「良いですか?いかにも鞍馬様っぽくしてくださいね」
「おう。」
文の確認に、俺は自信満々に応じる。俺は鞍馬がいつも着ている服装を身に纏い、座布団の上に鎮座してきた。
今日は、遂に鬼の来る日。周りの天狗達は緊張と恐怖の空気を漂わせている。ちなみに、本物の鞍馬は俺の側近として、身を隠している。
争い事になっても、全面戦争は避けねばならない。
「……零様。」
鬼との会合に対して思考をしていると、牛若丸が自分の定位置に向かう流れで俺の耳元で呼びかけてきた。
「なんだ?」
「もし負けたら殺すからな。」
「……フフッ、分かった分かった。そんな心配するな。負けはしない。」
緊張を霞ほど見せない俺に対し、牛若丸は殺気を放ちつつ、そこに座る。
「殺気は消せ。バレるぞ。」
「……」
すると、まるで嘘かのように殺気が消えた。何度も思うが、牛若丸のそれは並な人間では考えられないほどだ。一体どんな育て方をすればここまでの力量が付くのか。
さておき、牛若丸の殺気が消えたことで、他の殺気を感じることができた。遠くにいても尚、その殺気は俺の心臓を撫でる。これが、鬼の殺気か。
次第にどんどん大きくなっていく。暫くしてその殺気は、この天狗の都の中を通過し始めた。
楽しみで仕方がない。俺は笑いながら冷や汗をかいていた。気が付けばその殺気は、戸を挟んだ向こう側にいる。
「入れ。」
「お邪魔するわよ。」
中に入ってきたのは三人の鬼だった。額に立派な角が一本生えた長い髪の鬼、日本の角を生やした幼い見た目の鬼、腕に包帯を巻いた二本の角の鬼。
それぞれが、そこにいるだけで強さを物語っていた。
「私は『星熊勇儀』さ。よろしく。」
「ワシは鞍馬、ここのてっぺんをやらせてもらっている。」
できる限り、鞍馬らしい態度をとる。目を逸らさずに真っ直ぐと見つめる。目線をズラせば負けを認めるようなものだ。
後ろの美鈴や青蛾などは辛そうな表情をしているのが容易の想像できる。
「んで、このちっこいのが『伊吹萃香』だ。」
「誰がちっこいだ。」
「そして、この薄紅の髪の包帯巻いたのが『茨木華扇』だ。」
「宜しくお願いします。」
「あぁ、宜しく。まぁ、座れや。」
それに従い、鬼三人は用意していた座布団に座った。
勇儀はさっきを放ちながらも、申し訳なさそうに笑い、聞いてもいない事情を話し始めた。
「いやぁ、すまないね。本当は鬼全員で来る予定だったのに、鬼の四天王だけで行けって言われてね。」
「鬼の四天王…?」
「そ、鬼の四天王。天狗なら聞いたことぐらいはあるでしょ?」
全くもって聞いたことがない。しかし、バレてしまっては全て台無しだ。適当に話を合わせるとしよう。
「もう一人は?」
「行方不明。」
「なに?」
「まぁ、良くあることだし気にしないでくれ。」
天狗からすれば今後の歴史を左右する会合だと言うのに、コイツらは適当に事を運ばせすぎている。全てにおいて、軽い。
「にしても、天狗以外にも何か居るねぇ?」
そういうと、勇儀は物珍しそうな目で俺の後ろを見渡した。同時に、何か馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「他の妖怪、死人、仙人……そして、人間。天狗には誇りが無いのかい?」
「ッ!?」
後ろで牛若丸が反応している。
なるほど。こうやって煽ることによって、こちら側から手を出させようとしているのか。牛若丸は強いが若い。強さの自信は武器だが、時として錆となる。怒りに抗いにくくなるからだ。
牛若丸から攻撃し、それに鬼が勝てば交渉ではなく賠償金のような形となり、ここは植民地となる。
「人間と妖怪は敵対する生き物。なのに、鞍馬。あんたはその人間を育ててる。全く、笑い話にも出来やしないねぇ。」
牛若丸が立ち上がる音が聞こえる。
「勇儀さん、もう挑発はよしましょう。」
「思ったことを言っているだけさ。頭がおかしいとしか思えない。もしその育てた人間に殺されたら……
華扇は勇儀を止めようとしているが、それでもその口が閉じることは無かった。
遂に牛若丸は声を荒らげて俺の前に出た。隠していた殺気も、もう溢れ出てしまうほどに怒りで何も考えられなくなっているのだろう。
「私が鞍馬様にそんなことをするわけがない!!」
「ハハハ、本当かねぇ?そんなに怒っているのも演技かもしれないな。」
「貴様ァ!」
牛若丸は刀を引き、鬼達に斬りかかる。しかし、それが鬼に届くことは無かった。
「……へぇ?」
「クッ離せ!」
俺は牛若丸の腕を掴み、その刀の軌道と途切らせる。勇儀はそれが意外だったようで、面白おかしくそれを見ていた。対して牛若丸は暴れながら俺の手を離そうとするが、俺の手は微塵も動かない。
「離せといっているだろうッ!」
「やめろ。」
「ッ!?」
その瞬間、牛若丸は恐怖した目を俺に向けた。それもそのはずだ。さっきから漏れ出ている牛若丸の殺気を遥かに超えるそれを放ったのだから。
まるで天敵に見つかった動物のように、牛若丸はその場で腰を抜かした。
「やっぱり教育は出来てないようだね。妖怪じゃあ人間を教育することなど出来ないのさ。」
「………」
俺は牛若丸の手を離し、ゆっくり勇儀に近付いて行く。
「なんだい?詫びの品でも出すのかい?鬼の機嫌を損なわない為に?だとしたら、あの青年の方がもっともっと強い心を持っているね。」
「………」
そして、勇儀の前に立つ。
「額を地面に付けて、謝罪してごらんよ。情けない天狗の頂点が。」
「……そうだな。謝らなくてはいけないことがある。」
「ハァ、本当にしょうもな…」
瞬間、勇儀の顔は地面にめり込んでいた。俺の拳が彼女の脳天を叩き割る勢いで殴ったからだ。誰にも捉えることの出来ないほどの速度で殴り、周りの妖怪たちも何が何だか分かっていない様子だ。
「勇儀!?」
「勇儀さん!?」
萃香と華扇はやっと理解したのか、頭から血を流す勇儀に駆け寄る。
俺は拳に付いた遊戯の血を、手首をブラブラと振って払いながらも勇儀を見下す形で口を開く。
「すまないな。俺は鞍馬天狗じゃねぇ。」
「お、お主…」
鞍馬には申し訳ないが、牛若丸同様に我慢ができなかった。
何回経験しても、感情を抑えるのは難しい。何度これで後悔したことか。
「な……んだと?」
俺は勇儀の胸ぐらを掴み、無理やり立ち上がらせる。勇儀は倒れそうになったが、後ろの鬼二人が支えた。
「表に出ろ。『治癒の細胞』で傷を治してやった。」
「…なんなんだお前。」
傷口が消えた血だらけの勇儀は、自分の足でしっかりと立ちながら、俺を訝しむような目を向ける。
「ただの旅人だよ。」
後ろで座り込んでいる牛若丸に目をやって、俺は安心するように微笑んだ。鞍馬への侮辱はキッチリと晴らしてやる。
三人を引連れ、俺らは外に出る。