まだ日が出きっていない早朝、静けさの中に威勢の良い声が駆け巡る。朝の稽古だろうか、気になってその方へと向かうと、道場らしき建物が建っていた。
中を覗いてみると、道着を着た勇ましい烏天狗達が模擬試合を行っていた。既に試合をしているとなると、準備運動や基礎の訓練は既に終えているということになる。となると、一体いつから起きているんだ…?
そう考えていると、その汗臭い道場の中に一人少女が混ざっている。あれは確か、射命丸文だ。
「一本!」
自分よりも明らかにガタイが大きな烏天狗を背負い投げする。やはり彼女は強いようだ。互いが礼をすると、文は汗を拭い、水分を補給する。
この稽古は本来、どうやら中程度の天狗が行う稽古のようで、周りには大人ばかり。素直に感心する。
そういえば、昨日に鞍馬は文が俺に憧れていると言っていた。それならばその思いに応えるとしようか。そうして、俺は彼女の方へと近づく。
「アッツゥゥイ…」
「重心が少し左に片寄っているぞ。」
「そう、気を付けるわ。」
そう汗を拭いながら俺を見上げた。その瞬間、彼女の動きが止まり、徐々にその目と口が大きく開いていき、俺の存在認知していく。
「うわぁああッ!?」
「そんなに驚くか?」
こういった反応はいつ見ても面白い。
わなわなと体を震わして、余程混乱しているのか汗を拭っていた布を畳んだりまた拭ったりしていた。
「とりあえず落ち着け。」
「わ、わわ、分かりましィたァァ!?」
「分かってないじゃん。面白いなぁこの娘。」
ここまでの反応は過去一では無いだろうか。込み上げてくる笑いが抑えられない。
「あああ、あのォオ…アド、アドバイスを…の、続きを…」
「そんなんでアドバイスなんか聴いてられないだろう?まずは目を瞑れ。」
「は、ひぃ…!」
頭からつま先まで力みまくっている文は、俺の言葉を素直を聴いてその目を閉じた。
「良し、じゃあまず深呼吸だ。吐いて…吸って…吐いて…」
正しい深呼吸の仕方は、まず体の中の空気を全て吐き出してから息を吸うのだ。もちろん、立ちくらみにならない程度に抑えながら行う必要がある。
文は俺の声に合わせて深呼吸をしていると、段々と筋肉の力みが緩んでいくのが見てとれる。深呼吸を終え、目を見開いた頃にはだいぶ落ち着いていた。
「そうそう。何事も落ち着かなきゃ、良い判断はできないぜ。」
「はい…」
気分が大きく落ち込んでしまったようだ。憧れの人の前で面白い反応を見せたのから当たり前だ。
「あの、重心が左に寄っているっていうのは…?」
「君の癖なのかな。左に重心が寄っている所為で、左に回避することが多い。」
「なるほど…」
何とか折り合いをつけて切り替えたようだ。流石に掘り返すのは可哀想だから、今日のところはやめておこう。
「質問だけど、後ろから名前を呼ばれたらどっちから振り向く?」
「…左かも、しれません。」
「やっぱりか。」
それから、永琳と研究していた時に培った生物の構造の話を組み込んだ専門的な知見を駆使し、質問を繰り返して文に合った戦い方をアドバイスを行うこととした。
「片足で何回か跳んでみてくれ。」
「こうでしょうか?」
「そうそう…ふむふむ。君、走るときは地面を蹴ることを意識した方がいい」
「え?どうしてそんなことが分かるんですか?」
研究していた頃からは大きく文明が退化しているために、精神論などで全てを補おうとする時代を生きているこの娘にとって、全てが新鮮なのか目を輝かせて俺の話を聴いている。
「跳んだとき、地面に着けていない足を折って跳んでたよな。」
「そう言えば…そうですね」
「そういう人は蹴るイメージを持つんだ。ついでに言うと、前に足が出る人は、足を上げるイメージを持つんだ。」
他にも、様々な文の身体の構造を調べる質問を行う。他の天狗たちも、俺の話を盗み聞きするように注目していた。
いくつかの指導を行い、暫くして文の模擬戦の時間が迫る。
「うわ、相手強い奴だ。」
「まぁ、頑張れ。さっきのやつだが、意識し過ぎると逆に動けないぞ。俺は傍から応援してるから。」
「はい!」
威勢良く返事をし、進む。
「おうおう、今日も叩き潰してやるぜ!」
「かかってこい!」
相手の先制攻撃。大きな体の割に素早く力強いパンチを放つ。それを文は紙一重で回避。回避した方向は、右だ。腕を掴み、そのまま投げる。
「うおっと、あぶねぇあぶねぇ。」
相手の天狗もなかなかやる。投げられて、真っ逆さまになったが、勢いを利用して前方倒立前転をして一本を回避。
「流石ね…」
「だろう?さぁ、行くぜ!」
天狗の右足の回し蹴り。それを後ろに回避。だが、追撃で左足の蹴り。風を切る勢いだ。
しかし、文も負けていない。それを難なくと素早くしゃがんで回避する。それを予測していた天狗は、またも蹴りの勢いで姿勢を低くして文に蹴りを与えようとする。彼は蹴りが得意なのか?毎回速いくせに重い。
文はしゃがんだ状態にも関わらずジャンプし、バク転。
「なに!?」
文は地面に足を着けた瞬間、思いっきり蹴り相手に急接近する。相手は腕を前に出してガードをする。
「うおおおおおッ!」
しかし文は殴りも蹴りもせず、跳び箱のように天狗を飛び越えた。飛び越える時に掴んだその手は離さず、空中で前に一回転して相手の胴体を持ち上げ、地面に叩きつけた。
あまりにも美しい戦い方に、俺や周りの人、そして文自身が感動していた。
「一本ッ!」
審判の声とともに、観客と化していた周りの天狗たちが大きく声を響かせて盛り上がった。
「え、えへへ…」
「見事だったぞ、文。圧勝だな。」
「ありがとうございます!」
また新たな弟子ができたような、その弟子が成長を見せた時のような独特な高揚感が湧き、俺は文の頭に手を乗せ、撫でた。
「うへぇ!?」
「うぉ。す、すまん。」
「あ、あやややややぁ…」
文は顔を真っ赤にして道場を出ていった。諏訪子や芳香を撫でるように、文を撫でてしまった。憧れているとはいえ、会ったばかりの人間に頭を撫でられるのは怖いだろうな。
自分の行動を反省しつつ、俺はその道場を出た。
実はこの回あまり好きじゃないです。(過去の自分を呪う)