中編からの主人公の名前を、私の別に考えていた作品の主人公の名前で間違えて今まで書いていました。正しくは『上嶋直人』です。大変申し訳ありませんでした。
瞼の奥に光を感じる。それに、香ばしい匂いと共にパチパチと何かが弾けるような音も聞こえる。これは、焚き火だろうか?
僕は不思議に思い、その目を開く。
「お、起きた。」
僕の目の前には長く白い髪の毛が綺麗な、もんぺを履いた女性が火でなにかの肉を炙っていた。
「私に感謝しろよ。遭難したお前を見つけてやったんだから。」
「すみません…」
「感謝しろって言ってんのになぁ?」
「あ、ありがとうございます…」
そういうと彼女は満足そうな顔をした後、その丁度良く焼けた肉をワイルドに噛みちぎる。
確か僕は竹林を抜け出せずにいて、そのまま眠ってしまっていたはずだ。そう思い、周りを見渡すと変わらず夜の闇に覆われた竹林だった。つまり、僕は奇跡的に人に見つかったのだろう。目の前の女性がまるで天使のように見えてきた。
そうこうしていると、彼女はもう1つの肉を僕に差し出した。
「ほら、腹減ってるだろ?」
「ッ!!ありがとうございます!!」
僕はその手渡された肉を咀嚼する。空腹の状態で暫く過ごしていたため、喉を詰まらせる勢いで食べる。と言うより実際に詰まらせた。女性はそんな俺に呆れながらもコップのように加工された竹を渡してくる。中には水が入っていた。
「それにしても何の用だ?。『迷いの竹林』まで来て。」
「んぐっ…その、用があった訳では無いんです。」
「じゃあなんで?」
僕は今までの事を目の前の女性に話す。授業中に気を失ったこと、自分を医者だと思い込んでいるコスプレイヤーに誘拐されたこと、そこから脱出したものの竹林で迷ってしまったこと。
女性は僕の話を疑う様子もなく、ただただ聴きながら目の前の踊る火を眺めていた。
「そして、今に至ります。」
「ふぅん。」
僕が話し終えると、女性は火を消した。すると一瞬にして彼女の姿は闇に溶ける。
「あの、どうして火を消したんですか?」
「お前さ、その医者の、永琳の話は全て妄想だと思ってるんだろ?」
「え、あ、はい。」
目が暗闇に慣れないためか、彼女の姿は一向に見えない。しかし、その声の方向にいる女性は確実に存在している。
「それなら、良いもん見せてやるよ。」
彼女がそう言うと、なんだか周囲の空気が変わったような気がした。竹の葉が触れ合う乾いた音や、僅かに残っていた火の粉の弾ける音も、全てが静まった気がした。しかし、それに反比例するように、温度が上昇しているのをその肌身で感じる。
目は、未だに慣れない。
「いいか?これが、お前が信じてやまない現実を根底から崩す、非現実だ。」
その瞬間、闇の中から彼女の姿が現れた。目が慣れたから、なんかでは無い。火が灯されたのだ、彼女の掌に。
理解が出来なかった。しかし、その否定し続けていた非現実は目の前の女性によって存在している。
「いや、そんなまさか…」
「まだ信じられないのか?面倒だなお前。」
若干不機嫌そうに溜め息を吐く彼女は、その表情のまま全身を火で覆う。火の中に彼女の影が存在している。しかし、その人影からは苦しみの悲鳴は一切聞こえない。
徐々に体を覆う炎は後退していき、皮膚や髪の毛一本も燃えていない綺麗な姿が現れた。そしてその炎が彼女の背中まで下がると、それは形を変えて、まるで翼のように背中に居座った。先程、僕は彼女のことを天使のようだと比喩したが、それにしては荒々しい存在だった。
「どうだ、理解したか?」
「…え?」
「ここは幻想郷。人間と妖怪が共存し住まう世界だ。」
翼を羽ばたかせながら、彼女は再び焚き火を作る。着火剤なんかは一切使っていなかった。彼女が操る炎のみ。
認めざるを得なかった。僕はまるでゲームのような、或いはラノベのような、そんな非現実的な現実に巻き込まれてしまったのだと。
彼女は背中の翼を鎮火し、先程と同じ位置に座る。
「朝になったら『永遠亭』に送り届ける。運んではやらないから、それまで休んでろ。」
「…」
流石にもう信じてはいるのだが、すぐにはそれを受け入れられそうにはなかった。放心状態、という言葉が僕には似合うだろう。竹のコップに入った水が零れていることに気付けない程度には。
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日が昇り、すっかり夜が消え去った早朝。彼女の案内で永遠亭という、永琳さん達が居た場所まで歩いていた。
顔を合わせたら、なんと謝罪するべきか。そんな思考に耽っていると、女性は若干鼻で笑いながら僕に話しかけてくる。
「見えてきたぞ。丁寧にお出迎えまでしてくれてるな。」
「え。」
僕が彼女が指差した方向へ目線をやると、見た事のある屋敷の前で腕を組んでいる医者の姿が見えた。怒っているように見える。
「よぉ、永琳。」
「ど、どうも…」
彼女の挨拶に続くように、永琳さんにお辞儀をする。しかし、表情は全く変わる様子は無い。
「ありがとうね、妹紅。ウチの患者を確保してくれて。」
「見つけちまったからな。死んだら目覚めが悪い。」
妹紅と呼ばれた女性はどこか永琳さんに対して余所余所しい態度だったが、永琳さんは気に止めることなく、僕の方を睨んでいる。
「それじゃあな。今度から患者は監視しておくことだな。」
「えぇ、気を付けるわ。」
「お前も、何でもかんでも自分の考えを盲信すんな。」
「すみません…」
僕の言葉を確認すると、妹紅さんは振り返る。
「妹紅さん、ありがとうございました。」
彼女は振り返ることなく、手をヒラヒラと揺らして竹林の中へと消えていった。
僕はお辞儀をし終え、そしてゆっくりと後ろを振り向く。相変わらず永琳さんの顔は怒っているようだった。
「あの、すみませんでした。」
「充分に反省してちょうだい。」
「はい…」
僕は深々と頭を下げる。それは、逃げ出したこともそうだが、心中彼女たちを妄想に囚われた可哀想な人達だと、大変失礼なことを考えていたことに対しての謝罪だった。
「はぁ、もういいわよ。」
「すみません。」
「だからもういいって。」
顔を上げると、永琳さんは困り眉をしながらも優しく微笑んでいた。
「てゐから話を聞いたわ。」
「あぁ、あの女の子から。」
「フフフ、そうね。女の子から。」
永琳の笑いに疑問符を浮かべるが、永琳は永遠亭へと振り返り、顔だけをこちらに向ける。
「さぁ、早く入りなさい。まずはその汚れた体を洗ってね。」
「あ、はい。」
幻想郷という、摩訶不思議な世界に迷い込んでしまった。妖怪や妖精、妹紅さんのような力を扱う世界にて、なんの力もない平凡で特徴のない僕は、果たして生きていけるだろうか。一抹の不安を抱きながらも、永遠亭へ足を動かす。
そうして僕は、この夢のような幻想郷で───
ゴミみたいに死ぬことになる。