東方化物脳 Re:make   作:薬売り

62 / 106
椿の香り Ⅴ 『限界』

「奇術師、か。」

「奇術師、ですね。」

 

 求めている返答では無い。そんなことは彼女にも分かっていることだろう。飽く迄も教える気は無いらしいようだ。優しい笑顔を保っているのが腹立たしい。

 この奇術師のペースになるのはゴメンだ。

 

「ならいい、商売頑張れよ。」

「え?」

 

 俺は椅子から立ち上がり路地裏から立ち去ろうとする。俺の心臓の音はいつも通りだった。

 恐らく、この奇術師は俺に興味を持たれたいらしい。その理由は定かでは無いものの、俺にしか分からないような場所に店を開いたり、質問に勿体ぶるような言い方は、そう思ってもしょうがない。ならば、興味を失えばいい。フリではあるが、相手の反応を見るには丁度いい。

 

「良いのですか?私の事怪しいのですよね?」

「怪しんで欲しいのか?」

「い、いえ、そういう訳では…」

「じゃあ、どういう訳だ?」

 

 奇術師は言葉を詰まらせる。まさか、こんなにも簡単にペースを乱せられるとは思わなかった。なんだか、言葉でしかけたのが馬鹿らしい様にも思え、俺はため息を吐いた。

 俺は椅子に座り直し、机に頬杖のための肘を置く。

 

「アンタ、なにが目的?」

「なんのことですか?」

「心臓の音、速くなったな。」

 

 人集りもない、対面したこの状況下なら人の心臓の音なんてものは俺にも聞こえる。この娘は絶望的に駆け引きのような状況が弱い。これが演技なら大したものだ。

 奇術師は咳払いをして、心拍数を抑えるために息を深く吐いた。この時点で肯定したようなものだが。

 

「申し遅れました。私の名前は『空蝉 菜々』と言います。」

「そうか。俺の名前は…」

「『神田 零』様、ですよね。」

 

 どうやら、もう隠すつもりはないらしい。俺のことを知っているのは何故か。答え次第では、その首を斬る必要がある。

 頬杖をついている腕とは逆の手から、机の下で青く輝くそれを生やす。彼女は何を言うのか。

 

「何故、俺を知っている?」

「…分かっていますよね。私が知っている理由なんて。」

「やはりか…」

 

 心拍数は変わらないとは、余程の自信のようだ。しかし、ずっと黙っていては、先に攻撃を仕掛けられる可能性がある。

 殺られる前に、殺るか。俺は立ち上がりその刃物と化した右腕を奇術師の首元に…

 

「小さい頃からの大ファンなんです!!」

「…は?」

 

 今、彼女はなんと言った?

 

「あれ、どうしました?立ち上がって。」

「え、いや、なんでもない。」

 

 俺はゆっくりとその椅子に腰かける。俺のファンだと?にわかには信じ難い。いや、確かに俺の名前は知れ渡っていることは恥ずかしながらも認めよう。しかし、このような反応は旅の中で初めてだった。

 俺を騙すための嘘である可能性は少なくない。一応、『ディア』で彼女の思考を覗き見ることにする。

 

『嬉しい!!会えた会えた!!やっと会えた!!零様零様零様零様…』

 

 うん、怖い。俺を殺そうとか言う思考は微塵もなかったものの、別の恐怖が存在している。

 

「それにしても、やっと会えましたぁ…でへへ。」

「あぁ、うん、そっか。」

「零様のお手に触れてもいいですか?」

「い、いいよ。」

 

 菜々は俺が差し出した手を、息を荒らげながら恐る恐る握ると奇声を上げながら体を跳ねさせる。

 

「零様の手だぁ…うへへへ。」

「その、俺に会うためにわざわざこんな人通りの少ない路地裏に店を?」

「零様なら私の事を見つけてくれると信じていました!」

 

 何だこの疲労感は。話しているだけで俺の活力が吸い取られていく感覚だ。目の前の奇術師は口元をだらしなくして笑っている。

 

「あ、あのぉ…」

「なんだ。」

「ふへ…もしよろしければ、また会ってくれませんか?」

 

 絶対に嫌だ。と言いたいが、流石にストレートにそんなことを言う訳にはいかない。どうしたものか。

 

「いや、俺も忙しいんだ。残念だけどこれで会えるのは最後だ。」

「諏訪大社で寝転がっているのが忙しいなんて、零様はなんて面白いご冗談を…ぬふふ。」

 

 なんで知っているのだ。

 

「もしかして…会いたくないですか?」

「いやぁ、その…」

「私の身体、好きにしていいですよ?」

「そういうの止めろ。」

「ふへへへへへ、こんな気持ち悪い私にも優しい…」

 

 先程までの人格が嘘のようだ。別の人格と話している気分だった。このままずっと話していると、本当に疲れ果ててしまう。これは、諦めて直接伝えるとしよう。

 

「申し訳ないが、君の行き過ぎた愛は俺にとって非常に怖い。だから、正直また会いたいとは思えなかった。すまないな。」

「そ、そんな…」

 

 俺は漸くその椅子から立ち上がる。踵を返して諏訪大社へと戻ろうとする。彼女には申し訳ないが、俺も聖人では無い。諦めてもらうとしよう。

 

「昔はあんなにも愛を受け止めてくれたのに…」

 

 後ろの方でブツブツと呟いている。

 記憶すら捏造されては、俺もどうしようもない。俺と会ったことがあるとするならば、こんな回りくどい会い方をしなくても会えたはずだ。つまり、こうしなければ俺が会いに来てくれないと判断しているわけだ。よって、その記憶は嘘の記憶と言える。

 俺は路地裏から出ると、見知った姿があった。

 

「おう、椿。買い出しか?」

「あ、零様。今日の晩御飯を買いに来ました。零様はどうされました?」

「俺は昨日の奇術師が気になって会いに行った。」

 

 癒しの椿は、俺の疲れきった心に恵みを与えてくれる。俺の顔は自然と笑顔に溢れる。

 

「そうなんですね。どうでした?」

「あぁ、いや、うん。凄かった。」

「え?」

 

 俺のあやふやな返答に首を傾げる椿の頭を撫でて、俺も彼女の買い出しを手伝うことにした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。