「まさか、君の式が船に弱いとはね。意外だよ。」
「ふふ、気にしないであげて。心配をしたら落ち込むから。」
「う、うっぷ。」
藍は海に真っ青な顔を向け、口から出しそうな顔をしている。それを見て、紫はニコニコ笑っている。鬼なのか、コイツは。
俺も海に体を向け、懐から煙管と少し湿った干し草を取りだし詰めた。
「『熱の細胞』。」
干し草に火がつき、紫煙が空に溶ける。俺は口をつけて煙を吸い、喉を焼く。肺胞の隅まで煙で満たして味わい、脱力感を感じながら息を吐いた。
「煙草は体に悪いのよ?」
「よく知っているな。だが、俺の体はこんなもんじゃ弱らない。」
「フフフ、それもそうね。」
口と煙管から出る煙は海風に流れていく。それを見ていた芳香は何を思っているのか、ただただずっと見ていた。何も、喋らずに。
「どうしたの、芳香。」
「わからない。」
いつもとは違う芳香の様子に、青娥は心配そうな顔を見せる。
「あの煙…焼かれた蟲に似てる。」
焼かれた蟲。ユーベ=ナイトバグのことだろうか。俺の『熱の細胞』で焼かれた奴。
すると、芳香は急にその場に座り、汗を大量に流している。近くにいた青娥や俺は駆け寄る。
「芳香!?」
「どうした!?」
「う、うう…」
苦しそうな顔をして、目を瞑った。
俺は芳香のこめかみを指で触れ、何を苦しんでいるのかを探す。重ねて『ディア』も行う。
「…記憶がまた少し戻ったようだ。」
「記憶が…?」
「うう、零…辛いよ…痛いよ…恐いよぉ………」
俺は芳香の頭を撫で、安心できるように囁いて抱える。痛いという感覚がある。それは死んでいるはずの芳香には本来無いはずの感覚だ。ならば何故「痛い」と言ったのか。
もしかしたら…首だけだった時、彼女は生きていた?分からない。憶測に過ぎない。
暫く続けていると、痛みは彼女を襲って来なくなったようだ。芳香はぐっすりと眠りについた。
「…どうやら、彼女には自身も知らぬ真実があるようだ。」
「真実?」
「確実ではないが仮定がある。今はまだ言えないが。」
紫も心配するように芳香の顔を覗く。藍の心配はしないくせに、と少しおかしくて笑う。
芳香を部屋に運び布団に寝かせる。その後、俺は藍の方へ行き、背中を擦った。
「少し落ち着いたか?」
「あ、ありがとうございます……その、芳香さんが大変な状態なのに御心配を御掛けして申し訳ないです…」
分かりやすく落ち込む。本当だったようだ。紫は「あ~あ、やってしまった。」と呆れるような顔をした。鬼みたいな奴だ。
俺は擦る手を止め、藍と一緒に遠くの景色を見る。煙を改めて吸いたかったが諦めることにしよう。
「心配?まさか。君は強いんだから、心配する必要性がない。俺はただ、落ち着いたかどうかを聞いただけだ。」
「え、あーその…慣れては来ました。あと、その、恐縮です。」
恐縮ですの声が震えていた。絶対慣れてない。今にも吐きそうな顔をしている。なんとも面白い娘だが、流石に今弄るようなことはしない。
相変わらずの真っ青顔の藍を背にして自分の部屋へと戻った。
「……おえ…」
「なにが慣れてきたよ。」
「ス、スミマセン……うっ!うう…」
藍の呻き声は一日中、オホーツクの海に響いていた。