東方化物脳 Re:make   作:薬売り

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椿の香り Ⅷ 『冷酷』

 青娥は俺の目の前に座り、じっとこちらを見つめていた。その真剣の眼差しは、一体何を意味するのかが俺には検討もつかない。何かやらかしてしまったのだろうか。

 青娥は次第に前のめりになっていくぐらいに、何も言わずこちらを見続けている。

 

「あの、なんだ?」

「え?」

 

 耐えきれず、俺は彼女に真意を訊くことにした。青娥は俺の言葉でハッとしたのか、顔を赤くしながら自分の姿勢を元に戻す。恥ずかしさを誤魔化すために、咳払いを一つ。

 

「貴方、最近身体にガタが来てるでしょ?」

「いや来てない。」

「いや来てる。」

 

 しかし、これと言って自覚のできる不調や疲労は感じられない。それに、仮にそのような症状があったとしても自身で解決出来る問題がほとんどである。流行病ですら泣いて逃げていく俺の身体に、そのようなガタなど来るはずもない。

 

「自覚できる症状だけが全てではないわよ。」

 

 俺の思考を読んだかのような発言だった。俺への理解があまりにもありすぎて、たまにやりづらい時がある。俺は深く息を吐きながら頭を搔いた。

 

「それで、お前の目的はなんだ。」

「話が早くて助かるわ。」

 

 誇った顔をしている青娥に対し、なんとも言えない苛立ちを覚える。いつもの仕返しのつもりなのだろう。

 

「それに、これは貴方にとって悪い話では無いわ。」

 

 打って変わって、いつもとは違った邪気のない笑顔を見せてくる辺り、青娥は狡い人間だ。仕方がないと、俺は足を崩して青娥の話を聴くこととした。

 

「早くしろ。何が目的だ?」

「もー、せっかちね。しょうがないから教えてあげる。」

 

 そう言い、青娥は座り直した。俺の無自覚な不調と、一体どのような関係性があるのか。正直、全く予想ができないだけに少し期待している。何を言ってくるのか、俺は少し前に重心が動く。

 

「今から貴方にマッサージをしてあげるわ。」

「何が目的だ?」

「今言ったでしょう!?」

 

 何が目的だ。俺の機嫌を取り、何を要求するつもりなのだ。何の見返りもなしに、青娥が俺にマッサージなどするわけがない。

 俺は訝しむような目で青娥を見る。それを見て、彼女はショックを受けているのか、笑いながら遠い目をしていた。

 

「そんなに信用ないのね…私…」

「お前に裏があるのは確実だ。お前だからな。」

「そういう信用はいらないわよ…」

 

 分かりやすく肩を落とす青娥に、絶えず疑いの眼差しを向け続ける。そんな俺を青娥はチラッと横目で見て、床全体を這うぐらいの溜め息を吐いた。

 

「貴方、今まで精神的にツライことが沢山あったでしょう?」

「…まぁ、そうだな。」

「私なりに労ってみようかなって思っただけよ。ハァ…」

 

 今度は本当に落ち込んだ様子だった。それにしても、青娥が本気でそこまで思ってくれていたことに、少し驚きつつも申し訳なさを覚える。

 俺はその場でうつ伏せになり、不思議そうにしている青娥を片目で見る。

 

「何やってるの?」

「マッサージ、してくれるんだろ?」

 

 そうすると、青娥の顔には花が咲き、ウキウキしながら俺の上に跨った。膝立ちしながら彼女は俺の背中に手を置き、嬉しそうな声色で話しかけてくる。

 

「ではお客様、これからマッサージを始めさせていただきますね。」

「…お手柔らかに。」

 

 何故か嫌な予感がする。やはり疑い続けた方が良かっただろうか。手遅れな思考をしながらも、俺は彼女の指圧を待つことにする。

 嫌な予感とは裏腹に、肩甲骨の下に感じる指圧はなんとも心地よいものだった。若干の痛みが、筋肉の緊張を解してくれる。

 

「やっぱり零って筋肉あるわよねぇ。」

「まぁな。」

 

 戦闘は数え切れないという言葉では言い表せない程繰り返してきた。それこそ、黄泉からの刺客、全く関係ない大妖怪や強力な人間と命懸けの戦闘を行っていれば、見た目で分かる程度に筋肉は付く。能力頼りでは人を守ることが出来ないことを、俺は知っている。

 

「それで、今の問題はどうなの。」

「…椿か。」

 

 なるほど。飽くまでマッサージは俺と話すための口実、及びカモフラージュか。椿に聞かれては困る内容になることは間違いない。嫌な予感とは、これのことか。今、椿のことを考えたくはなかったのだ。

 部屋の外で耳を立てていれば、俺の『ナビゲーター』ですぐに分かる。俺は青娥に誰にも聞かれていないことを伝えるためにも、そう答えた。

 

「椿は、どうやら生前から俺のことが好きだったらしい。」

「…え?それはそうでしょう?」

「いや、好意的だという意味ではなく、一人の男として好きだったらしい。」

「うん、だからそうでしょ?」

 

 暫くの沈黙。青娥の疑問符を噛み砕くのに、非常に時間がかかった。そんな俺の反応に気がついたのか、彼女は呆れたような深い溜め息を再度吐いた。

 

「本当に零ってば良い男よね。女の敵よ、バーカ。」

「はい、すみません…」

 

 衝撃の事実だったのだが、青娥からしてみれば、いや、その言葉から察するに俺以外の人は周知の事実だったのだろう。そう考えると、椿が行方不明になる前に、俺が追いかけようとしたのを止めたのには納得がいく。純粋な恋心に、俺の鈍感さはもはや暴力とも言える。

 

「それでなんだが、先程椿に誘惑された。」

「え!?」

「いや、それも確かに驚きなのだが、問題はそれからだ。」

 

 青娥は俺の腰に圧をかけながらも、俺の言葉に耳を傾ける。

 

「もちろん俺は抵抗をしようとしたのだが、全くと言っていいほど身体が動かなかった。先に言っておくが心因的なものでは無く、全くだ。」

「貴方が…?」

「俺がだ。」

 

 自分で言うのも少し違うが、俺の規格外の力を青娥が一番知っている。そう驚くのも不思議では無い。

 

「霊力やその他のエネルギーの流れは感じられなかった。つまり、俺が知らない力が働いていたはずだ。素で俺を超える力があるとは考えられない。」

「確かに…でも、だとしたらどういった力が働いていたというの?」

「…考えたくないが、椿は『黄泉からの刺客』なのではないかと思っている。」

 

 その瞬間、背中の指圧が力んだのを感じる。考えたくない可能性。それは青娥も同じだったようだ。

 しかし、目を背けてもいられない。

 

「飽くまで可能性だ。しかし、十分に有り得る。」

「…どうしてそう思ったの。」

「丸を殺した妖怪がいただろ?確か『ユナ・ネイティブ』とかいうクソダサい名前だったはずだ。アイツ、途中で『特典』とかいう力を手に入れたとか、言っていたのを覚えているか。」

 

 その投げかけに、青娥は俺の言いたいことを察したようだ。指がピクリと動いたのを感じる。

 

「つまり、零の体が動かなかったのは椿が手に入れた『特典』って言うこと?」

「その可能性が高い。」

「そう、なのね…」

 

 青娥は信じたくもない可能性を無理やり飲み込んだ。彼女には申し訳ないが、そうしてくれると助かる。

 

「それと、椿は病的とも言えるほど俺を好きでいる様に感じる。言葉を選ばずに言うと、一種の狂気を感じた。」

「そうなの?」

 

 静画の反応から、それは生前にはなかったものらしい。つまり、蘇った後からの感情のようだ。もし彼女が『黄泉からの刺客』なのだとしたら、今までの奴らが言う『あの人』に何かされた可能性が高い。

 これ以上、俺の愛娘の変わっていく様を見てはいられない。何とかしなくてはならない。しかし、どうやって…

 

「とりあえず、俺の周りにいる君や美鈴なんかは気をつけた方がいい。嫉妬で何をするか分からない。」

「そんな言い方しなくても…」

「冷酷にならなきゃ、やっていけないさ…」

 

 その言葉を自嘲気味に呟くと、青娥は押し黙りマッサージを続けた。心地よいはずなのに、居心地は悪い。その苦しい沈黙は、マッサージが終わるまで続いた。

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