零や協力者などにより結界が張られ、次は幻想郷の住民になる予定の数多な種族を移動させる作業に取り掛かった。しかし、これは紫の仕事であり、私や零などはただそれ見ているだけだった。
「そういえば諏訪子、紫から聴いたけど幻想郷に移住しないらしいな。なんか理由があるのか?」
「うん。やっぱり、諏訪の民を置いては行けないよね。」
神という存在は、一種の束縛に抜け出せない存在である。信仰とは人間の返報性の具体例のようなものだ。地域ごとに神が存在しているのも、これが原因だろう。
零は彼女の返事に納得したように、そして少し寂しそうにしながら頷いた。
「そっか。まぁ、今までのように偶に顔出すから。」
「いつでも待ってるよ。あ、永琳も来てね。」
「ふふ、ありがとう。」
私と諏訪子の会話に、零は不思議そうな顔をしている。どうしたのだろうか。
「お前らって、いつ仲良くなったんだ?というか、なんで仲良くなったんだ?」
「どっかの誰かさんが勝手に修行し始めたからだけど?」
「あ、はい。」
申し訳なさそうに肩をすくめる。そんな彼に私達はクスリと笑いながらも、ちゃんと説明してあげることにした。
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約300年前、私は姫様と屋敷の縁側でゆったりと茶を啜っていた時だった。零の旅の付き添いである義経さんと、知らない女性三人が神妙な面持ちで目の前に現れた。
零の姿がない。この時点で少し嫌なことが起こっている気がしていた。
「義経さん、零は…?」
私の質問に、彼は目線を下にずらした。まさかとは思うが、死んでしまったなんてことはないだろうか。ありえないことでも、不安が私の心臓を握りしめた。
「まず前提として、零さんは生きています。」
私の心を読んだように、彼は目的よりも先に不安を取り除いた。しかし、それならば彼らは何故目を合わせようとしないのか。
「その…零さんは身の回りの人を守ることが出来なかったと自分を責めてしまい、山に自分を封印してその空間で修行をするらしいです。」
…言っている意味がよく分からなかった。
笑った方がいいのだろうか。しかし、彼らは真剣そのものだった。私は苦笑いをしてしまう。
「あの…とりあえず上がっていってください。」
そうして、義経さんと謎の女性三人を屋敷に通した。
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「えっと、永琳?どなた様方?」
「さぁ…?」
輝夜は戸惑いながら私の隣に座っている。こそこそと話しかけてくるが、私自身彼女らが誰なのかは分かっていない。
「あの、お名前をお聴きしても…?」
私が慎重になりながら訊くと、三人はハッとした表情を見せる。
「あ、そうですよね。すみません。」
白いドレスに中華風の紫色をした前掛を着た女性が申し訳なさそうに頭を下げる。こんなに綺麗な方が、恐らく零の知り合いであることにモヤモヤとした不安を抱いてしまう。
「私の名前は『八雲紫』と言います。こちらは私の式の『八雲藍』です。」
「八雲藍です。」
藍はそう言いながら丁寧に頭を下げる。私や輝夜もつられて頭を下げる。
すると、もう1人のカエルのような目が付いている帽子をかぶった小さな女の子が作ったような笑顔を向け、自己紹介を始めた。
「私は『洩矢諏訪子』だよ。諏訪で信仰されてる祟り神だね。」
「祟り神…?」
「あ、祟り神と言っても、良い祟り神だからね!」
祟り神に良いも悪いも無いような気がするのは私だけだろうか。
「それで、零の修行云々の話を詳しく聴かせていただますか?」
「そうですね、どこから話したものか…」
そう言い、紫は義経さんの補足もありながら零の歴史を私に教えてくれた。諏訪大社の巫女をしていた椿のこと、紫と一緒に幻想郷という妖怪と人間が共存する世界を作ること、そして、黄泉からの刺客のこと。
二時間程でその全容が分かり、同時に彼の壮絶な苦悩が垣間見えた。彼は私を死ぬ覚悟で守ろうとする馬鹿だ。そして、優しい人だ。優しいが故の精神的苦痛と、彼本来の身勝手な性格が合わさった結界なのだろう。彼は山に自分を封印した。
「そうですか…分かりました。あの人らしいですね。」
「…」
私の言葉に反応する人はいなかった。空気がそこはかとなく重い。
私は軽いため息を吐き、明るく沈黙を破る。
「皆さんも彼に振り回されて大変だったでしょう?」
「え?」
紫と藍、そして義経さんは驚いた表情を見せる。しかし、諏訪子は私のその声色に合わせるように笑顔で言葉を返す。
「いやーホント、身勝手すぎだよね。それに、奥さんになんにも言わずにっていうのもねー。許されないよ。紫や藍もそう思うでしょ?」
「えぇっと…」
戸惑う紫と藍を見て、私達はなんだか面白く笑ってしまった。零は、昔から勝手な人だった。でも、そんな勝手な人でもついて行きたくなるような魅力があった。
待たされるなんて、何も苦しくない。死んでしまったと思い込んでしまったあの時に比べたら、かすり傷ですらない。本当にツライのは、今も尚修行をしている彼自身なのだ。
私は生きている限り、彼は死なない。ならば、気長に彼の帰りを待ってあげるのも悪くない。
その代わり、帰ってきたら拳骨のひとつでもお見舞いしてやろう。