あれから、私と零は恋人という関係となった。だから、彼とイチャイチャしたり、大人っぽいことをしたり、そんな想像をこの天才の頭脳で行っていたのだけれど…
「永琳、そこの薬取ってくれ」
そんなことは一切無かった。全てが今まで通りだった。拍子抜けだった。いや、まぁ、良いんだけどさ。もう少しラブラブとしたイベントがあっても良いのではないのかなと思うのだけれど…
「永琳?どうした?」
「え!?あ、なに?」
「いや、だからそこの薬取ってくれ。」
こんな風に、彼は今までのように私の手伝いをしている。余計な事は一切していない。まぁ、なんて素晴らしい助手なのでしょう。今までのサボりをこんなに願う日が来ると思わなかった。
「分かったわ。これかしら。」
「ん、ありがとう。」
「どういたしまして…」
もう諦めたほうが良さそうだ。まぁ、仕事と私情を混ぜないのは本当に良いことではあるし、このまま仕事を終わらせるとしよう。
頑張ろうと気合を入れた所に、部下が慌てた様子で部屋のドアを激しい勢いで開けた。
「八意様、神田様!妖怪が数匹、都を襲っています!」
「なんですって!?」
「知ってる。」
「え?」
知ってる?冷静に薬品を調合しながら「当たり前でしょ?」とでも言うように興味なく彼は呟いた。
「なんで知ってるの?」
「匂いと波形で分かった」
私の鼻には薬品の匂いしか通っていない。それに、波形というのは一体なんのことを言っているのだろうか?
彼は説明をするでもなく、合わせた薬品を漏斗から試験管に流し込み、軽く一息ついた。
「じゃあこれの反応を待ってる間に処理しに行こうか。」
「え、えぇ…」
つくづく、彼が何者なのか分からない。
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襲撃してきた妖怪を退治し、何とか収まった。今回のように都へ襲撃してくる妖怪はあまり多くはない。が、彼の力もあり難なく対処ができた。
そう、彼の力が…
「ねぇ、零。」
「どうした?」
やはり、先ほどのことを無視するわけにはいかない。彼の頭脳や彼の能力は、文献にも載っていないし、出会ったこともなかった。彼自身も分かっていないようだし、その為に私の元へとやってきたわけだから。
「貴方、さっき匂いと波形で妖怪が居ること知ってたみたいなこと言っていたけれど、ここから私たちがいた研究所まで結構離れてたわよ?鼻が良いって言葉じゃ済まされないわ。」
犬なんか、比じゃない。距離にして約30km。余程強い力を持った何が本気を出さない限り、とても存在なんかを感じ取ることはできない。
「う~ん、俺の能力みたいなものかな。」
「と言うと?」
「これは完全に俺の予想になるのだけれど、永琳は人間の脳は100%中10%しか使われていないっていう仮説があるのは知っているか?」
「えぇ、まだ判明はしてない最近できた仮説ね。」
その仮説と零の異様な能力はどのように結びつくのだろうか。それに、彼もあくまで予想ということで、彼自身も断言ができるほど確信はしていないのか。
少なくとも、これが一番近い彼の仮説ということだ。
「もしかしたら、俺は脳を100%活用できているのかもしれない。」
「…なるほど。なぜそう思ったの?」
もちろん、仮説を立てるからには、仮説を立てるに至るまでの経緯がある。私はそれを彼に問うた。
「なんでも出来るんだ。」
「なんでも?」
「あぁ、そう。『想像したことが何でもできてしまう』んだ。」
「んな馬鹿な…」
やはり、彼は人智を超えている。人間は想像することを叶えることができるとはよく言ったものだが、彼の場合、叶えるまでのプロセスは皆無であるということなのだろう。
全てが自分の想像通りに動く、全てが想像通りに実現する。それはもはや、人間と言えるのだろうか。
「あぁ、人間じゃない。」
「え!?」
私の心を読まれた。きっと証明するためにわざと読んだのだろう。
「俺は元々人間じゃない。」
「じゃあ、元々何よ。」
「分からない。」
そう、彼はずっと『分からない』のだ。元々人間ではないのは初耳だが、彼はずっと自分の正体を追っていた。
「なんの為に生まれたかも、誰が生み出したのかも、何も分からないんだ。」
彼の表情は、酷く悲しそうだった。恋人として彼に何か出来ることはないかと脳を働かせた。何とか零の正体が分からないか。
「月に行きましょう。」
「え?月?」
「月には世界の真理について書かれた本があるって噂で聞いたことがあるわ。」
「世界の真理?」
「そう、その本はありとあらゆる種族にことが載っているらしいの。そのほかにも、宇宙の始まりや、宇宙の外のことも載っているみたい。」
我ながら素晴らしい案だと思う。彼の種族はなんなのか、彼しか存在しない種族だとしても、何かヒントになる情報はきっとあるはずなのだ。
「本当か!?」
「えぇ、私もずっと前から行ってみたかったし、ついでよ。」
「ついでかよ。」
なんだか彼が喜んでくれたようで、ちょっと恥ずかしくなった私は「ついで」なんて言ってそれを隠した。きっと彼にはバレているのだろうけど。
「あ、言っとけど、今は人間だからな。」
「分かってるわよ。」
明日から忙しくなるだろう。だが、私の恋人の為だ。これしきの事で疲れることしない。明日から頑張るとしよう。
「永琳。」
「ん?なに?」
「ありがとうな。」
彼の笑顔は、やはりズルいと思う。私は顔を赤らめて足早に研究所へと向かった。