東方化物脳 Re:make   作:薬売り

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九人の欲と一人の希望 Ⅶ 『希望』

 暗い世界に、俺は浮いているような感覚だ。しかし、周りに星の煌めきはなかった。何も無い、ただ暗闇のみが俺を包んでいた。

 

『……零』

 

 聞き覚えのある、女性の声が俺を呼んでいる。声の方向が分からない。あちらこちらを見渡していると、いつの間にか大きな岩が目の前に鎮座していた。そして、浮かんでいたはずなのに、いつの間にか立っていた。

 

『……零』

 

 誰かが、俺の肩を叩いている。俺は振り返る。するとそこには────

 

『ミ タ ナ』

 

 蛆虫にまみれた人型のなにかが、そこにいた。

 

────────────

 

「うわぁぁぁああッ!?」

 

 飛び起きると、そこは神子たちが住む屋敷の寝室だった。脂汗が、全身を濡らしている。

 

「零さん!?大丈夫ですか!?」

 

 横にいて看病をしてくれていたらしい神子が、俺の叫び声に驚きながらも心配した表情で俺の体を支えてくれた。

 今見たのは、夢か?後ろにウジ虫だらけの人間が、俺を恨めしそうに立っていた。あれは一体、なんだったのだろうか。

 

「ごめん、嫌な夢を見ただけだ...そうだ、屠自古と布都は!?」

 

 心配していた顔は暗い表情となり、視線は床へと落下していった。口を開いて言葉を発そうとしたが、何も言えずその口をとざす。

 

「屠自古は死んだ。」

 

 神子が再び口を開く前に、部屋の外からその声は躊躇いもなく伝えてきた。

 

「布都...」

「おはよう、零。」

 

 布都は操られていた時の後遺症などはなかったようだ。しかし、結局屠自古を守ることはできなかった。自惚れていた。自分を過信しすぎていた。

 

「そう悔やむなよ。死んだけど、こうしているんだからさ。」

 

 俺が悔やみ、自分に掛けられている布団に拳をぶつけていると、屠自古が宥めてきた。しかし、どうしても自分が許せなかった。

 

「いや、俺は結局、屠自古を守ってやれなか…ん?」

「まぁ、そうだけどさ。」

 

 布都の横に屠自古が居る。

 

「あぁ、悔しさのあまり幻覚まで見えるようになったのか。」

「なってねぇよ、バーカ。」

「え、本当に言ってる?神子、こいつ見える?」

「ええ、見えます。」

 

 暫時、それを理解するのに時間がかかった。しかし、どう疑えど、目の前に死人が腕を組んで俺に罵倒を投げかけたのだ。

 

「はぁあ!?」

「いや、死んだんだけどさ、なんか幽霊として生まれ変わったわ。」

「いや、生まれてねぇじゃん!?死んでるじゃん!?」

「あぁ、そうだな。死に変わった。」

「どうツッコめばいいんだよ!?」

 

 どういうことだ。どういう原理で屠自古は俺に話しかけてきているのだ。

 

「うん、私も戸惑ったよ。生きてるのかなぁ、て思ってたら足無いし。」

「実際、私達もビックリしましたから。」

「でも、神子言いにくそうにしてただろ?」

「どう説明しようか困ってしまいまして...」

 

 なんて紛らわしい。

 俺は頭を抱え、蹲る。頭で理解しているが、今度は気持ちが追いつかない。

 

「幽霊になったのか...」

「そういうわけさ。悪霊だ。」

「どうか呪わないでほしい。」

「呪わねぇよ。」

 

 しかし、屠自古が死んでしまった事実は変わりない。妖怪から守ることは出来なかったのだ。俺の過信が、屠自古の死を招いてしまった。

 

「お前、なんで暗い顔してんの。この屠自古様が元気に出てやってると言うのに。」

「死なせてしまったことは、変わりないだろ。」

「えぇ?自分のせいとか思っていやがってるの?」

 

 屠自古はニヤケながら俺の肩に手を置く。そして、大きく口を広げて爆笑をした。

 

「お前って、本当にバカだよなぁ!!アッハッハッハ!!」

「え?」

「いや、何思い上がってんだよマジ!まず妖怪がいなけりゃいい話だったんだから、私を殺した妖怪のせいだろ!」

 

 屠自古は俺をバカにしながらその場に笑い転げる。あまりのことに、布都が声を慌てるように声を荒らげた。

 

「な、何笑っとるんじゃ!零殿は屠自古の死を悼んでおられるんじゃぞ!!」

「俺のせいで〜、ってな!私以外お前が助けたってのに、強欲がすぎるだろ!自惚れんなよ〜?」

 

 なんだか、落ち込むことが馬鹿らしくなってきた。

 

「あ〜、面白かった。まぁ、こうして存在してる訳だし?前にも言ったけど、身体捨てて最強になりたいって言ってただろ?それ叶ったし、問題ないな。」

 

 屠自古は長めの息を吐いて、その込み上げている笑いを落ち着かせた。そして、何かを思い出したかのように話を続ける。

 

「そういえば、死んだ後に夢みたいなものを見たんだよ。何か目の前に岩があったんだよね。」

「岩だって?」

「そしたら、中から聞こえるんだよ。来るな~って声。」

 

 俺が見た夢と少し似ている。しかし、どうやら俺の夢と違い蛆虫にまみれた人は出てきていないようだ。共通点は、大きな岩。これは一体何を意味しているのだろうか。

 

「おい、布都。なにか零に言うんじゃあなかったのか?」

 

 屠自古は布都に対して何かを促す。布都の方は何か微妙な顔をしつつも俺の方に体を向ける。一体なんだ?

 

「…申し訳なかった!零殿に…いや、皆に迷惑をかけてしまった。零殿の『自分の意思』の話に納得いっていなかった。いや、認めたくなかったのじゃ。自分の浅ましさを、認めたくなくて、そんなことのために、妖怪に心の隙間を狙われ、迷惑をかけた。本当に、すまなかった!」

 

 布都は腰を90度に曲げ、全身全霊で俺に謝ってきた。

 

「昨日から、私はちゃんと自分で考えた。そして、決めた。お主に止められるのは分かっているが、それでも言うぞ。私は『仙人』になる!」

 

 布都は今までで1番と言えるほどイキイキとした目で、真っ直ぐに俺に宣言する。こんなにも力強く言われてしまえば、仕方がないだろう。

 

「頑張れよ。」

「ッ!うむ!!」

 

 布都の確固たる意思を確認できて、俺も少し安心した。俺は神子の方へと向き直る。

 

「なぁ、神子。」

「どうされました?」

「もうそろそろ、隋への船は出される。だから、最後に言っておく。」

「...はい。」

「世話になったな。」

「……ッ!い、いえ...礼の言葉を言うべきはこちらです。本当にありがとうございました。この御恩は忘れません!」

 

 神子は、声を震わせて頭を下げてくれた。

 そして俺は、屠自古に目を合わせる。屠自古もその目線に気付き、首を傾げる。

 

「屠自古も、ありがとうな。」

「なんの事だかサッパリだが、その言葉は受け取っておこう。」

 

 口が悪いため、感謝されるのは慣れていないのか、顔を赤くしてそっぽを向いた。

 先程の爆笑は、俺が落ち込まないように、俺を笑ってくれたのだろう。屠自古には、どうやら敵わないらしい。

 

────────────

 

 潮風が香る。ゆらゆらと揺れる船は俺を乗せ、隋へ向かう準備をしている。波は、安定していた。

 俺は船から身を乗り出し、陸にいる神子たちに別れを告げることにした。

 

「じゃあな、元気でな。」

「零殿には感謝してもしきれぬ。また会おう!」

「おう、元気でな。」

 

 布都は腕を組み、自信に満ち満ちている声で、また会う約束をした。

 

「あの、頑張って仙人になりますので…あなたも頑張ってください!」

「ありがとう、頑張るよ。」

 

 神子は満点の笑顔で応援してくれた。これに、応えられる人生にしなくてはならないな。

 

「おい、零。」

「なんだ、俺との別れが悲しくなったか?」

「は?この屠自古様がお前ごときの別れに悲しむわけないが?」

「相変わらずだな...」

「と言いたいが、寂しいよ。」

 

 屠自古は、らしくない言葉を真剣な、そして真っ直ぐな表情で俺に伝えてきた。予想していない言葉に、俺だけではなく他の面々も驚く。

 

「私と本当の意味で対等に接してくれたのは、私の人生でお前だけだった。」

「上から目線だったくせによく言うぜ。」

「そうしないと、やってられなかったからな。」

 

 屠自古は何かを俺目掛けて投げ、俺はそれを掴んだ。手を開くと、綺麗な数珠がそこにあった。

 

「それ、私の親から貰った、私が蘇我の家である証拠のような物だ。だけど、いらないからお前にやるよ。私の家系的に、偉くなくてはいけなかった。人より弱くてはいけなかった。都の子どもたちが遊んでいる間、私は大人に囲まれていた。正直、苦痛でしか無かったよ。だが、上から目線で接しても、お前は面倒臭そうな顔を一切せず、同じ机で飯を食らいさえもした。新鮮だったよ。」

 

 いつもの馬鹿にしたような笑い方ではなく、純粋な笑顔を俺に向ける。

 

「ありがとうな。」

「...おう。」

 

 別れの言葉というのは、悲しくなるから苦手だったが、こういうのも悪くない。俺は受けとった数珠を手首にはめる。太陽の光が反射し、輝いている。

 

「そろそろ船を出します!」

 

 船員が帆をまとめる縄を緩めながら叫ぶ。同時に船の揺れが大きくなった。

 

「じゃあな。2人が仙人になった後に、どこかで会おう。」

 

 涙を流し、手を振ってくれた。屠自古も、それは例外ではなかった。船は陸から離れ、ゆっくりと進んでいく。徐々に小さくなっていく皆は、暫くして見えなくなっていた。

 俺は手すりから手を離し、振り返って腰かける。すると青娥が不思議そうな顔で俺に話しかける。

 

「ねぇ、別に隋から戻ったら会えるんじゃあないの?和解もしたらしいじゃない?なんで、そんなに…」

「俺が旅をしている理由、言ったよな。」

「えぇ、確か恋人に会うために、よね?」

「俺の役目は遣隋使の護衛だ。それが終わったら仕事はなくなる。だから、また旅に出るんだ。一刻も早く、彼女に会うために。」

「そう…」

 

 永琳、待っててくれ。俺は潮風を肌に感じながら、空を、いや、まだ姿が見えない月を見上げた。


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