椿が帰ってきて、彼女はそのまま台所へと向かった。今のところ、彼女に殺気は感じられない。どうしたものか…
「椿が生き返ったとき、あの子思いっきり私達を抱き締めて泣いていたの。」
「ふむ…」
疑わしい。何が、と言われれば分からないが、強いて言うならば彼女が偽物だと言うこと。いや、正確には半信半疑なのだ。彼女が本物と信じ込ませるために、そうやって抱き締めたのかもしれない。
視界ジャックをしたときも、もしものために言葉を隠していたのかもしれない。
彼女がもし、俺を殺すために黄泉の世界から来た者なら、『ディア』をしても意味はないだろう。きっと俺の能力はバレている。今まで、色々な技を見せてきた。当然である。きっと何かしらの対策を練っているに違いない。
しかし、ならばどうするか?
「はーい、零様の好きな鰻ですよ。」
「ありがとうな。」
俺の好物も、その俺流鰻の料理の手順も知っている。この料理のやり方は代々巫女に伝わっている。俺流というように、俺が考えた調理方だ。
簡単さ。鰻を開き、等間隔で身と皮の間を串で刺し、秘伝のタレを塗りたくりながら火で炙る。それを飯に乗せ、最後に追うように秘伝のタレをかける。これで完成だ。
しかし、予想じゃそろそろ世間もやり始めるな。そんな気がする。
「にしても、椿は魚を捌くのは慣れたか?まだ魚屋に任せてないだろうな?」
「あ、あはは……」
椿は都合の悪い時、苦笑いをする。昔の椿と差異はない。寧ろ、同一人物かのように思える。
「ハァ…分かった。俺が後で教えてやる。生きた魚買ってくるから。」
「まさか、〆るところからやるんですか……?」
「当たり前だ。」
「あーうー…」
諏訪子の真似をしてたらなった口癖も、彼女が苦手とするものも、質問する時に首をちょいと傾けるのも、すべて生前の彼女だ。明らかに一致する。しかし、明らかに違う。
どこか、暗い。もっと明るかった。彼女の一番良いところは明るいところだ。
昔、彼女にそれを言ったら激しく喜んでいたのを鮮明に覚えている。そんな彼女が、こんなに悲しい目をするだろうか?否、あり得ない、余程の事がない限り……いや、あった。彼女には余程なんてもんじゃあない死があった。
だからと言って、生き返ったのならば明るくなれるのでは?とも一瞬思ったが、それは人による。
駄目だ、考えたら考える程分からなくなる。
「零様?お口に合いませんか?」
「え、あ、いや、違う。考え事をしていたんだ。」
「そうでしたか、てっきり……」
「椿のご飯は俺の好物だ。合わない訳がない。」
そう言って、つい昔のように頭を撫でてしまった。
「えへへ……」
「ッ!?」
今、確信した。彼女は東風谷椿だ。間違いない。頭を撫でたときの、声、笑顔、動作。すべてが東風谷椿だ。
だとしたら、そもそも何故、彼女は生き返ったのか?どうやって生き返ったのか?
分からない。やはりどう考えても───
「ごちそうさま、美味しかったよ。」
「お粗末さまです。」
「お粗末なんかじゃあないさ。旨かったぞ。」
「えへへ、ありがとうございます。」
一瞬、彼女の悲しい目は消え失せ、昔のように笑った。そうだった。彼女はそういう人だった。人前では華奢な姿を見せ、女性から憧れの存在として目を向けられていた。が、諏訪子や神奈子、俺の前では甘えん坊になるのだ。
諏訪子や青蛾が羨ましそうに見ている。そんなに椿の頭を撫でたいのか。
「それでは、私は器を洗いに行きますので、おくつろぎ下さい。」
「手伝うか?」
「いえ、家事は私のお楽しみになので。」
なら、お言葉に甘えさせていただくか。俺は腰を持ち上げて部屋に戻り、考えることにした。
布団の上に胡座をかき、正面に丸が座った。
「零さん、彼女は……」
「椿は間違いなく、椿だ。あぁ、間違いない。」
「そうですか…しかし……」
「あぁ、丸の言いたいことも分かる。」
どうやって生き返ったか?ということ。
先にも言ったが、彼女には生き返る身体がない。考えられるのは、『黄泉からの刺客』として現れた。
それなら無いことはないのだ。言い切れる理由は、ユナ・ネイティブを最初に殺した後、俺は奴を完全に燃やした。骨が溶ける程、熱く。
しかし、奴は再び目の前に現れたのだ。
それを考えると、彼女が目の前にいるのも納得がいく。彼女の死は、決して忘れない。あの不幸を、忘れるわけにはいかないのだ。