、殺すのだ。」

 

 そうだ、我は最初から間違ってなどいなかった。迷いなどない。奴を、殺す。

 何かが自分の中に、自分の心の中に入って来るのを感じた。

 

「ついでに言っておこう。俺の名前は……」

 

────────────

 

「ハァ……」

 

 俺は書斎にて、だらしなく本をペラペラと捲っていた。

 青蛾は仙人になるための道具等を持って来るため、一度だけ隋に帰らなければいけないようだ。なので、零が遣隋使の護衛として隋に行く為の船に、青蛾も乗ることとなった。

 そして遣隋使の護衛の俺は、この国に戻ったら神子とは会わず、旅を続けてほしいとのことだった。顔は合わせづらいからもあるだろうが、それ以前に俺に心配されたくないんだろう。

 

「何でこう、上手くいかないんだろうか。」

 

 零は一人寂しく考えていた。そこに、書斎の扉をノックする音が響く。

 

「……入っていいぞ。」

 

 中に入ってきたのは布都だった。いや、布都だが、布都ではない『なにか』が零を警戒させた。コイツは何者だ?

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