もう、彼女は動かない。なんなんだ、この気持ちは。心臓を抉り取られたかのようだ。今まで触れてきた『死』の中で初めて目の前が揺らめいた。
「全ては汝の所為なのだ。」
「……なに?」
初めて、その卵のような悪神が喋った。その声は、吐息混じりの低い声をしていた。こいつが、青蛾を殺した。
「我が名は『アンダイン・ナルキッス』。汝を黄泉へと引きずりに来た。」
「また黄泉、か…」
何度も送られてきた刺客。何度も何度も、奴らは俺の心を壊しに来る。いつまで、こんな苦しい想いをしなくてはならないのだ。
「汝を想うあの女人も連れる事にした。よって、辛き別れなし。」
「………」
俺の為に死んだのだと、悪神はそう言うことを言いたいのか。そもそもお前が居なければ青娥は死ななかったのだ。
しかし、俺の命を狙う存在がありながらも大切な存在を創っている俺がいなければ良かったのだと、そう思ったことは何度もある。だから、悪神の言葉が今の俺には今まで持ち上げてきた何よりも重かった。
「次は汝が死ぬ。然らずんば、女人の死は無駄であるぞ。」
青娥の死が、無駄に。
冷静に考えろ。青蛾の死は全てを失ったかのように、苦しい。代わりに俺が死ねば良いとも思えてくる。しかし、俺は死なない、この目の前の屑を殺すまでは。
これは、俺を殺すための罠だ。冷静さを…俺には今、冷静さが大切だ。
考察しよう。まず、この状況だ。
最初に、美鈴達が漢方を作っている。青蛾曰く、俺が急に倒れたから疲労を回復する漢方を作っているという。
次に、決して動かないと思われていた、奴が急に動いた。何か条件があってか、様子を伺っていたのか、それとも…。
次に、青蛾を刺した攻撃についてだが、アレはなんなのだ。俺に向ける殺気は一流だが攻撃出来る力がないと判断した。自惚れじゃあないが、俺がそんな安易に判断は間違えない。しかし、攻撃は行われた。
最後に、この感情。それは青蛾が死んだから。彼女のことも好きなのかもしれない、そう気付いた瞬間に死ぬ。それが一番の要因。この感情が俺を精神的に追い詰め、それにより悪神は俺を死に負いやろうとしているのだろう。
「何をしている?汝は生きると言うのか?あぁ、我を殺してから自害するか?構わぬ、殺せ。元より汝の死を望んでいたのだからな。」
「………」
追加して、彼は生前に目立ちたいと思っていた。しかし、今は自分を殺していいと言っている。まだ、彼は目立ったとは言えない。ならば、この提案はなんのために?
「そうか…そうだな。」
「決心がついたか。」
「お前を殺す。それは絶対だ。」
「あぁ、良いだろう。」
「言ったな?殺していいと。」
俺は、ニヤリと笑った。
「なら……『現実世界のお前を殺す』。」
アン「なッ!?」
「フッ、全て分かったぜ。全てだ。」
俺はアンダインの周辺を廻りながら説明する。状況から掴める真実、そして奴の能力を。
「まず、俺が何故急に倒れたか…それは、『俺の妄想の世界に入ったから』だ。いや、これじゃあ語弊がある。俺の精神世界にお前が干渉して『俺の意識を引きずりこんだ』んだろ?」
「………」
アンダインは苦虫を噛んだような顔をしている。自信満々に話すと、確信がなくともこうやってボロを出すから良いんだよ。
「だから、俺は青蛾とまるで『妄想』みたいにイチャイチャしてたわけだ。」
「何故……」
「何故、気付いたか?俺がこの場にいる理由がおかしい。滅多に倒れない俺が倒れたのならば、まずは原因であろうこの場所から遠避けようと、俺を船に運ぶはずだ」
アンダインは黙って俯いている。
「いつ、俺の精神世界に干渉してきたか。それは、この島に入った瞬間だろ?」
「ッ!!」
「お、ビンゴ。あの記憶はやはりお前の、生前の記憶。干渉したことによりお前の記憶が見えてしまった。お前、目立ちたいらしいな、そんなやつが、殺しても構わないなんて、言わないよな。妄想の中で殺したって、意味ねえもんな。」
「殺さないでくれ。」
ここに来て命乞い、今までにないパターンだ。
本当は苦しませながら殺したい所だが、そこまで俺は冷静さを欠いてはいない。とはいえ、今までの戦いで一番精神的に苦しかったのは事実だが、蓋を開けてみればどうってことはない。
「いいぜ、お前を生かしてやる。この島はお前という恐ろしい悪神が住み着いているという噂も流してやろう。ただし、『あの人』とか言う奴の詳細を聞こうか?」
「分かった…あの人は………」
アンダインは話そうと口を開いた瞬間、ガタガタと震えだした。卵のような殻は罅割れながら、中の人影は暴れ始める。
何が起きているのだ。
「どうした!?」
殻の罅はついに穴へと変わる。その中からは見るも無惨なドロドロと皮膚を溶かした、男性か女性かも分からない人型の何かが手を伸ばしてきた。そして……
「消えた?」
跡形もなく、なにもなくなった。
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目を覚ますと、見慣れた青娥の顔が一つと船の天井。どうやら、帰ってきたらしい。
「零っ!?よかった……」
「すまん、心配かけたな。」
「本当よ!バカ!!」
青娥は本当に心配したような顔を見せて、俺の頭を叩いた。そうだ、青娥は本当に俺を心配する時は、抱きつこうとかキスをしようとは思わない。
俺としたことが、そんなこと分かりきってきたのに。いや、分かっていても、偽物でも青娥の死は堪えられない。
「みんなは?」
「船に妖怪が来ないか見張ってるわ、紫と藍は貴方が倒れた原因を調べる為に核の部分を調査してる。」
「そうか…」
みんな各々、動いてくれているらしい。これが、俺の知っている現実だ。
「あ、美鈴は貴方のために漢方を作ってくれているそうよ。」
「え、あっ、そうか。」
「…なんで頬をつねってるの?」
「お気になさらず。」
現実でも我が弟子は漢方を作ってるのか。俺は頬の痛みで現実を、文字通り痛感しながら青娥の方に顔を向ける。
「なあ、青蛾。」
「何?」
「ありがとうな。」