東方化物脳 Re:make   作:薬売り

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普遍の海に沈むエゴ
普遍の海に沈むエゴ Ⅰ 『困惑』


 どれぐらいの間、僕は眠っていたのだろう。それは定かでは無いが、少なくとも僕が運ばれたのは保健室の妙に硬いベッドでは無いらしい。木造の梁が丸出しの天井には、流石に心当たりがなかった。

 気分は問題ない。視界も良好。僕は自分の体を起こして今いる部屋を見渡した。

 薬品棚やビーカーが並んだ質素な空間。町医者にでも引き取られたのだろうか。ベッドから降りて、少し散策しようと床に足を着くと、扉のノブが犇いた。

 

「あれ、お目覚めになられたのですね。」

 

 女性の声が聞こえる。看護師の方だろうかと目線を上げると、どうにも非現実的な格好をした女性が立っていた。

 

「えぇと…?」

 

 困惑することは決して間違った反応では無いはずだ。非現実的な格好、正確に言うと兎の耳を頭から生やした、ロングの紫髪を靡かせる、高校生のようなツービース制服を着た女性がいるのだから。コスプレするとしても、この場ではナース服にして欲しかった。

 

「あぁ、申し遅れました。私、『鈴仙・優曇華院・イナバ』と申します。」

「れいせ…何ですか?」

「鈴仙・優曇華院・イナバ、です。言いづらいと思うので、うどんげとお呼びください。」

 

 ハンドルネームかなにかだろうか。寝起き早々、情報量が多くて困る。しかし、名乗られたにも拘らず無視するわけにもいかないため、こちらも名乗ることにした。

 

「『上嶋直人』です。」

「直人さんですね!よろしくお願いします。」

 

 自分の格好の説明は一切せず、しかし丁寧に自己紹介をする謎の女性。僕はどうすれば良いかも分からず、ただ流れに任せて彼女に礼をした。

 

「貴方、この屋敷の外で倒れていたのですが、覚えていますか?」

「そ、外で?教室じゃなく?」

「キョーシツ?いえ、竹林に倒れていらっしゃったそうですよ。」

 

 竹林?そんな場所は僕の住む地域には存在していない。しかしながら、目の前の女性は真っ直ぐな目で当たり前のようにつらつらと状況を話し始める。

 

「発見してから数時間は目を覚ましていませんでしたが、どこかお身体に不自然な点などはありませんか?」

「いや、大丈夫です…」

「そうですか!それは良かったです。今、師匠を…先生をお呼びしますね。少々お待ちください。」

 

 先生を呼びに行く、ということはやはりここは病院なのだろう。いや、病院と言うより診療所だろうか。ともかく、保健室では対応できない程の症状だったのかもしれない。それなら病院に連れてくれそうな気がするが、患者が病室を埋めつくしていたのだろうか。

 うどんげさんは部屋の外を出て、「師匠ー!」と大きい声を出しながら忙しなく走っていった。一人残された僕は、ベッドに再び腰かけ、大人しく待つこととした。

 そういえば、スマホはどこだろう。もしかしたらここがどこか分かるかもしれない。そう思い、僕は身体中のポケットを探る。しかし、硬い長方形の感触は伝わらなかった。

 

「無い…」

 

 僕は慌てるように立ち上がり、もう一度部屋を見渡す。もしかしたら僕の鞄が預けられていて、その中にしまわれているのかもしれない。そんな希望を抱いたものの、そんなものは存在しなかった。

 

「スマホが、無い…」

 

 僕は落胆するようにベッドに座り込んだ。現代社会において必要不可欠な存在のスマホを無くしてしまった。これじゃあ、友達と繋がれない。学校で孤独になってしまう。そんな思考が脳内を駆け巡り、僕は頭を抱えた。

 

「どうかしましたか?直人さん。」

「え、あ、どうも。」

 

 そんな僕の姿に困惑する声が、また部屋の外から響いた。そこに目をやると、先程のコスプレイヤーのうどんげさんと、青と赤のツートンカラーをしたチャイナ風のワンピースを着た銀髪の女性が腰に手を当て立っていた。頭には赤十字マークが刻まれたナース帽を被っているため、この診療所の方なのだろう。

 

「うどんげから聴いたけど、元気そうには見えないわね。」

「あぁ、いや、スマホが見つからなくて落ち込んでただけです。」

「スマホ…ね。」

 

 スマホという言葉にえらく思考を巡らしている様子だ。それに、とてつもなく面倒くさそうな顔をしている。何があったのだろうか。

 もしかして、探してくれるということだろうか。それは確かに面倒だろうが、こちらとしては万々歳だ。

 

「あの、どうしました?師匠。」

「外来人に全部を説明するのは面倒臭いのよ。」

「あ〜…外来人の方なのですね。」

「服を見りゃ分かるでしょ。それに、スマホなんて私達が聞いたことも無いものを探しているくらいだし。あの人なら知ってるかもだけど。」

 

 全くもってちんぷんかんぷんな話を二人だけで進める。外来人とはなんのことだろうか?僕のことをブラックバスの魚人だと勘違いされているのだろうか。この人が条例絶対ウーマンではないことを祈ろう。

 

「貴方、幻想郷って知ってる?」

「幻想郷、ですか?」

 

 随分とファンシーな字面が出てきた。恐らく地名か何かだろう。しかし、全く聞いたことがない。

 

「その様子は知らなさそうね。」

「珍しいですね、この辺りに外来人なんて。」

「偶然では無い気がするわね。」

 

 また思考を巡らすお師匠さんに、僕は堪らず声をかける。

 

「あの、色々と説明していただいてもよろしいですか?」

「え?あぁ、ごめんなさいね。まず、私の名前は『八意永琳』。医者だと思ってくれて構わないわ。」

 

 素直に「医者です。」と言わない辺りに若干の不安が募るが、とりあえずどうしようもないので頷いておいた。

 

「上嶋直人です。よろしくお願いします。」

「よろしくね、直人くん。」

 

 そして、伸べられた手に応じるように握手を交わす。

 

「それで?倒れる前はどうしていたのかしら?」

「学校で授業を受けてました。」

「突然倒れたの?」

「はい。」

 

 僕の返答に永琳さんは不可解だと言わんばかりに眉を顰める。まだ質問した回数は少ないというのに、何をそんなに考えることがあるのだろうか。

 

「貴方、私が今から言うことに落ち着いて聞いてもらえるかしら。」

「え…頑張ります。」

 

 まさか、余命宣告でもされるのだろうか。心做しか、先生はとても言いづらそうに、苦しそうな表情をしている気がする。僕は固唾を飲んで先生の次の発言を待つ。

 そしてついに、ゆっくりと先生の口が開かれた。

 

「貴方がいた世界と貴方が今いる世界は別のもの、つまり別世界よ。」

「…は?」

 

 どうやら目の前の医者と思われた女性は、世界観を大切にしているタイプのコスプレイヤーだったようだ。

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