ユーベは片腕の断面を抑えながらも、まるでちょっとしたゲームを楽しむかのように笑っていた。その不気味さ、そして狂気に嫌悪感を抱いていた。
「フフフ……貴方のフルネームと、『元々の名前』を知っている理由を教えてほしいんですね?そうなんでしょう?」
「『元々の名前』っていうのはなんだ?俺が何者か分かるのか?だとすれば、何故お前のような妖怪に俺の正体が分かる?」
俺の質問を聞いているのかいないのか、ユーベは落とされた腕を拾って、まるで元は自分の物ではなかったかのように、気持ち悪がって指で持ち上げた。
「他人のものには興奮するんだけどなぁ……うわぁ、エグいな…」
汚いものを触っているようだった。それを適当に投げ捨てる。繋がっていた腕の断面から赤黒い血が滴っているのだが、反対側の手をかざすと血が止まった。
「…それで、何故知っているか、ですね。良いでしょう。教えてあげれる所までは教えましょうか。」
ユーベに嘘をつこうという意思は感じられなかった。しかし、念の為と『ディア』を使ってみたのだが、何故かノイズがかかり、それを覗き見ることが出来なかった。
「さて、まず……というか、全部そうなんですが、貴方の名前を知ったのは『黄泉』で知りました。」
「なに?つまりお前は…」
ユーベは俺の言いたいことを悟ったように、話した。
「はい、死んでいます。そして、一時的に生き返りました。黄泉の入口が塞がっていたって、隙間がありますからねぇ。僕のような体を虫に変身できる者や、物を遠隔操作出来る者は出入りが出来るんですよ。勿論、黄泉の中と外では環境が違いすぎて、中にいる人にも悪影響が及ぶんです。出られる者は極わずか。」
もしかすると、布都を操った妖怪も黄泉から来たのかもしれない。布都曰く、その妖怪も執拗に俺を殺すように仕向けていたらしい。そしてこいつも、黄泉から来た。
しかし、須佐之男は違うだろう。しかし、アイツも俺のことを捜していたようだった。
「それで、なんで俺のことを知ってる。」
「ダメダメダメダメダメ。これ以上は教えられませんねぇ。」
「は?」
「これ以上話せば『あの人』に殺されてしまうのでね。」
やはり『あの人』か。件の妖怪も、真実を話せば『あの人』とやらに殺されると言っていた。話から察するに、『あの人』が俺の命を狙う黒幕だろう。俺を殺せば、コイツらに何かしらの利益をもたらすのだろう。
いや、こんなことを考えている場合ではない。早く、この屑を殺さねばならない。
「あ~あ、僕のもげた腕が視界に入るなぁ。潰そ。」
そうすると、ユーベは生々しい音をたてながら転がった腕を足で思い切り潰した。そこには血が飛び散り、広範囲に広がっている。
今までの敵の中で一番何がしたいのか分からず、狂気じみていた。コイツは生かしてはいけない。殺さなくてはならない。俺は拳を構える。
「『熱の細胞』。」
「おやおや、またそれですか。それ結構熱いんですよ。私のような妖怪じゃなければ一瞬で溶けているでしょう。」
「そりゃ結構。狙ってやってるんだよ。」
俺の拳が赤く発光し、徐々に熱が増していく。それに比例し、赤い拳は白へと変色していく。
「全く…黄泉に帰す気ですか?」
「いい勘してるじゃあねぇか。」
「良いでしょう、かかってきてください。」
思いきり地面を蹴る。今までで最速の速さ。奴の顔面を掴み、廃墟の壁に叩きつける。この屑の顔面から骨が見えるほど溶かしてやる。
「アアァァァアアアァアッ!!」
ユーベはあまりの熱に顔を溶かしていく。しかし、ソイツは逃げもせず、俺の腕を掴んだ。そして、コイツはまたしても笑い飛ばした。
「捕まえたぁ!」
文字通り顔を歪ませながら、俺の手の中でそう叫んだ。その瞬間、視界がグニャリと変形していく。吐き気がする。これは、コイツの呪いか?
あまりの気持ちの悪さに、全身の力が抜ける。
「アッチィィィィィッ!」
「うッ...おぇ...」
「ハァ…ハァ…い、痛い。フフ…まぁ、いい。これでようやく術にかけれた。」
爛れた皮膚を引き剥がし、筋肉が露呈した顔面を青娥たちに向ける。次は、二人を狙うらしい。
「神田零は呪いをかけられた。これで、もう脅威は去りました。次は、貴女達だ。」
ユーベは、荒い息で二人に近づく。ゆっくり、ゆっくりと。まるでゾンビのように二人に迫る。
しかし、その二人は何も焦らず、逃げようともしなかった。
「…いや、貴方は負けたようね。」
「は?」
「師匠の攻撃は続いている。」
「クク...ハッハッハ!何を言っているんですか!?零さんはここに倒れ込んで…え?」
その姿は居ない。辺りを見ても居ない。俺の姿は、奴の目には映らなかった。慌てて俺の体を探す。
「ど、どこだ!?どこにいる!!」
「居るじゃあないの、貴方の近くにね。」
ユーベは足を掴まれた。恐る恐る、下を見る。そこには、ダイヤモンドよりも硬い、青く輝く手が飛び散った血から出て、足を掴んでいた。
「なんだこれは!?」
「俺の手だよ。」
「何!?」
俺は、まるでそこが深さのある泉のように、その血溜まりから身体を出した。ユーベの顔は、皮膚がなくなっていても分かるぐらい、驚きと恐怖で染まっていた。
「さっきお前、腕を潰しただろう?その時、血が飛び散った。その時思い付いたんだよ。『自分の細胞を分裂させ飛び散った血の中に潜り込む』ってね。」
「なんなんだ…貴方は!?私の呪いはどうしたんだ!?」
「俺は、細胞一つ一つが生きているんだ。全細胞を分裂させて、呪いという毒素が残った細胞を殺処分したんだ。新しい俺を創り、古い身体の俺を殺した。記憶だけを残してね。」
自分でも、こんな狂気じみた方法はおかしいと思っている。しかし、狂気には狂気で対抗しなくてはならない。
「死んで償え。お前はこの世界に必要とされていない。」
「やめろ…」
「ダメだね。『熱の細胞』。」
ユーベ=ナイトバグが溶けてゆく。体から出てきた油に火が付き、全身を火が覆う。その火達磨の足を引っ張り、暴れられないように廃墟の床に押さえつける。
骨が見えても叫び続けていたが、息もできないそれは次第に静かになったいき、無様に死んだ。
俺は手を放し、自分の細胞を集める。全てが終わると冷静さを取り戻していき、俺は芳香の存在を思い出す。
「…芳香。」
芳香を見れば、付いていた虫はもう消えていた。当たり前だが、返事がない。死んでいる。元気であどけない芳香の瞳に輝きは宿っていなかった。
「…クソ!」
俺は地面を殴る。何度も殴り、皮や肉が削れ骨が見えるまで殴り続けた。
「……零。」
「身近な人が死ぬのはこれで二度目だ。奴らは俺を狙っていた。俺が、芳香や屠自古に関わっていなければ死んでいなかった!」
「零、こっちを向きなさい。」
青娥は静かに俺を呼ぶ。青娥の方に顔を向けると、彼女の目からは大粒の涙が零れていた。そんな彼女の手は、大きく振り上げられ、思い切り俺の頬を叩く。
「貴方のせいじゃない。全部自分のせいにしないで。大きい責任を一人で持ち込もうとしないで。貴方がその責任に押し潰されているのを見たくはないわ。私達が居るのよ。重い荷物を皆で持つように、大きい責任は皆で背負いましょう?」
俺はその時、初めて泣いた。そんな俺を、青娥は強く抱きしめた。迷いなく、俺を抱きしめた。
その光景に美鈴は驚いたが、視線を落とし、俺から視線を外す。
「安心して。芳香ちゃんは私が何とかするわ。」
後悔の念を残して、俺達はその場を去った。