当時は久々にのんびりしたいということで、諏訪に数ヶ月は滞在していた。一年が経てば再び旅立とうとしていたが、椿の懐き様が歴代の巫女の比ではなく、彼女の性格上その時に駄々をこねられてしまうのでは無いのだろうかと、贅沢な悩みをしていたのを覚えている。
未だに魚の捌き方がぎこちない椿の木の葉の色をした髪を撫でる。そうやってあどけなく微笑む椿に、父親の代わりができているのだと実感すると同時に、あまり会えないことに申し訳なさを覚える。
「そういえば、先日諏訪に『私は奇術師だ。』と自己紹介の方がいらっしゃったらしいのですが、どうも奇妙で面白いことをなさるようですね。」
ある時、雑談の最中で椿がそう話してきた。どうやらその奇術師とやらは、物を空中で留めたり、書いた文字を白紙に戻したり、何も入っていない茶碗の中に水を貯めたりと、面白い事をするのだという。
それらは俺には造作もないが、それは俺だからであって普通の人間には簡単では無い。
「面白そうだな、興味がある。」
「あ、それなら今見ていきますか?この時間にいつもその奇術をしているそうですよ。」
それは非常に丁度いい。そう思い、その提案に賛成して椿と出かけることにした。
ある程度の支度をして、俺が鳥居の下で待っていると椿が駆け足で近寄ってくる。
「それじゃあ、行こうか。」
そうして、街の方へと足を運ぶ。その際、椿は俺の腕に抱きつき、並行して歩く。少し歩きづらいものの、仲のいい親子のような気持ちになり、俺も笑顔でその腕を貸した。
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暫くして、目的の奇術師が披露しているという場所まで辿り着いた。驚くほどの人集りが既にできており、椿は前の人に遮られて良く見えていないらしい。何度が背伸びをしながらも不満そうな顔をしている。
俺は背が高いためその中心にいる奇術師が見える。茶色の長い髪をした、目を布で覆っている女性が大衆に向かいお辞儀をしている。
「前の人で見えないです…」
「すごい人だかりだもんな。よし、ちょっと場所を移動しようか。」
我が子が悲しい顔をしていたら、何とかしたくなるのが父親である。俺は椿の手を引き、何とか奇術師の見える場所まで移動する。
確実に見える場所は、既に思いついている。ただ、奇術師より目立ってしまう可能性があり、それは申し訳がないため路地裏に入る。
「ここからどうするのですか?」
「すぐにわかるよ。」
俺は椿を抱え上げ、その場にしゃがみ込む。椿は何が何だか分かっていないようで、少し慌てている。
「しっかり掴まっていろよ。」
そう言われて、椿は俺の腕を掴む。それを確認して、俺は勢いよく垂直に飛んだ。空気抵抗を感じながらも屋根の上まで着き、足を広げて着地をする。
「上からなら見えるだろ?」
「そ、そうですね。」
椿は顔を赤らめている。確かに、その歳にもなって子どものように抱えられるのは恥ずかしかったか。とはいえ、安全性を考えるとあの様にするしかない。
「でも、上にいたら注目されませんか?」
「安心してくれ、それも対策済みだ。」
俺は水蒸気を身にまとい、光の反射でまるでそこに居ないかのように見せる。椿はその現象に驚く。
少し悪戯心が芽生え、俺はその水蒸気から腕を出して椿をその中に引きずり込んだ。椿からすれば何も無いところから腕が生えて掴まれたように見えるだろう。椿を抱き寄せると案の定心臓で大きく拍を刻んでいる。
「び、びっくりしました。」
「ははは、すまんな。」
俺と椿は誰にも確認できなくなった。これでゆっくりとその奇術を見ることが出来る。一応霊力も遮断することにしよう。
俺は瓦の上に座ると、椿も俺の隣に座る。奇術師に目を向けると、次の奇術を行うようで、その手には割れた石がある。何をするつもりなのだろう。
「さぁ、皆様。お次はこの石でございますが、ご覧と通りかけております。こちら、元々はとても綺麗な形をしており、美しい石だったのですが、このように割れて形が複雑になってしまい、その美しさ失われてしまいました。」
確かあの意思は『薔薇輝石』という石で、永琳なんかは『ラブシリカ』と呼んでいた気がする。確かに、あの石は薄紅梅の色をしていて綺麗だったと記憶している。
「皆様は、この石の美しい姿を見たいですよね。私がその願い叶えましょう。」
そう言って、奇術師はその石を欠片も残さず手で覆い隠す。何が行われるのかと大衆や隣の椿も前のめりになっている。
暫くして、奇術師はニヤリと笑う。わざとらしく見せつけるようにその覆った手を震わして、止める。そして、ゆっくりとその手の中を明かしていく。
その中には、綺麗でツヤっとした輝きを放つ薔薇輝石が転がっていた。大衆はその存在を確認すると騒ぎ始める。
「す、すごい…」
椿も思わずそう呟いた。霊力や妖力の類は感じられなかった。これに関しては俺にも分からない。これが奇術というものなのか。力のエネルギーを感じることがなかったことからなにか仕掛けがあるのだろうが、全く分からない。
「ありがとうございます。ありがとうございます。このように、私は不可思議な力を持っております。何かを修復するのはお手の物。その他にも様々なことをしております。困ったことがあれば、私にお任せ下さい。」
なるほど、そういった商売か。いつの間にか溢れかえるほどに集まっていた大衆は一様にして、家で壊れたものや仕事道具の修復を頼もうか、と話している。
「そろそろ行こうか。」
「そうですね。それにしても凄かったですね!霊力とか、そういった外的な力とか感じられなかったですもの。」
椿は興奮したように話しかけてくる。そんな椿の頭を撫でて笑顔を確認した後、ゆっくりと立ち上がる。椿は先程の路地裏の方へとかけて行き、俺もそれについて行く。
ふと、先程の奇術師の方に目をやると、こちらの方に顔を向けている。そして、ニヤリと笑う。布で覆われた目で、こちらを見ているような気がする。同時に寒気。
「どうしました?」
「え、いや…」
椿が心配したように顔を覗かせる。俺は椿に今の出来事を伝えようと、再び奇術師の方に目をやるが、既にその姿はなかった。
「…なんでもない。」
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次の日、俺は欠けたツボを風呂敷に入れ、一人で街に降りていた。目的はもちろん、例の奇術師だ。
昨日のことが妙に気になる。俺を追う黄泉の奴らのこともあり、可能性を潰すためにも会わなければならない。
「確か、この辺りだ。」
周りを見渡す。しかし、その姿を捉えることが出来ず、昨日の大衆に混じっていた人々も何処に店を開いているのだろうと右往左往している。
あんなに盛大に見世物をして、店の在処が分からないとはどういうことだ。怪しすぎて、訳が分からない。罠にしては粗悪だ。
「『ナビゲーター』。」
脳波を発して、波の返りを待つ。路地裏の方に、机と椅子と、その椅子に座った女性を確認できた。俺はそっちに足を向けて歩み始める。
人が三人横に並べるぐらいの広さの路地裏の一番奥に、昨日の奇術師が座っていた。静かに座っている様は、何処か妖しく怪しい。俺はそれに向かって歩き、真正面に座る。
「お客様ですか?」
「そうだ。昨日の奇術を見て、壺の修復を頼みたくなったんだ。」
そう言って、机の上に風呂敷を置いて広げる。すると、奇術師は机の上を人差し指でトントンと二回叩く。
「壺ですか。欠けてしまわれたのですね。」
「分かるのか?」
「ええ、見ての通り目が見えませんので、音の波から見ています。」
音が波であることをなぜ知っているのか。全てが怪しい。
「そんな怪しいですか?」
「何?」
目が見えないとはいえ、そこまで分かるのは明らかにおかしい。一体この女性はなんだと言うのだ。
「昨日、屋根の上からご覧になられていた方ですね?」
「そこまで分かっているのか。」
「不思議な心臓の音をされていたので。」
あんな人集りの中の心臓の音すら、彼女には聞こえているというのか。俺の『ナビゲーター』でも、そこまで正確には捉えられない。
「この壺も、私と話すための口実でしょう?ご要件はなんですか。」
「…何者だ?」
「奇術師でございます。」
遠くで人々が騒がしいのにも拘らず、この空間だけが切り取られたかのような緊迫感が独占していた。