「芳香ちゃん、声が出てないよ?何を言っているか分からないじゃあないか。」
『ふざけるな』、そう言いたい。でも、喋れない。口を動かすだけでなにも喋れない。
アイツが座っている椅子の隣に、私の体が座っている。私の首はここにある。つまり、生首だ。呪文により、生きている。痛みはあるのに、死ねずにナイフで斬られた痛みのみが鮮明にある。血は出てないが、これも呪文だろうか。
私の首は檻の中にある。本来、小動物なのが入れられるであろう小さい檻。
「フフフフ……可愛いなぁ芳香ちゃん。愛してるよ。」
貴様のような異常性癖の変態野郎に愛されたくなどない。ぶっ殺してやる。そう思っていても、私の体は膝の上に手を置き動こうとしない。
コイツが死ねば、私も呪いが解かれて死んでしまうだろう。しかし、そんなことはどうでもいい。早く、目の前の妖怪を殺してやりたい。
「怒った顔も可愛いね。でも、芳香ちゃん。虫、嫌いなんだろう?」
妖怪は不敵な笑みを浮かべると、ナメクジやゴキブリなどの虫が私の身体を這い始めた。しかし、それはどこか性的に舐めまわされているように、ゆっくりと這っている。気持ち悪い。吐きたくても、口からは何も出てこない。
「それ、困るんだよねぇ。だって僕、虫の妖怪なんだから。」
ユーベはゆっくりと立ち上がり、私に近付いてくる。そして彼はニヤつきながら大きく口を開き、その長い舌を出した。その舌の上に、見たこともないほどの大きな蜘蛛が私のことを見つめていた。喉の奥から百足、タガメ、カマキリなどの肉食の虫が吐くように溢れ出てくる。
私は、自分の顔が青くなるのがわかった。そして、やつが今からすることも、容易に想像できてしまう。
「好きになってもらわないと。虫も、僕のことも。だから、『慣れて』くれよ?」
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瞬間移動して辿り着いたのは、暗くジメジメとした虫の好みそうな廃墟だった。しかし、俺の鼻に感じるこの匂いと、波長から見えるその姿に、俺はとてつもなく大きな絶望を感じざるを得なかった。
「あそこから芳香の…気配がする。」
「零さん、どうしました...?」
美鈴は俺の様子から、不安を大きくしているようだ。俺には、芳香の結末が分かってしまう。だからこそ、心が抉られる感覚に苛まれる。この感覚は、長い間生きてきて慣れたことは無い。慣れたくもない。
「青娥。」
「な、なに?」
「...動じるな、目の前の妖怪を倒すことに集中してくれ。」
「え?」
俺はカビで黒く染まっている扉を開ける。目に入ってきたのは、首のない芳香の裸体とその隣に座る男の姿。男が俺たちの存在に気がつくと、ゆっくりと立ち上がりこちらに体を向ける。その際に、男に隠れていた後ろの檻が見えた。
檻の中には生気の感じられない芳香の首が入っており、蜘蛛やムカデなどが口や耳の中を出たり入ったりしている。
「なんですか?貴方達は、夫婦円満の時を邪魔し…」
「『熱の細胞』ッ!」
「グッ!?」
俺は有無を言わさずその男を『熱の細胞』を拳に纏い、顔面を殴り抜けた。男は勢い良く吹っ飛び、芳香の首が入った檻の向こうにある壁にぶち当たる。壁に罅が入ると、その罅からも虫が湧き出る。
「熱っちィィィ!?」
「そうかそうか、熱いか。じゃあ冷やしてやるよ。『冷の細胞』。」
俺は地面を蹴って奴に近付き、腕を掴む。そこから『冷の細胞』でユーベの腕の筋肉や血液など全てが凍り罅割れる。そんな脆くなった汚らわしい腕をもぎ取り、投げ捨てる。すると腕の凍結は嘘のように溶け、裂けた腕が転がった。
「ハァ……ハァ……」
「…ッ!」
ユーベが、零に取られた方とは逆の方の手を向けた。俺は、不審に思い飛び退いた。その手から何か呪術の力を感じる。妖力などではない、別の力。
「いい勘してるじゃないですか。貴方に呪いを掛けようとしたんですよ。」
そのかざした手を引っ込めながら気持ち悪く引き笑いをする。片腕からは大量に出血しているにも拘わらず、奴は嬉しそうにしていた。
「…何故、芳香を狙った?なにか企んでいるのか。」
「フ、フフフ…少し、下品なんですが…人の生首や首のない身体を見ると、性的快感を得れるんですよ。刺激もしてないのにね。」
理解が出来なかった。コイツの勝手な性癖の為だけに、芳香は死ななくてはならなかったのか。嫌いな虫に覆われ、無惨な姿に変わり果てた。
怒りで握った拳から血が垂れる。その血が滴った手で変態野郎を指差し、睨みつける。
「テメーはこの俺が殺す。できるだけ苦痛を与えてやるから覚悟しろよ。」
「おぉ、怖い怖い。落ち着いてくださいよ、『神田零』さん。」
「...何故、俺の名前を知っている。」
名前をわかるのはいい。恐らく偵察に送った虫から仕入れた情報だろうから。しかし、虫のいる前で俺の姓を口に出しても出されてもいないはずだ。
俺の質問に、ユーベは呆れたように鼻で笑う。
「『神田零』。カスみたいな名前ですね。元々の名前がよかったのに。」
「何?」
「この事件を起こしたのは、芳香ちゃんを愛する為と、あんたを殺す為に起こした。王への呪いも、恐らく挨拶のために出会うであろうと、罠としてかけておいたのになぁ。意外と王は勘が鋭いらしい。」
何者なんだ、こいつは。元々の名前とはなんなんだ。俺の正体を知っているのか。そうだとしても、何故こんな一端の妖怪が知っているのだ。
ユーベは不気味な笑みを浮かべ、心底楽しそうに笑い飛ばす。
「さて、始めましょうか。血が飛び交う、ダンスショーを!」