人と妖怪の幻想郷への移住が終了した。人間は社会的な生物であるため、幻想郷の中央の少し東側に位置する『人間の里』に固まって住み、妖怪は各々の過ごしやすい環境に住んでいる。一方、私と輝夜は竹林に住むことに慣れ、というより愛着が湧き、人里から南東の方に位置する『迷いの竹林』に屋敷を移動させた。
これから隠居生活のようなゆったりとした生活が始まるのだと、そう思っていたのだが───
「…」
「黙っていても分からないわよ。あなた、何者?」
土で汚れた兎の妖怪が正座をしながら、不貞腐れるようにしてそっぽを向く。
数十分前、屋敷の維持費を考え、薬剤師を生業にしていこうか悩んでいると、外から実験用の獣を捕らえる罠の音となにかが暴れているような音がした。外へ出てみると、そこには足首にロープが巻かれて宙ぶらりんになっている兎の妖怪が暴れていたのだ。
狙った獣ではなかったため、その罠を解いてやるといきなり襲いかかってきたため、返り討ちにして今に至る。
「この竹林は私の旦那でもない限り、迷ってしまう場所よ。あなたが何者か、どこから来たのか分からないと返してあげれないのよ。」
「なに言ってるのよ…」
やっと口を開いたが、どうやら私の発言に腹を立ててのことのようだ。
「私の家はこの竹林よ。私はこの竹林に、あんたが生まれるよりも遥か昔から住んでいるのよ。」
「あぁら、あなたって此処に二億年以上も住んでいるのね。」
「へ?」
私もまだまだ若いってことね。そう言われてしまうと、なんだか嬉しくて、面白くて、彼女には申し訳がないけど堪えきれない笑みを零す。
「お嬢さん、挨拶もなしにここに屋敷を建てた事は謝るわ。ごめんなさいね。」
「え、あ、うん…」
「中に入りなさい。その汚れをお風呂で洗い流しましょう。そのまま、食事でもしましょうか。」
「食事?」
「引越し蕎麦よ。」
キョトンとした顔をしている兎さんを家の中へと招く。兎の妖怪なだけあって、なんだか小動物のような可愛い女の子だ。これは思う存分に可愛がってあげないと。
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「あんた、なかなか良い奴だね。」
「あら、そう?そう言ってくれるのは嬉しいわね。」
蕎麦をたらふく食らった兎さんはお腹を擦りながら鼻をすする。
「なぁ、永琳。この少女は一体?」
零は少し戸惑ったように私に問う。隣にいる輝夜も同じような表情をしていた。
「なにぃ、少女だって?私はあんたの何千倍も…」
「彼は私の年上よ?」
「…若いのよ。」
「じゃあ良いじゃねえか。」
兎さんはまた不貞腐れる。なんて可愛らしいのでしょう。家で飼いたいわ。
「それで、この少女は誰なんだ?」
「私も分からないわ。」
「分からない妖怪を招くなよ。」
「可愛いんだもん。」
「えぇ…?」
なんで零が私の行動に引いているのだろうか。全くもって人のことが言えないような性格をしているくせに。
「あー、君の名前を教えてくれるか?」
「まずそっちから名乗ったら?」
「それもそうだな。俺は神田零だ、よろしく。」
「ん、『因幡てゐ』よ。」
互いの名を名乗り、てゐと零は握手を交わした。次に、てゐは私の方に目線を向け、手を差し出してくる。私はその手を取り、握手を交わす。
「八意永琳よ。」
「あんたは?」
「蓬莱山輝夜よ。」
長生きを主張してくるだけあって、堂々とした風格はあるようには思える。しかし、それに加えて小動物のような可愛らしさも共存している生物は見たことがなかった。
「それにしても驚いたよ?私の縄張りに立派な屋敷が建ったんだから。」
「先住民がいるとは思わなかったんだ。すまない。」
「いいよいいよ。蕎麦もいただいたしね。」
てゐは楊枝を取って、歯の隙間に挟まった七味の胡麻を掻き出す。やっていることはオジサンなのだが、それすらも可愛らしい。本格的に飼うことを検討しようか。
「ホント、最近は変なことばかり起きるね。龍が空を飛んだり、大きな結界が張られたり、屋敷が竹林に建てられたり。」
「え?もしかして、てゐって…」
「ん、なに?」
「幻想郷について知らないのか?」
「何それ?」
零の質問に対して何が何だか分からないような、素っ頓狂な声で返す。その声に、零や私はそういう事かと頭を沈めた。
「てゐが見た不可思議なそれらについて、話しておこう。」
「え、何さ知ってるの?」
零は頷き、てゐにそれらの真相、そして東方projectについても話した。最初こそ訳が分からなそうな顔をしていたものの、真実がわかってくる事にてゐの顔は疲れたような表情になっていった。
「えぇと、つまり私は幻想郷の住民に図らずもなってしまったってこと?」
「そういうことになるな。恐らく迷いの竹林が迷いの竹林過ぎて、紫がてゐのことを見つけられなかったんだろう。」
「何それぇ…?」
てゐはなんとも言えない感情をその態度に出す。畳の上に寝転がり、両手を広げて大きな溜め息を吐く。
「別に実害は無いけどさぁ、なんか疎外感。」
「紫の代わりに謝るよ。」
「いいよ別に。」
本日3度目の不貞腐れ。流石に可愛いよりも可哀想が勝る。それは零や輝夜も同じなのか、苦笑いをしつつもてゐに優しく話しかける。
「そのー、いつでもこの屋敷に来ていいわよ。人もあまり来ないから、来客は嬉しいもの。」
「そうそう、歓迎するよ。」
「…ホント?」
「ホントホント。」
てゐはゆっくりと体を起こし、その両の眼で私たちをじっくりと見つめる。
「ならよろしくね。」
そう言い、先程の不貞腐れた表情が嘘かのような晴れ晴れした笑顔を向ける。もしかしたらこの展開を狙っていたのかもしれないが、そんなことは知る由もなく、三人は安堵の息を吐く。
因みに、毎回こんなに飯を食われては首が回らなくなるため、薬剤師は確定した。
最近忙しくなったためペースが落ちます。ご了承ください。