都に入り込んでいる妖怪は情報が少なすぎるため、私でさえ探すのが難しい。そこで、零からその妖怪の特徴を聞くことにした。
「その妖怪はどんな奴だったの?」
「何か人気者っぽかったなぁ。」
人気者。比較的捜しやすい、と思うのだが、スパイになるものがそんなに目立って良いのだろうか。そこは少し気になるところだ。
「他は?」
「う~ん、面倒だから絵に描く。」
そう言うと彼は、設計図のために用意したメモ帳に絵を描いていく。彼のことだからすぐに終わるだろう。終わるまで珈琲でも淹れてこようか。
「出来たぞ。」
「早ッ!?」
ものの10秒だ。早く終わるとは思っていたが、そこまで早いとは誰も思わない。というより不可能だろう。
「ちょっと雑だけど、どうぞ。」
「写真じゃないのよ…」
都の絵師が筆を投げ捨てるほど、それは正確に書かれていた。輪郭や陰影がハッキリとしており、決して雑とは言い難い絵だった。
「それにしても…あ、まさかこの人!?」
「あ、もうわかった?」
「誰だ!?」
暫時、静寂がこの部屋の空気を重くした。零は明らかに眉に皺を寄せてこちらを睨んでいる。
「…オーバーリアクションをするな。紛らわしい。捜しに行ってこい。」
「すみません。貴方の反応が見たくて…」
「早く行ってこい。」
「ハイ…」
恋人にもう少し優しくしてくれてもいいじゃない。凍えるほどの視線を背中に刺されながら私は部屋を出た。
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あれから数時間が経過した。しかしながら、部下たちからは「知らない。」という言葉しか聞けなかった。
零は人気者のようだったと言っていた。確かに、部下の話では昨日の宴では盛り上げ役だったようだが、その人がどのような人物なのかは分からず盛り上がっていただけであったというのだ。
先程はふざけたが、例え直属の部下でないにしろ、全く見たことがなかったというのは、私自身不思議に思っていた。
手詰まりか。そう思い、一度部屋に戻ろうとした。
「ッ!?」
悪寒。それはいきなりだった。全身を覆うほどの殺気を感じた気がした。しかし、それは一瞬の事だったため、気のせいだろうかと、冷や汗をかきながら部屋に向かう。
「永琳様。」
「え!?あぁ、何?」
私を呼び止めたのは、部下の中で一番仕事ができる、私も信頼を置いている女性の部下だった。そういえば、今日は彼女と出会っていない。彼女にも訊いておくべきか。
「その紙は何ですか?」
「あぁ、この人を捜してるのよ。」
「どれどれ…」
とはいえ、恐らく他の部下と同じく分からないだろう。ここまで来てしまえば、この人物がその場で作られた顔であることは想像がつく。
「あぁ、この人ですか?知ってますよ。」
「え!?本当!?教えて!」
予想に反して、この人物を知っている人が現れた。全身の力が抜けていくのを感じる。流石にこんなにも時間をかけていれば疲れる。しかし、これだけ頑張れば零にも褒められるだろう。そう、思っていた。
「あ、あれ?」
達成して力が抜けていくのは分かるのだが、あまりにも脱力しすぎている。次第に足の力が失われ、その場に倒れる。部下の靴はこちらに近付いてきて、やっと理解した。コイツは、彼女の皮を被った『何か』だ。
「この人物はこの俺だよ。」
男性の声だ。しかし、それは彼女の口から発せられていた。本物の彼女は、どこに?
「焦ったよ。俺の事について嗅ぎ回ってやがったんだからな。」
動こうとしても動けない。奴は私の髪の毛を鷲掴みし、顔を寄せた。彼女の顔で嫌らしい笑顔を見せないでくれ。
「だからお前の部下殺して、その皮貰ったよ。薬品臭い肉は食ってやった。」
私の脳は、その言葉を受け付けられなかった。昨日まで話していた、信頼していた彼女が、知らない間に死んでいて、死体すら残っていないという事実。受け付けられる訳がない。
「動けないだろ?そういう妖術だからな。」
「クソが…」
「お前を喰えば俺達は最強になるんだ。」
絶望を最後に、私の意識は途絶えた。
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耐えられないほどの異臭によって目が覚める。どうやらここは廃墟のようで壊れかけの壁から太陽の光が差し込んでいた。周りには三体の妖怪がいる。
「よくやったな!」
「簡単だったよ。」
「またまた~。」
舌なめずりをしながら私を見つめていた。これからどうやって調理しようかと、考えているのだろうか。
「顔も可愛いし、楽しむのも悪くはねぇよな?」
「やめとけ、そんな時間はないだろ。こいつを食らってバケモンに対抗出来る手段を得たい。こいつを誘拐したからには捜しに来るぞ。偵察組を全員綺麗に殺しやがって。」
零の事だ。最近妖怪の出現が多かったのは、都を襲うための偵察だったのか。それが、零に毎回邪魔されたコイツらは、対抗出来る手段として力が強い私を食べようとしているのか。
妖怪たちがゆっくりと私に近付いてくる。口から垂れた涎を腕で拭いながら、ゆっくりと。
嫌だ。死にたくない。まだ生きたい。まだ零と遊びたい。零と笑いたい。零と悲しみ合いたい。零と、零と…
「早速頂くとしよう。」
零と愛し合いたい。
「いただきまーす。」
私は目を閉じた。その時、涙が流れ、私の生涯はそこで終えるのだと覚悟をする。雷の音が聞こえ、天も私の死に怒りを抱いているのか。
「え?雷?」
「そんなわけないだろう。外は雲の一切もない晴れだぞ?」
痛みが来ない。どうやら、妖怪たちは動きを止めたようだ。晴れているのにも拘わらず、雷の音が聞こえることに不思議がっている。
私は再び目を開いた。同時に雷がもう一度落ちる。逆光で四体の影が私の視界に飛び込んできた。
四体?私の周りにいた妖怪は三体だったはずだ。どういうことなのだろうか。強い光から目が慣れた頃に、漸くそれが見えた。
「だ、誰だお前!」
「姓は神田、名が零だ。よろしくな。」
「れ…い?」
零が来た。雷の光と共に、彼は現れたのだ。
「何故貴様がここにいる!」
「臭いだよ。」
「は?」
彼はいつものように軽口を叩くかのように妖怪たちに半笑いで話しかける。そしてわざとらしく自分の鼻をつまんだ。
「永琳の花の匂いと、お前らの吐瀉物を何日か放置したような臭いが感じられたからだ。」
「なんだと?」
「お前らの臭いのせいで、永琳の匂いが台無しになるんだよ。あぁ、くさい。恥ずかしくないの?」
「テメェェェェーーー!!」
明らかな挑発に、一人の妖怪が鉤爪を縦に振りかざした。
「うお、マジかよ。」
零もそのあからさまな挑発に乗ると思ってなかったのか、軽く驚くような表情を見せた。が、すぐに彼はその攻撃を横に避ける。勢い余った妖怪はそのまま床に鉤爪を刺す。もちろん零はそれを見逃さず、妖怪の腕を掴んだ。
「お前たちの仲間がどうやって俺に殺されたか教えてあげようか?」
そう言うと、彼は前腕から皮膚を破るように青い鎌のようなのような物を出し、妖怪の頭に突き刺した。脳天から顎まで貫通している。一見、妖怪は死んだかのように思えたが…
「俺が刺されただけで死ぬと思うか!」
やはり、零が予想していたように妖怪は強いようだ。それだけで死ぬことは無いようだ。
「……」
「恐怖を覚えたか?クズが!こいつと一緒に死にに来たのか!?」
零は喋らない。そればかりか、彼は、笑っていた。
「……フフ。」
「あん?何笑っていやがる?」
「さっき、なんで雷が落ちてきたんだと思う?」
焦るでもなく、ただ彼は妖しく笑っていた。妖怪に対する恐怖は、一切なく、格下の存在を弄ぶ神様のように、不敵に笑っていた。
「何言ってんだ、お前?」
「もし、雷を生成できるとしたら、どう思う?」
その言葉で、その場にいた全員が理解した。他の妖怪たちも刺された妖怪と余裕綽々に話し込んでいる零を殺そうと後ろから襲おうとしていたのだが、すぐに後ろに下がった。
「『痺の細胞』。」
彼がそれを呟くと、弾けるような凄まじい爆音が、目を閉じても眩しい程の光と共に部屋の中で鳴り響いた。
『痺の細胞』。名前から見るに、零が何かしらの細胞を創ったのか?音と光が収まると、零に刺された妖怪は黒く焦げており、元の形は保てていなかった。
「これを今から、残りのお前らにやるからな。」
「………」
妖怪だったそれを他の妖怪は固唾を飲んで、ただ見つめていた。
「次は、どっちがいい?」
「う、うわぁぁぁ!!」
一人の妖怪が出口に向かって逃げ出した。しかし、零は壁を蹴って先に出口へとたどり着き、その妖怪の頭を掴んだ。
「なんだ、怖いのか?」
「すみませんでした!もうしません!都に近付きません!だからどうか許してください。」
「いや無理よ?」
再び部屋は爆音と眩い光に包まれた。そして、収まった頃にはその妖怪は煤と化していた。
「……つかえねぇ。」
残るは、私を誘拐した妖怪一人のみ。ソイツは面倒くさそうに頭を掻く。深いため息、それと同時に廃墟の石や鉄骨の破片が宙に浮いた。これは、奴の能力なのだろうか。
「使えないんじゃないよ、俺が強いんだ。」
「腐れが…」
「死んで腐るのはお前だぞ?」
「……」
沈黙。それしか無かった。
互いが互いを牽制している。どちらも先に動こうとせず、じっくりとした空間に緊迫が走る。しかし、いずれそれは終わる。
キシ…と、廃墟の床が軋んだ。瞬間、彼らは動いた。
「死ねぇぇぇ!!」
「オラァァァ!!」
金属と金属が思い切りぶつかった様な音が響いた。余韻まで綺麗に聞こえるほどに。どちらが、勝ったのか。その余韻が収まり始めた頃、その結果が分かった。
「クソ、がぁ…」
妖怪は膝から崩れ落ちるように倒れた。うつ伏せになり、全身という全身から血が溢れ出している。あの一瞬にして切り刻まれたのだ。
零は腕から出していた青い鎌のようなそれを引っ込める。ひとつの汗を拭い、一息付いた。
すると、倒れた妖怪は絞りカスような声を出す。
「最後に…言っておこう。俺達はロケットを発射することを知っているからな…ハハハハハハハハ!!」
全くもって意味が分からない。ロケットを発射することを知っている?スパイをしていたのだから知っているのは当たり前だ。奴はこの期に及んで何故それを伝えたのだ。
狂気じみた笑い声は次第に弱々しくなり、遂には動かなくなった。零の目からは、少し焦りの感情が伝わった。彼は、何に焦っている?
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「ありがとうね、零。」
「あぁ、どういたしまして。」
帰り道、私は零におぶられていた。妖怪の妖術がまだ抜けきっていないようで、自力で帰ることが出来なかった。とはいえ、恐らく一晩眠れば解けるだろう。
「ねぇ、零。」
「ん?」
「私の匂いってお花の匂いなの?」
先ほどの発言が気になった。彼は私の匂いが花の匂いだと言ってくれた。思い出して少し嬉しくなったため、ちょっと聞いてみることにした。
「あぁ、お前の近くに居るだけで、その匂いで癒される。今もな。」
「ふーん、そうなんだ。」
思わずニヤける。好きな人からそう言われると、やっぱり嬉しい。
「ねぇ、零。」
「どうした?」
「好きよ。」
「奇遇だな、俺もだ。」
こんな一時がずっと続けばいいのに。私は彼の匂いに心を落ち着かせながら、そう切に願った。