亜空間から出ると、そこは都の外だった。夜風は強くなく、弱々しい。ゆったりと靡く花に、青い蝶々が蜜を吸っている。
月明かりに照らされた八意永琳は、俺を見つめて嬉しそうな表情で、目から溢す。
「久しぶりね…本当に。」
「あぁ、久しぶりだな。」
別れ時とは違った涙が頬を伝っている彼女に対し、俺は微笑む。近付き、彼女を思いっきり抱き締めた。強く、もっと強く。
「……ごめんなさい。ごめんなさい…!」
「何で謝ってんのさ?君はなにも悪くない。」
多分、別れた時の事を言っているのだろう。彼女は悪くないというのに。俺だって、何か方法はあったはず。なのに、あんな自ら死を覚悟して行うような方法を選んだ。俺こそ、悪い。
「永琳…会えて良かった。君に会えて、こんなに嬉しかったことしかない。なのに今まで、悲しい思いをさせてしまった。」
「ち、違う。確かに、悲しかったけど…でもそれは、私達を守ってくれたから。」
あぁ、こんな俺を思ってくれていたのに、どうして悲しませてしまったのだろう。
胸が痛い。苦しみを感じる。だが同時に、長年味わえなかった温かみを感じる。香りを感じる。肌の触れ合いを感じる。
「零…」
彼女は目を瞑り、唇をこちらに向けている。薄紅色に潤ったその唇を、向けている。俺はその柔らかいであろう魅力から耐え、永琳の頬を触れる。
「今はダメだ。」
「え…」
「あいつらがいる。」
木の影に目をやる。隠れているつもりか、団子のように重なった複数の顔がこちらを見ている。
「良いわよ。なんなら、見せつけましょ。」
「…フフ、変わらないな。そうだな、こんなに祝うべき日に、人目を気にしちゃ味気ない。」
永琳は再び目を閉じた。美しい顔立ちに、俺は惚れる。いや、昔から惚れている。
俺は、そのまま唇と唇を重ねた。熱く、熱く重ねた唇は、懐かしい。暫く、その甘くふわふわとした果肉を味わい、そしてゆっくりと離してその煌めき艶かしい瞳を見つめる。
愛おしく、俺は彼女の頭に手を置いて優しく撫でる。まるで猫のように目を閉じてその心地良さを感じている永琳に、我慢できずに抱きしめた。
「追っ手が来てもいいように、隠れるように住んだ方がいい。」
「貴方は?一緒に暮らしましょう。」
「…ある程度一緒にいることはできる。だが何故か追われているんだ、俺も。」
「そんな…」
「安心しろ。定期的に帰ってくる。」
腕の中に永琳の香りを感じながら、『ナビゲーター』で人が入りにくい、そして見つかりにくい場所を探す。するとすぐに見つかった。竹林だ。広範囲の竹林、あまり整っていないことから所有者はいないと思われる。
抱きしめた力を緩め、その代わり永琳の手を握る。永琳はその手に微笑んだ。
「おい、お前ら。こっちこい。」
「き、気付いてたんですか。」
「その上で見せてたのね…」
覗き魔どもを呼ぶとなんとも複雑そうな表情で木の影から出てきた。
「永琳があんなに笑ったの久しぶりに見たわ。」
「いいな~。」
芳香のそれはどういうことだ。
「お花の蜜の味が分かってて。」
蝶々の話かよ。いつまでもマイペースな芳香に、思わず笑ってしまう。
永琳はというと、腰に手を当て胸を張り、俺の旅仲間に満面の笑みで話しかけていた。
「羨ましいでしょ。」
「全くよ!」
初めまして、となるはずの青娥に対して、その自慢の仕方は流石と言える。青娥も青娥でわざとらしく悔しそうに振舞っている。コイツらは仲良くなれそうだな。
「落ち着け。取り合えず…俺に掴まれ。移動するぞ、」
「はーい、分かりました。」
美鈴、青蛾、芳香は直ぐに俺に掴まった。永琳も思い出したかのように、せっせと近付いてきて俺の腕に抱きついた。対して、輝夜はポカンとしてる。
「輝夜、俺を掴め。最初にあった時のこと思い出せ。どうやって俺たちは屋敷から帰って行った?」
その言葉に、輝夜はやっと思い出したようで、俺の袖を掴んだ。準備は出来た。
それにしても、永琳め。胸を当てやがって。分かってやっている。いや、青蛾は対抗しなくていい。
「絶体離すなよ。『瞬間移動』。」
刹那、空間が歪み、世界の色が流動的に混ざり合う。暫く、その景色に耐えていると、逆再生のように動き出し、歪みが直るとそこは竹林の中だった。
「よし、着いた。」
「うおぉ…これが月の英雄の力…」
「その名称はやめてくれ。」
数え切れない程の竹がいい加減に並び、自然の美しさに心が和む。ここに、永琳たちの家を建てるとしよう。
俺は亜空間から木材や瓦を取り出す。集中するように深呼吸をする。手を合し、精神統一。『遠隔操作』で家を建築し、同じく『遠隔操作』やその他の能力の応用で足りない素材を地球の元素をかき集めて生成する。
「『創造』。」
ものの数秒で、竹林に紛れる雅を感じる家が建った。
「すごい…」
「だろ?」
輝夜が感動しているのを見て、素直に嬉しく思う。俺達はそのまま家に入る。中の家具なども問題なく創造できている。
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一先ず、厄介なことは終わったということで、酒を飲む程の元気もなく、そのまま寝ることとした。
部屋も布団も人数分揃っている。美鈴と輝夜。青蛾と芳香。俺と永琳がそれぞれ同じ部屋で寝ることとなった。
俺は永琳と一緒に窓から満月を見上げていた。
「月が輝いている。」
「えぇ、そうね。」
静かな夜。こんな夜に無粋かもしれないが、懸念していることを永琳に問う。
「この星に住むことになって、良かったのか?この星は穢れている。寿命というのが付いてまわるぞ。」
「そう、ね。話さなくてはならないことがあるわ。聴いてくれる?」
俺はその問いかけに頷く。永琳は月を見上げたまま、話を続けた。
「私が、不死の薬を創った理由なのだけれど、貴方に会うためなの。」
「俺に…?」
「この星に降りてしまえば、長くは生きられない。でも、不死の薬を飲めば、あなたと暮らしていける。それに、禁忌の薬は創るも飲むも大罪。私は地上に堕とされるであろうと、確信していた。」
罰を利用して、この地球に帰ろうとしていたのか。そこまでして、俺に会おうとしていた。しかし、輝夜はどういうことなのだろうか。その疑問に、永琳は分かっているかのように応えてくれた。
「でも、私の月の都への影響は予想を遥かに超えるほど大きかった。月読は私の罪を姫様に擦り付け、その薬も姫様に飲ませた。」
「その結果、罰は輝夜が?」
永琳は苦い表現で頷く。輝夜のそれは本意ではなかったのだろう。俺は彼女を抱き寄せ、その手で頭を撫でる。
「フフ、ありがとう。でも、姫様が巻き込まれたのは、許されることでは無いわ。」
「そうか。なら、この先ずっと輝夜の世話をしていけばいい。それが永琳の償いだ。許されないなら、そのまま償い続けるしかない。」
「…酷ね。」
その言葉とは裏腹に、永琳は頬を緩ませて俺の肩に頭を預けていた。
「さっきの質問だけど、つまり私も不老不死となったから、死ぬことは無い。貴方を永遠と愛せるわ。」
「そりゃ最高に幸せだな。今まで会えなかった分、いや、その何億倍も愛するよ。」
俺は額にキスをする。すると、永琳は顔を赤くしながら目線を逸らして俺の指と自身の指を絡ませる。
「その…今日ってどうする?」
「…どうするって?」
「分かってるくせに。その、久しぶりにあった訳じゃない?だから…ね?」
恥ずかしかって更に顔を赤くしている。可愛い。
「今日は熱くなりそうだな。」
「……」
「なぁ、永琳。」
「なぁに?」
俺は永琳の服を軽く脱がす。肩が露呈し、胸の谷間に月明かりの影が落ちる。白い玉のように美しい肌に触れると永琳は体をビクつかせた。
やっと会えたんだ。愛する者に。俺は胸の高鳴りを抑え、息が少し荒くなった熱っぽい永琳に、俺が表現できる精一杯の愛情を言葉で伝える。
「月が綺麗だな。」