椿と戦うことは、予想の範囲内だった。だから、青娥達を連れてきたのだ。彼女らは今、草原の周りで二次被害の防止を防いでくれている。
俺は合図として大きな霊力を身に纏う。離れていても分かるぐらいに。それからすぐに、この草原には青娥の生命エネルギーと美鈴の氣を纏った結界もどきが張られた。
「うへへ、戦う気満々だったのですねぇ?」
もちろん、それは椿にも分かるようだ。いつものあどけない笑い方はない。椿は、本当に変わってしまったのだ。
「最悪の想定をしていただけだ。避けられることなら避けたかったよ。」
「私との戦いも、私の死も、何も避けれないのですね。」
正直、彼女と戦って何を得れるのだろうか、何を守れるのかが分からない。なんの為に、俺は今から戦うのだろうか。
いや、考えてはいけない。何も考えてはいけない。椿を巻き込んでしまった。それは俺の責任だ。俺が、その責任を負わなくてはならない。
右手の前腕から青く輝く刃物を生やす。重心を落とし、居合切りのような体勢になる。
「今の貴方様には、陳腐な煽りは通用しませんね。流石、生きる伝説ですね。」
彼女の口から出る全ての言葉が俺に刺さる。しかし、当然の罵倒だ。俺はその一つ一つを受け入れ、椿を憎しみから解放する。
「行くぞ、椿。」
そう一言かけ、俺は地面を蹴った。刹那で間合いを詰め、その硬化した右手を振るう。しかし、それは空を斬った。椿は、人間ではありえない速度で背中を仰け反らせ、その勢いで俺を蹴り上げた。
その足は俺の鳩尾に入るが、俺は痛みに耐えてその足を掴む。そして、空中で前方に体を回転させて椿を地面に叩きつける。
「ッガ!?」
背中から叩きつけられたため、椿の肺の中の空気は一気に外へと追い出されたのだろう。呼吸困難になっている椿に向かって、着地の勢いで『冷の細胞』を纏った拳を振りかざす。
「ふ、ふへ、へへ、へ!!」
呼吸もままならない状態で笑う。椿は地面に萌える草を握り、引っ張るように身体をズラす。
これの拳は地面に着地する。同時に地面が凍るが、椿はバク宙をしてその冷気も回避した。
「はぁ…はぁ…すぅー…はぁー……他の黄泉の方が苦労するわけです。私にさえ躊躇いがない。」
「…」
「ならば、私も全力でいかせてもらいます。」
椿は、先程握っていた草を彼女の頭上へと投げる。ヒラヒラとゆっくり下降する草は突然動かなくなり、物理法則の外へと出る。つまり、宙に留まっている。
「私の『特典』、見たいですよね?」
その草はとてつもなく早いスピードで俺の方へと向かってくる。俺の足元を狙っているようで、飛んで回避する。それを見計らった様に、椿も同じようなスピードで俺に向かって飛んでくる。
これは、避けられない。腕に霊力を纏い、ガードをする。
「うッ!?重い…ッ!!」
椿もまた、その拳に霊力を纏っていた。俺の体は勢いよく後方へと吹っ飛んでいき、地面を抉るように着地しては体が跳ねて、また抉るように着地をして、それを数回繰り返してようやく運動エネルギーは失われていった。
俺が顔を上げると、既に目の前に椿がいる。手を振りかざしているため、俺は素早く腕を前に出して防ごうとするが、先程の衝撃が前腕を襲うことはなかった。
「土…?」
椿はまた殴るわけでもなく、俺に対して粉々になっている土を投げつけた。先程俺の身体が抉った地面から取ったものか。
拍子抜けしてしまいそうな事だが、油断してはならない。俺は急いでその場から退く。
「あら、零様は勘が鋭いですね。」
椿が投げつけた土が、集まるようにして大きな塊となった。もし俺が退かなかったら、集まった土に俺の体が押しつぶされていただろう。
先程の草と言い、この土の塊と言い、彼女の『特典』は一体何なのだろうか。物体を元の状態に戻す能力、とかだろうか。
「考えたところで分かりませんよ?」
俺の思考を読んだかのように、椿は微笑んだ。
「私はまだ、『特典』の応用を見せているだけ。根幹となる力は使っておりません。」
「なんで俺の考えていることがわかったんだ?」
「うふ、うふふふふ…」
その質問に、椿は心底嬉しそうな笑みを浮かべる。まるで訳が分からない。
「零様の癖は全て知っています。考えている時に口が軽く空く癖、嫌悪感を抱いたら歯を噛み締める癖、無理して笑っている時に拳を小さく震えさせる癖。全部全部全部全部全部全部、私が知っています!貴方様をずっと見てきましたから!!!」
叫ぶ様に言い放ちながら高速で迫ってくる。俺は硬化した右手でガードをすると、椿はあえてそれを殴る。そして、顔を近づけてきた。
「でも、戦っている時の零様は見たことがありませんでした。こぉんな顔をされるのですね…んふふふふ!!」
右手で椿を払うと、彼女は後退した。くねくねと身体を捩らせては熱っぽい目線を俺に送ってくる。
考えないようにしていたのに、限界が近い。どんどんと壊れてくる彼女を、もう見たくない。
「あぁ、零様。なんて凛々しいお顔…食べちゃいたい。」
もう、彼女を見ていられない。