椿の香り Ⅰ 『九相図』
腐敗した臭い。しかし、この臭いにも慣れた。私は今、腐っている。犬や烏が私を食い散らかした。やがて骨に成った私は、発見された後に火葬された。
私は、アイツらを許さない。
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「懐かしいな。」
「雰囲気が明るいわね…なにかあったのかしら?」
「祭りはこの時期じゃあないしな。」
蝦夷から出てすぐというわけではないが、今は諏訪にいる。
本来、10年に1回は帰宅するのだが、何かと昨年は忙しくてアイツらに顔を合わせていなかった。
そして、久方ぶりに帰った第2の故郷は異様に明るい。何か祝い事でもあるのだろうか。
「なあ、そこの。」
適当に、老いが来ている商人に問うてみる。その商人は俺を見るなり、すぐに神田零であることを理解しお辞儀をしてきた。
「おお、神田様。お帰りなさいませ。どうなされた?」
「妙に明るくてな。何だ?今年は豊作か?」
「いえいえ、そうではないのです。」
では、何があってこのように盛り上がっているのか。
「では何故?」
「4代前の椿様が若くしてお亡くなりになられたでしょう?」
「……あぁ。」
彼女の名前は『東風谷椿』、諏訪大社の巫女の4代前であり、僅か15歳で亡くなった少女。
死に方が残酷で、とても思い出したくはなかった。俺は眉間に皺を寄せながらも商人に質問を投げかける。
「椿が、どうした?」
「なんと、生き返ったのです!!」
「…何?」
彼女は焼かれて灰になった。しかも、灰になったのだって、極僅か。骨しか残ってない様なものだ。そんな魂の依り代がない状態で、どうやって?
「まぁ、神社に行けば分かりますよ。」
「……分かった、ありがとう。」
「いえいえ。」
俺が振り返ると、顔を青くした仲間達の姿があった。紫と藍は違うが。
とりあえず、真偽を確かめるためにも神社に向かうとしよう。諏訪子にも、詳しく話を聞かなくてはならない。
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「おーい、ただいま。」
諏訪大社の戸を開けながら言う。すると目の前にはだらしなく床に寝転がる諏訪子の姿があった。
諏訪子は顔をこちらに向けて俺の姿を確認すると、慌てるように目と口を大きく開く。
「えぇ!?か、帰ってくるなら言ってよ!!」
「毎回うるせぇ。」
最早、恒例行事へと化した。いつになったら彼女は慣れるのだろうか。面白いのだが、毎度やられると耳が壊れる。
すると、奥の方から呼び鈴代わりの諏訪子の声を聞き付けた神奈子がやってきた。
「よう、久しぶり。」
「おう、久しぶりだな。」
「おーう。」
俺を真似るように挨拶をした芳香の頭を神奈子は優しく撫でる。芳香も満足そうに頬を緩めた。そして、神奈子に続くように、奥から足音が聞こえる。とても静かな足音にも拘らず、俺にはその足音が犇々と聞こえてくる。
固唾を飲んで、その姿が現れるのを待つ。戸が、横に開いた。
「あら、神田様。お帰りなさいませ。」
「あ、あぁ…」
冷や汗がたらりと頬を伝わり、とてもではないが、喜べない。彼女は椿ではない。しかし、彼女は椿である。
分からない。椿の反応があれば、違う反応も混ざっている。
違和感。一体どういうことなのか。
「まぁ、新しい旅のお供ですわね。椿と申します。」
「初めまして、八雲紫です。」
「同じく八雲藍です。」
「また女性じゃん…」
二人に屈託のない笑顔を向ける椿。やはり、おかしい。妙に彼女は落ち着いている。それに彼女の笑顔が、不気味な妖艶さを孕んでいる。
「あら大変!そう言えば、倉のお酒が少ないわ。すみません、少々お待ちください。唯今買いに行きますので。」
「気を付けてねー。」
お気遣いありがとうございます。そう言って、彼女は出た。
そして、沈黙。俺はその中で声を発した。
「なぁ、椿って…」
「死んだよ。」
俺が質問してくることなど容易に予想ができただろう。諏訪子は俺の言葉を遮るように応えた。
「…では、彼女は?」
「………」
分かるわけがない。その無言が答えだった。
「……本当に、倉に酒はないのか?」
「え?……いや、たぶんあるはず。」
では、何故彼女は買いに行ったのか。彼女の言葉は、あまり信じてあげれない。
丁度、新しい能力を試すついでに彼女を観察するとしよう。
「『視界ジャック』。」
眼を閉じる。彼女は今、何を見ているのか。脳波から発せられる、感覚を共有させる能力だ。
能力が成功したようで、野菜売っている店の前で考え込むような素振りを見せる椿の視界に切り替わった。
「意外に早くいらっしゃったわ。どうしましょう?どう料理しましょう?早く決めないとお酒も売り切れてしまうわ。」
野菜が並んでいる店を見ている。
…宴の料理に困っているのだろうか。分からないが、そうなのだろう。酒はこの後に買うとなると、特におかしな所もない。
俺の早とちりか…?俺は目を開いて『視界ジャック』を解く。
「ふぅ…」
「その、どう?」
「いや、料理がどうとかしか言ってなかった。」
「へ?」
拍子抜けた、と言うような声が出た。だが、それを笑おうとは思わない。
俺の言葉に、神奈子や青娥は納得できないようだった。
「しかし、雰囲気が全く違う。とても椿とは…」
「確かに、椿はもっと明るいわ。目にも光がないし。」
分からない。とても、彼女の存在を理解出来ることではなかった。
悩ませている中、何も事情を知らない紫が質問をしてくる。
「ねぇ、なんでそんな考え込んでるの?聖人が生き返るなんて、ない話じゃあないでしょ?」
紫が言いたいことはよく分かる。しかし、無理なんだ、絶対に。
何故なら…
「彼女には『生き返る為の身体』がない。」
「え?」
彼女の身体は、ほとんどが土としてある。あんな残酷なことを、言っても良いだろうか?椿の名誉のためにも、口を慎んだ良いのではないだろうか。
俺は悩むばかりである。