あれから数ヶ月が経ち、遣隋使達はあらゆる知見を得て、ついに出発の日の前日となった。隋の王から呪いを解いてくれたお礼を頂いたが、旅にそれほどの大金は要らないため、九割は神子達に寄付することにした。
そして、やはり美鈴は付いてくるようだ。
「本当に良いんだよな?」
「はい!師匠に付いていきますよ!」
「な、ならいいんだが…」
師匠に忠実な愛弟子だ。俺には勿体無いぐらいの。
しかし、まだ随分と先の話になるのが、いつかは師匠離れしないといけない。師匠離れをしたら、美鈴が弟子をつくれると自信が持てるぐらいの気持ちで修行を挑んでほしい。若しくは、誰かを守る存在になってほしい。自分勝手な師匠の願いだがね。
「そう言えば、あれから青蛾さん見てないですね。」
「そうだな、どこにいるかも分からん。」
芳香の死から、青蛾が忽然と姿を消したのだ。いや、『ナビゲーター』を行えばどこにいるかなんて分かるが、彼女人生は彼女の自由だ。そっとしておくのが正解なのだろう。
しかしそうは言っても、確かに彼女の行方は気になるのだけども。
芳香が死んだことを隋の人達に伝えるのは辛かった。やはり、芳香はみんなから愛されていたらしい。みんな悲しんでいた。泣いている者も居た。妖怪に怒っていた者も、悔しがっている者も、隋の人間全員が愛していたのだ。
「なんか、師匠に出会ってそんなに経ちませんが、既に濃い人生です。」
「多分これからも濃いぞ。なんせ、何者かに狙われているからな。」
「そうですね。」
そう言い、美鈴は苦笑いをする。それもそのはずだ。あのような辛い体験は、これっきりが良いだろう。だが、そうもいかない。この星に着いた以上そうなる運命だったのだろう。この星…か。
俺は何者なんだろうか。そもそも、宇宙に居たんだから永琳に会えるだろうと思っていたが、元々の種族になれなかった。元々何かが分からなかったから。
なんという皮肉だ。人間にならなければ永琳に月まで会いに行けたのだが、人間にならなければ永琳に出会えなかった。
残酷過ぎる。それも、苦しいほどに。
「師匠?」
難しい表情を浮かべていたのだろう。心配した美鈴が、俺の顔を覗き込む。
「いや、なんでもない。気にするな。ほら、明日に向けて体を休めよう。」
「そうですね、分かりました。お休みなさい。」
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翌日、もうそろそろ出発の時刻になる。結局、青蛾は現れなかった。
「あ~、いよいよ師匠の故郷に行くのですね!ウキウキしてきました!」
「そうかそうか、良い所だからな。」
そんな楽しみを抱いていたようだが、次第に美鈴の視線は床に落ちる。
「青蛾さんは…どうしたのでしょうか。」
「彼女の人生だ。自由にさせてやってくれ。」
「は、はぁ。でも最後くらい、顔だけでも見せてくれても…」
「最後じゃあないわよ!」
そんな俺たちの会話に、その声は高らかに割って入ってきた。聞き覚えのある声だ。俺達は声のした方へと視線を向ける。
そこには、数ヶ月姿を現さなかった青蛾の姿があった。そして、その隣にもう一人、いるはずのない女性の姿があった。
「芳香!?」
額にお札をつけている芳香がいたのだ。彼女は死んだはずだった。しかし、目の前にいる。
「待たせたわね!」
「待たせたぁー。」
青娥の言葉を、芳香は幼い子供のような口調で繰り返した。
「待たせたって…どういうことだよ?」
「キョンシーよ。だから、記憶はないけど、ちゃんとここに芳香がいるわ!」
「えぇ…?」
「……なんか反応がおかしいわね。」
美鈴も同じように思っているのか、少し引くような声が漏れていた。なんというか、形容し難い感情が複雑に入り交じっている。
「いや、気持ちはうれしいよ。ありがとう。でも…何て言うかな…」
その気持ちは嬉しい。俺のことを思ってかもしれないが…それは芳香の意志とは関係なく、その身を復活させられているのだ。
俺は頭を悩ませた、どうしたものかと。そんな様子を見て、芳香は首を傾げている。
「レイ、どうしたー?」
「なッ!?」
記憶が無いはずの芳香の口から、俺の名前が出てきた。自然に、あたかも記憶があるかのように。
「あれー?なんでこの人の名前分かるんだろ?でも、なんか安心する!」
「この娘に零の名前は言っていないのに…どうして?」
芳香は曲がらない腕をブンブン振って、「ちーかーよーれー」と言ってる。芳香が俺の名前を言ってくれた瞬間、涙が出そうになった。
俺は彼女に近付き、頭を撫でた。気持ち良さそうにしている彼女の笑顔を見て思った。
「青蛾、ありがとうな。」
「どういたしまして。これからよろしくね!」
「え?これから?」
「これからぁ?」
「えぇ、私達も零についていくわ。彼女、生前に零の弟子になってみたいとか言ってたじゃない?だから、ね?」
あの時か。よく覚えていたな。
「そうだな。一緒に行こう。」
「本当に!?やったー!」
「やたー!」
青娥は芳香を抱きしめながら喜ぶ。関節が曲がらない芳香は抵抗もせずに笑っていた。
「その前に体の柔軟性が必要だな。」
頭を撫でるといい香りがする。お札の効果だろうか。死体の独特な臭いというものはない。取り合えず、子どもを撫でているようで、可愛い。後ろで小さくガッツポーズしている青蛾も含め。
これからの旅は楽しくなりそうだ。美鈴、青蛾、芳香…そして俺の旅。一人だけだったはずの旅に新しい光が差し込むことに思わず微笑みながら、俺は船の出航を待った。