心の隙間の温かみ Ⅰ 『喪失』
時は戦国時代。織田信長が勢力を上げ、全国を統一するかと予想されていた時代。ここで、俺の今後の人生を変える妖怪と出会った。
場所は蝦夷地。実は、この土地は何度か訪れており、恐らく5回ほどは踏み入れていた。
「しかし、寒いな。」
「そうですね、もう一枚着てくればよかったです。」
俺と並び、美鈴と青娥が肩を震わせる中、丸と芳香は同じような反応は示さなかった。
「私は何も感じませんねー。」
「私もー。」
「お前ら…」
来る度にこの寒さを経験しているはずなのに、なぜ俺らは厚着をしてこないのだろう。来る前の謎の自信はなんなのだろうな。
「…ん?何か話し声が聞こえる。」
それは遠くの方からだった。妖怪の声か、人間か、どちらにしても、とても楽しそうな世間話には思えない雰囲気だった。
「……行くのですか?」
「勿論だ。」
「ハァ…お人好しね。」
「まだ、人かどうか分からない。ホラ、掴まれ。」
俺の性格など分かりきっている皆は、呆れながらも俺に掴まる。丸は刀になって実態化し、鞘に収まっている状態で握りしめる。
「『瞬間移動』。」
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木々に囲まれた場所に着き、見上げると近くに雪を被った山が並んでいた。木の葉の囁きにそぐわない怒声と懇願する声。その近くまで訪れると、内容も聴き取りやすくなる。
「おい、紫。人と妖怪が共存するだぁ?舐めたこと言ってんじゃあねぇぞ!!」
「うッ!」
鈍い音が森に響く。これは、どんな事情であれ介入しなくてはならない。『ナビゲーター』では一人の男と額を地面に着けている女妖怪二人の波形を捉えた。
「妖刀と呼ばれた『イペタム』様がお前らの言うことを聞くと思うたか?」
「お願いします。」
「紫様、もうお止めになった方が…」
「黙りなさい。」
「………」
紫と呼ばれた妖怪はそれでも頭を地面に擦り、いつまでも願い出ていた。イペタムとやらは見苦しく思ったか、どこかへ行こうとした。
「お願いします!」
紫はイペタムの脚にしがみつき、諦めなかった。妖力的には大妖怪と言える力量を感じるのだが、最早そのプライドなど考えているほど余裕はないようだ。
「しつこい奴だ。」
イペタムは腰にしまっていた剣を取りだし、紫に振りかざす。
「面倒という理由だけで殺生は好ましくないな。」
ギリギリの所で、俺はイペタムの腕を掴んだ。何とか間に合った。イペタムは突然現れた俺の存在に驚いており、紫ともう一人の妖怪も何が何だか分からないようで顔を上げた。
「な、なんだお前!?」
「神田零だ。しがない旅人さ。」
「神田…零?」
「んな!?…チッ、分かったよ。生きる伝説を見ることができたし、今回は許してやる。」
そう言い残し、イペタムは森の方へと消えていった。生きる伝説とか言われていた事に蝦夷地とは違った寒気を覚えながらも、俺はしゃがみこんで紫と呼ばれた妖怪に手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「零………なの?」
少し、不思議な反応を示した。俺の顔を驚いたように見て、名前を確認する。今までにないパターンだった。そんなに有名になったのか、というような感じでもない。
「まぁ、そうだが…どうした?」
「零!」
「うお!?」
紫はいきなり俺に抱きついて、その腕の力を強める。一体、これはどういうことなのだろうか。まず様子を見るに、彼女は俺のことを知っている。しかし、俺の海馬は彼女のような妖怪を記憶していなかった。誰だ、この娘は?
とりあえず、訊きにくいが俺は紫の事を知らないことを伝えて、誰なのかを確かめよう。
「あの、申し訳ないのだが…」
「やっと…会えた…うっ…うう……」
遂には泣いてしまった。更に訊きにくくなった。
ここまで来ると逆に心配になってきた。俺は今まで事物を忘れたことなど一回もないのだが、俺が忘れているだけなのかもしれないと自信をなくしてしまう。
いやしかし、彼女の付き添いも目を点にしている。意を決して、訊くしかない。
「…すまないが、俺は君のことを知らないんだ。忘れているのか、本当に会ったことがないのか分からない。」
「え…そ、そんな。」
酷く絶望した表情。そんな目で俺を見つめないでくれ、胸が痛い。
「すまん、本当に君が分からないんだ。」
「…そう。やっぱり、私のせいなのかもね。」
「え?どういう…」
「ううん、気にしないで。」
紫はゆっくりと俺から離れ、俺達に向かって頭を下げてきた。何事かと思ったが、腰の角度的に自己紹介であることを察する。
「私は『八雲紫』。この娘は私の式の…」
「『八雲藍』です。以後、お見知りおきを。」
「うむ、分かった。」
自身の自己紹介を改めてやった後、美鈴達の紹介もした。紹介する度に思うことだが、この旅のメンツは異様でしかない。紫と藍も驚いている。
「キョンシーや幽霊も一緒に…しかも幽霊が源義経って…」
「式ではないんですか?」
紫は何千回と見た反応を示す。藍は自身が紫の式だからか、四人が俺に式ではないのかを伺う。
「うん、青蛾や芳香は親友、美鈴は弟子、丸……義経は友人の息子だ。」
「兼、零さんの武器ですね。」
「説明されてもよく分からないわ。」
ごもっともな意見だ。
「……」
「どうした?」
ある程度紹介を終えると、紫はなにやら真剣な顔付きになった。どうかしたのだろうか。
「ねぇ、零。」
「どうした?」
改まった態度、これは何かを頼もうをしているようだ。そう言えば、イペタムにも何かを頼み込んでいた。頭を下げられた側があんな態度になるぐらいの依頼とは、一体どんなことなのかと、少し身構える。
紫はゆっくりと口を開く。
「その…人間と妖怪の共存できる世界を一緒に創りませんか!?」
「いいよ。」
「……え?」
「え?」
何故疑問になった?
「い、いいの?あ、あれだよ?妖怪と人間の共存する世界だよ?」
「だから、いいって言ってんじゃん。っというか、どんな依頼が来るかと身構えちゃったよ。そんなことか。」
「そ、そんなこと…」
またも、紫は驚いた表情で俺を見つめる。たが、そんなに驚くことだろうか?俺の後ろにいる四人は驚く所か俺と同じような反応をしている。
俺は紫に手を伸べる。紫は若干震える手で握り、そうして俺と謎の妖怪、紫はすんなりと契約を結んだ。