中にはロングの金髪が似合う、白いドレスに紫色に染まった中華風の前掛けのようなものを垂れ下げた淑女が静かに正座していた。建物にはそぐわない洋風な服装だ。
「どうぞ、お座り下さい。」
「あ、はい。」
促され、僕は女性の正面に座る。この人が、幻想郷の管理者なのか。女性であることは察しがついていたが、こんなにも美しい人が管理者なのか。そういえば、永遠亭の人や妹紅さんも美人だったことを考えると、幻想郷は顔が整っている人が多いのだろうか。
「まず、私は幻想郷の管理者をしている『八雲紫』という者です。」
「上嶋直人です。」
目線が冷たいように感じる。品定めをしているような、いや、違う。もっと別の、負の感情が混じった瞳に見えた。背筋に氷が走ったと錯覚する。
「それでは、貴方の住む場所についてお話させていただきます。」
「お願いします。」
「貴方には『旧地獄』にあります『地霊殿』に住んでもらいます。」
少し思考が止まる。聞き間違えではないのなら、「地獄」という単語が聞こえた気がする。これはあれだろうか、地獄谷みたいな地名のことだろうか。
「あの、旧地獄っていうのは…?」
「そのままです。昔、地獄として扱われていた場所に住んでもらいます。」
聞き間違えではなかったようだ。
「その、どうして僕が地獄なんかに…?」
「何か不満でも?」
「いや、地獄って鬼が居るところですよね?僕は特に能力があるわけでもありませんし、もし襲われでもしたら…」
「死ぬでしょうね。」
あっさりと、目の前の女性は口にした。特に気にすることの無い項目を軽く触れるみたいに、表情を変えずに。この人は一体何を言っているのだろう。流石に僕はこれを良しとはしなかった。
「ちょっと待ってください。何故そのような場所に、全く力のない僕が住むのですか?人が居るところなんですか?」
「いえ、旧地獄に人間は住んでいません。」
「おかしいですよね?僕は人間です。人間が住む場所で暮らすべきです。」
「そうですね。」
「そうですねって…」
埒が明かない。この人は僕の話をまるで聴いていない。僕は巻き込まれた人間で、幻想郷の管理者の問題だ。ならば日を認めた上で対応するのが筋だ。だけれど、目の前の女性は僕を蔑んだように冷たい目で、淡々とそれらを告げるのだ。
僕はその理不尽に、思わず立ち上がる。
「お座り下さい。」
「座っていられません!一体僕が何を…」
「座れ。」
瞬間、僕は浮遊感を感じた。そして、体が地面に着地した感覚と視界。何が起きたのだろう。もちろん僕は座ろうという意思はなかった。
恐る恐る、僕は自分の足を確認する。そんなものは無かった。太ももの途中から先が見当たらない。畳に赤黒く生暖かい液体が広がり、染み込んでいるのが分かる。
「興奮しては話せるものも話せませんわ。」
そんな上品な彼女の口調を聞き、僕の脳はやっと痛みを認識した。
「うぁぁああああッ!?」
「五月蝿い。」
僕の口が勝手に閉じる。開こうにも、まるで接着剤でも付けられたかのように開くことが出来なかった。
僕は思わず紫さんの方へと目線をやる。まるでつまらなさそうに二本の指を立てながら、魔法でも繰り出すように横に振った。するとチョロチョロと音を立てて流れ出ていた僕の血液が止まった。しかし、痛みは未だに止まらない。
「私ね、貴方のことが嫌いなの。これでも譲渡してあげているのよ?零の頼みじゃなければ殺していたわ。」
どうして、僕が今まで顔も名前も知らなかった人に嫌われなければならないんだ。それも、足を切断するぐらいまで。
涙や脂汗で顔がグチョグチョになっていく。
「今の貴方はただの人間よ?能力も権力も財力も、何も無いただの
目の前の独裁者が何を言っているのかが理解できない。僕はただ、平凡な人間で、平凡に生きて、平凡な夢を持っている、平凡な高校生だ。人に好かれたい、人から注目されたい、そう思っていても行動に移せない。そんな、平凡な…
僕が、貴女に何をしたと言うんだ。
「紫。」
「あら、何かしら。」
「やりすぎだ。」
「…はぁ。」
零さんが紫さんに何かを言っている。すると紫さんはため息を吐き、先程と同じように二本の指を横に振る。すると、僕の口は開かれ、どこからか僕の足が降ってきた。比喩ではなく、文字通り降ってきたのだ。ボトボトと粗末な音を立てて。
「ちょっと待ってろよ。今、俺の能力で直人君の足をくっ付けるから。」
そう言い、零さんは僕の足を持って断面図をグチュグチュという生々しい音を出しながら合わせる。酷い激痛に思わず叫ぶが、それはコンマ数秒の出来事で、痛みは嘘のように消え失せていた。
「足、足が、ある…」
「これでよし。」
つくづく、僕にはこの世界が向いていないと思う。目の前の人の皮を被った悪魔を、僕は直視できそうに無かった。
「改めて、貴方には旧地獄に住んでもらいます。地霊殿の方々にはこちらから説明をしておきます。よろしいですね?」
「う…ふぅ……」
「よろしい、ですね?」
「…は、はい。」
すると、女性は何事も無かったかのように立ち上がる。これで話は終わりだと、そう言っているのだ。僕には有無をも言わせようとしない。そんな気力、もう残っていないというのに。
「橙、玄関まで案内してあげなさい。」
「え、あ、はい!そ、それでは、玄関まで案内させていただきますね!」
橙が部屋の戸を開くと、僕は逃げるようにその場から去った。紫さんと同じ空間に居たくない。僕は、彼女が怖かった。
記憶を辿り、マヨヒガの外に出る。すると、ついに僕は耐えきれずにその場で胃の内容物を嘔吐した。酸性の液体に紛れ、固形物がボトボトとばら撒かれる。
「直人さん!大丈夫ですか!?」
異変を察知したのか、橙が慌てるように僕の所へと駆けつけて、背中を擦ってくれる。トラウマを植え付けられてすぐに優しくされてしまうと、余計に吐き気が増してくる。
「あらら、直人君吐いちゃったか。橙、そのまま直人君の背中擦っといて。それと、マヨヒガにある外の世界の袋貰うよ。」
「分かりました!」
零さんはまたマヨヒガの中へと戻っていった。そして、変わらず橙は僕の背中を擦ってくれている。もう、既に訳が分からない状態だった。
少なくとも、胃の中が空っぽになったことは食道の逆流を感じないことから理解出来た。
「紫様、普段は優しいのですけど…一体どうされたのでしょうか…」
余計に、彼女の僕への対応が分からない。何故あんなにも嫌われているのか、何故こんなにも酷い目に遭わなくてはならないのか、どうして僕は幻想郷にいるのか、全て分からない。
これが妹紅さんの言う「現実」なのか。
「あ、ありがとう。もう大丈夫だから…」
「本当ですか…?無理はなさらないでくださいね?」
「…橙は、優しいなぁ。」
僕はそんな非現実的な現実に、絶望の涙を零した。
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僕の足が取れたりくっ付いたりしてから一晩が経過した。とりあえずは永遠亭に泊まり、朝にここを出ることになっている。
それにしても、流石医者だ。永琳さんは僕の顔色が悪いのがわかったのか、帰ってきてからすぐに「どうしたの!?」と慌てるような表情を見せていた。代わりに零さんが説明をすると、永琳さんはとても不思議だというように首を傾げた。橙の言うように、普段の紫さんでは考えられないような行動だったのかもしれない。
今はグッスリ寝ることが出来たため、昨日の顔色が嘘のように元通りになっていた。自分でも気付かなかったが、僕は異様に切り替えが良いようだ。今では旧地獄に行くための準備をなんの躊躇いもない行っている。そう思い込もうとしてるだけなのかもしれないけれど。
「これでよし。」
永琳さんのご厚意から永遠亭の備品や衣服、そしてお金を少し頂いた。それをカバンの中に敷きつめていた。
「地霊殿、か。」
一体どんな人がそこに住んでいるのか。旧地獄は鬼が多く住んでおり、そんな旧地獄に建っている豪邸であると聞いた。さぞ、恐ろしい主人が住んでいるに違いない。
思わず、紫さんのことを思い出してしまった。悪寒が走る。
「直人君、準備は出来たか?」
「あ、はい。今終えました。」
背後から零さんの声が聞こえたため、振り返って返事をする。怖がっている場合では無い。これからは僕の世界の常識など通用しない世界に住まわなくてはならないのだ。気を引き締めよう。
「それじゃあ行くか。」
「はい!」
「お、威勢がいいな。安心しろ、地霊殿の妖怪はそんなに悪い奴らじゃない。」
そう言われて、少し胸の内にある不安が取り除かれた気がした。今、僕が頼りにできるのは目の前の男性と永遠亭の人達しかいないのだから。
僕はゆっくりと立ち上がる。そして、玄関に向かう。
「まぁ、たまに顔を出すから。その都度困ったこととか言ってくれよ。」
「ありがとうございます。そうします。」
零さんが後ろから頼もしいことを言ってくれる。本当に、零さんには感謝してもしきれない。こんな何もわからない状態の小僧に優しく丁寧に支援をしてくれた。しかし、自立はしなくてはならない。いつまでも迷惑はかけていられない。
玄関まで着き、外へと続く戸を開く。すると、そこには永遠亭の皆が揃っていた。永琳さん、うどんげさん、てゐ。
「皆さん…」
「旧地獄でも頑張ってね。怪我とか病気になったら、ここに来てね。ここまでは妹紅が案内してくれるから。」
「ありがとうございます。可能ならたまにお茶でもしましょうね。」
永琳さんは優しく頷く。
「うどんげさんやてゐも、いいですか?」
「勿論ですよ!」
「いーよー。直人が生きてたらね。」
「ありがとう。」
洒落にならない気もするが、彼女なりの励ましでもあるのだろう。苦笑いしながらも、その言葉に感謝をした。
「それじゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
僕は零さんの腕を掴み、目を閉じた。
僕が住んでいた世界との繋がりはなくなってしまった。ならば、この僕に向いていない世界で新しい繋がりを作らなければならない。
そう決意し、地霊殿でのファーストコンタクトの仕方をシュミレーションをした。