あれからまた数ヶ月が経過し、明日で俺は再び旅立つことになった。その頃には奇術師の話も聞かなくなり、諏訪から出て次の町へと旅立ったのかと安心していたのだが、別の問題が発生していた。
「ねーねー、椿。そんなに拗ねないでよー。」
諏訪子が懸命に椿の背を摩って、声をかけて続けている。予想をしていたことではあるが、椿は俺の旅立ちに対して駄々をこねた。
「諏訪子様はいいですよね。長生きだから零様に何度も会えるけど、私は指で数えられるほどしか会えないのですから。」
諏訪子と俺に椿の鋭い言の葉、もとい言の刃が脳天に刺さる。諏訪子はともかく、俺に関してはぐうの音も出ない。
しかし、あまり長居できないのも事実なのである。1年程度の滞在なら問題は無いが、あまりにも長居してしまうといつ襲い掛かるか分からない黄泉からの刺客と対峙してしまうかもしれない。そうなれば、巻き込んでしまうのは確実だ。
「零だって、本当は椿ともっと居たいと思っているよ。」
「それなら何故出ていかれるのでしょうか。」
「それは…」
椿には俺の旅の理由を教えていない。理由としては、俺の旅はあまりにも血生臭く、黄泉からの殺気や憎悪が渦巻いている。純粋な少女を穢れに浸らせる訳にはいかない。
「…まだ、私に教えて下さらないのですね。」
椿はゆっくりと立ち上がり、覚束無い足取りで外へと向かう。そんな椿に、諏訪子は心配した声で呼びかける。
「椿…」
「分かっているんです。零様は別に私に意地悪をしているわけではありません。寧ろ、零様は人のためにご自身の身体が傷付くことを厭わないお方です。きっと、その沈黙も、回り回って私のためを思っていただいたものなのでしょう。」
顔半分をこちらに向け、覇気のない声で呟いた。椿も、俺を尊敬してくれているからこそ、俺の意図は理解しているらしい。しかし、こちらから見える顔の右半分は今までに見た事がないほど、寂しそうな表情をしていた。
「頭を冷やしてきます。」
そう言って戸を開け、すっかりと暗くなった外へと出ていった。その後に訪れる、暫くの沈黙が息苦しい。
「…ま、まぁ、椿も年頃だからな。」
神奈子がその沈黙を破り、椿のフォローを入れる。そのフォローも少しズレている気がするが、神奈子もどうすれば良いか分からないのだろう。そんな中で気にかけるのは神奈子の美点でもあるだろう。
「…追いかけてくる。」
「貴方が行くとややこしい事になるだろうから、私が行くわ。」
「そ、そうか…」
椿を追いかけようとする俺を、青娥が止める。日々鈍感だと俺に言い続けている青娥が動くということは、まだ俺が察せられていない何かがあるのだろう。
俺は素直に受け入れ、座り直す。青娥は静かに戸を開けて椿の姿を追う。
「仕方ないよね。零だって、椿を巻き込みたくないんだもんね。」
「…ありがとう。」
歴代の巫女が反抗期で俺に暴言を吐いた時も、諏訪子はこうやって俺を励ましてくれた。今回はベクトルが違うものの、変わらず励ましてくれるのは非常にありがたい。
俺も長く生きているが、好意的な関係性の人間からネガティブな態度をとられると傷付いてしまう。いくら生きていてもツライものだ。
「零さん、やっぱり椿さんには言わないんですか?」
「あぁ、言うつもりは無い。」
「しかし、椿さんもあのままではツライのでは?」
美鈴と丸の意見はごもっともだ。しかし、知らない世界である方がいい。これは俺のわがままでもある。身勝手で、幼稚な考えだ。それでも、椿には清らかなままでいて欲しい。
「少し考えさせてくれ。」
そう言い残し、俺は寝室に戻ろうと立ち上がったその時、壊れんばかりの勢いで椿を追ったはずの青娥が戸を開ける。身体で荒い息をして、慌てた表情で顔を上げた。
「椿の姿が見当たらない!」
「な!?」
青娥の言葉に、目の前がグラリと揺らめいた。しかし、こんなことをしていられない。探しに行かねば。
俺は『ナビゲーター』をしながら神社を出た。たが、椿の姿を脳波が捉えることはなかった。神社の周りの森を、日が昇っても探し続けたにも拘らず、やはり椿の姿は見当たらなかった。神社にも帰ってきておらず、神隠しにあったかのように、椿は忽然と姿を消したのだ。
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椿の過去の話を、紫と藍は真剣な眼差しで聴いていた。後ろにいる青娥や諏訪子達は苦い顔をしている。もちろん、この場に椿は居ない。
「それで、彼女はどうなったの?」
「見つかったのは、行方不明になっておよそ一週間後だった。」
見つかったという言葉に、藍は胸を撫で下ろす。しかし、隣の紫は冷や汗を垂らした。どうやら、紫には分かるらしい。俺たちが如何に椿の死に触れたくないかが。
「椿は死体として発見された。」
その言葉は、この部屋の空気を一気に重くした。藍も、予想していただあろう紫も、その事実に絶句している。
「い、一週間ってことは…」
「それ以上は言うな。思い出したくない。」
藍の言葉を止める。その行為が、藍への答えになってくれるだろう。彼女はバツが悪そうに口を閉じる。
「その後、丁寧に火葬をした。つまり椿は骨だけのはずなんだ。」
「でも先月、彼女の墓から蘇ったの。」
俺の言葉に続き、諏訪子が説明を入れる。彼女の血や肉は何処から生まれたのだろうか。今まで聞いたことがない事例だった。合理的な説明や考察ができる気がしない。できるとしたら…黄泉からの刺客しか有り得なかった。
「あの表情は椿そのものだ。決して誰かが模倣している訳では無い。」
「うん、私もそう思う。」
「そうなのね…」
俺と諏訪子の断言に、紫は考え込むように黙った。そして、何かを思い出したかのようにして口を開く。
「ねぇ、少し気になることが…」
「皆様どうされました?」
紫の言葉を遮り、椿が部屋に入ってきた。皆は軽く慌てているが、俺は落ち着いて返答をする。
「いや、今後の予定を考えていた。」
「随分真剣に考えていらっしゃるのですね。お聴きしてもよろしいですか?」
「構わないぞ。」
そう言って、俺は紫の計画『東方project』を利用して話を切りかえた。白馬村のどの部分を幻想郷にするかとか、どのように交渉をするかなどを口にすると、紫や青娥は話を合わせてくれた。