永琳の苦労 Ⅰ 『苦労』
「君の家に住ませてくれないか。」
「………は?」
今思えば、あの言葉がきっかけだった。
まず、彼が本当に人間かどうか調べた。そしたら99.9%人間であることが分かり、こちらとしては良い実験体が見つかったと思っていた。
でも、どの薬にも反応しない。毒薬にすら。実験体と思ったら実験対だった、なんて笑えない冗談よ。二つの意味で。
更には、彼が寝てる間に実験してたはずなのだが、次の日の朝に「俺を実験に使うな。」と怒られた。全くもって理解ができない。
何故、住むこと許可したのだろう。
「おい、永琳。」
「なにかしら?」
唯一喜ばしいのは、彼の顔が整っているということ。面食いの私からすればそれだけでも良しとすることが出来る。と思い込むことで精神を落ち着かせてる。
「今日はちょっと出掛けるから、なんか手伝えと言われても手伝わねぇぞ。」
「は!?ちょっと待ちなさいよ!」
「それじゃ。」
そう言い残し、扉を閉めた。部屋には静寂と私の怒りで満たされ、しかしどうしようもないその怒りは机を叩くことで軽減された。
「あんた腐っても居候でしょ…」
あぁ、銀髪が白髪になる。
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「あぁ、そこはそっちじゃなくてこっち。」
「こっちですか?」
「そうそう。」
普段は零に任せて部下の実習を行っているのだが、今日は私が行っている。あんな人間だが、私が1人で全てを担っていた頃に比べて、非常に楽になったことは確かだ。だからこそ調子が狂う。
「そういえば八意様、神田様は?」
「どっか行ったわよ…」
「あぁ、なるほど…」
なるほど、とはなんだろう。まるでどっか行くのは知っていたかのような口ぶりだ。いや、彼が適当なのは皆知ってるか。
本当はあんなに適当じゃあすぐクビだ。しかし先程言ったように彼が来てから断トツに楽になった。それに加え、頭が私並みに良い。いや、下手したら私よりも…なんて恐ろしいことを考えてしまうほどに。
今日、私誕生日なんですけど。誰もおめでとうって言ってくれない。泣いて良いだろうか。
「薬の材料が切れたわね。買いに行くわ。」
「私が行きましょうか?」
「いや、良いわ。外の空気も吸いたいし。」
「そうですか。分かりました。」
「じゃあ行ってくるわ…」
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「38900円になります。」
「4万円からお願いします。」
「はい、1100円のお釣りになります。」
もう一日が終わる。結局誰にも祝われなかった。もう、なんなのかしら…
帰り道、私は視線を道に落としながら歩いていた。私はいま、あからさまに落ち込んでいる。
「あら、八意さんじゃないの。」
「え?あ、どうも。」
私くらいになれば、都の中心人物として有名なのである。たまにこうして街の人から声をかけられたりする。
「あんた、良い部下を持ったねぇ。」
「え?」
「ふふ、それじゃあね。」
「え、ちょっと…」
それだけを言い残し、その場を去っていった。一体なんだったのだろう。分からないが、再び目線を定位置に落とし、帰路に着く。
「はぁ、もう6時か。」
今から自分の誕生日プレゼントを買うというのも、もう億劫になっている。というより、どうでも良くなっていた。だが、せめて部下には祝われたかった。
悲しみに耽っていると、目の前にはもう家の扉があった。私だけの特別な日は、特別も何も無い、いつも通りの苦労で終えるのだ。そう思いながら扉を開ける。
「お誕生日おめでとうございまーす!!」
「え?」
扉の向こうは色鮮やかな装飾と、暖かいクラッカーの音の出迎えがあった。部下全員が私を見ていて、その真ん中にはにっこりと笑う零の姿もあった。
「おめでとう、永琳。」
理解が出来なかった。最高の頭脳を持ってしても、数秒かかった。しかし、理解している最中、自然と目から熱い何かが流れ出てきた。
「泣くなよ。そんなに嬉しかったのか?」
「うるさい!」
笑いながら私の反対側の肩を掴み、顔を近付け煽るような口調をする零を、私は誤魔化すように軽く叩いた。
「全部、神田様が計画したものなんですよ。」
部下の一人が嬉しそうな口調でそう言った。
「う、うそよ…だって…きょうどっか行ってたじゃない…」
「あれは、誕生日のために買い物をしに行ってたんだよ。」
今日一日、彼は実験室から離れていた。今まで彼が実験をサボることなど日常茶飯事だったが、わざわざ仕事を手伝わないということを報告してきたのは確かに初めてだった。
帰り道に言われたことを思い出す。
「あんた、良い部下を持ったねぇ。」
それは、零のことだったんだ。
「じゃあ、今日は飲むぞ!」
「おおおおおおおお~~~~~!!」
零が中心となり、この場を盛り上げる。部下もそれに続きバカ騒ぎをする。無礼講と言って酒という酒を開け始めた。
こんなこと、今まで経験したことがなかった。
「永琳。」
零が私を呼ぶ。彼は何やらイタズラをしている子どものようなワクワクした表情をしながら、懐から何かを出す。
「はい、プレゼント。」
「こ、これは…?」
「首飾りだ。綺麗だろう?」
そこには、ブリリアンカットが施された光輝く宝石が何個も付いている首飾りがあった。首飾りは疎か、装飾品を身につけたこともなかった私からすれば、新鮮な感情だった。
「綺麗…」
「これ買うために、結構節約したんだぜ?」
「あ……ありが……とう…!」
その日は仕事のしの字も無い、楽しく、にぎやかに、夜が深くなるまで騒いだ。それもこれも、何もかもが初めてだった。私だけの特別な日が、経験もした事の無い生涯において特別な日となった。
そして…
「今日はありがとね。」
「かまわないよ。これは今までのお礼も兼ねてる。」
「そう…」
部下たちが身動きが取れないほど酒に浸り、騒いでいる人はもう居なくなった。床に寝転がっている部下を避けながら、私と零は外の風に辺りに来ていた。
今日は、まるで月も祝っているかのように満ちていて、綺麗に輝いている。
「俺は、お前には感謝しても仕切れないんだよ。」
「え?」
「お前に出会って一年弱か。」
「えぇ、そうね。」
肯定しながらも、もうそんなに経っていたのかと、微笑んだ。彼は月を見つめている。
「俺は、いつも適当で、大雑把で、やる気が無くて…でも、そんな俺をお前は受け入れてくれた。優しくしてくれた。一緒に笑ってくれた。」
いつも、彼はこんなにも私を思ってくれていたのか?嬉しさと同時に悔んだ。私は彼を軽く見ていた。
「たまに俺を実験台にするが…」
「一言余計。」
「ハハ…でも、それでもお前には感謝してる。初めてであった人間が永琳でよかった。」
「うん…」
彼の視線が月から私へと移った。目が合い、彼は優しく笑う。月明かりに照らされている彼は、綺麗で美しく、どこか妖しかった。
未だ、私は彼のことが分からない。だからこそ、彼をもっと知りたい。彼のことについて、彼以上に知りたいと思っていた。
「この星も、この都も、ここの人たちも、俺は好きだ。もちろん、永琳のことも大好きだよ。」
「そ、そう…」
嬉しかった。でも、彼が言っている『好き』は、そういうのではないのだろう。なのに私はその言葉に心臓を大きく動かしてしまう。そうか、私は彼のことが好きなのだ。
ズルい。本当にズルい。私だけがこんなにもドキドキしているのに。
「零、こっち向いて。」
「ん?なん………!」
反撃をするまでよ。私は彼にキスをした。少しでも私を意識して欲しくて、少しでも彼を感じていたくて、月の光に照らされたキスを、私は彼に捧げた。
彼も最初こそ驚いたが、抵抗はしなかった。
「私は貴方のことが、『好き』。貴方は…?」
「………」
やっぱり、ダメよね。こんなんじゃ…
無理やりキスをして、私はなんてことをしてしまったのだろう。
私は彼から視線を外した。しかし、彼は私の顎を親指と人差し指で摘み、私の目線を再度彼の瞳へと移させた。
「……さっき言っただろ?」
「え?」
「お前のことが大好きだって。」
「え、それって…」
彼が妖しく微笑んだ。また、心臓が動く。
「愛してるよ、永琳。」
彼は私にキスをした。