東方化物脳 Re:make   作:薬売り

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鋭い瞳孔に囁くリビドー Ⅲ 『愛想』

 この地霊殿へ訪れてから、僕は温泉で一週間弱も働いた。さとりさんも心を読んでいる上で信頼を寄せてくれている。それにより、さとりさんのペットにも懐かれるようになった。ライオンやワニなどの猛獣に関してはあちらから関わろうとしてこないのだ。恐らく、僕が本能的に恐れていることが伝わっているのだろう。それが彼らなりの気遣いであるのだと思うと、少し申し訳がない。

 何が言いたいかと言うと、どんなに摩訶不思議で知り合いの一人もいない世界に突然入ってしまったとしても、意外と慣れるものだ。このように、あんなに恐れた妖怪と食卓を囲っているのだから。

 

「直人さんが来てから、大分楽になりました。ありがとうございます。」

「いえいえ、こちらこそ衣食住を用意していただいたので、当たり前ですよ。」

 

 地底であることにショックを受けたものの、さとりさんの所で働くことになって良かったと思っている。皆が皆、さとりさんのように親切な妖怪な訳では無いことは、幻想郷の管理者と話した時に分かっている。そもそも妖怪とは恐怖の対象でもあるから、当たり前と言えばそうなのだが。

 

「ペットたちだけじゃカバーしきれない部分もあったので、非常に助かりますよ。」

「お役に立てて嬉しいです。」

「ふふ、ありがとうございます。」

 

 ギブアンドテイクにもなっていないようにも思えるが、こうして感謝されてはその考えも失礼な気がしてきた。僕は米を口に運び、その感謝を噛み締める。

 

「…あ、別にお燐達が頼りないとかそういうのじゃないのよ?」

「別に大丈夫ですよぉ…」

 

 お燐の心を読んだのか、さとりさんは焼き魚の骨を抜きながら拗ねるお燐さんを宥める。確かに、さとりさんを慕うお燐さん達からすると、真正面で感謝される僕の存在はあまり面白くは無いのかもしれない。

 さとりさんは気まずそうに苦笑いをしながら、僕の方を見てくる。

 

「そういえば直人さん、今日は温泉が定休日です。なので、街の方へと足を運んでみては如何でしょうか。」

「街ですか?確かに、行ってみたいですね…」

 

 温泉を営業している時、脱衣所から鬼の皆さんに話しかけられることは多かった。その時、何故か気に入られてしまったりしたので、今度酒でも呑もうと誘われたりした。もちろん、丁寧にお断りをした。

 行ってみるのも悪くは無いが、慣れたとはいえ土地勘がある訳でもない。スマホの地図機能がない以上、迷ってしまう可能性がある。

 そう思考を巡らせていると、さとりさんは僕に声をかけてくる。

 

「それでは、お燐に案内をさせましょうか。」

「…んにゃ?」

 

 焼き魚の身を解していたお燐さんは、突然名前が上がり素っ頓狂な声を出す。

 

「なんであたいが…」

「ほら、私は忙しくて直人くんに街を案内できないし、ペットの中で一番街を知っているのはお燐でしょう?それに、お燐なら大丈夫かなって。」

 

 さとりさんも大変だな。

 

「ふふん、そういうことならあたいお任せください!」

 

 嬉しそうに胸を張るお燐にさんに、さとりさんは胸を撫で下ろす素振りを見せた。

 

____________________________________________

 

 正午。相も変わらず暗い地底は街の灯りを頼りにするしかない。僕は地霊殿の門に背をもたれ、お燐さんを待っていた。

 この一週間は本当に充実していた。前の世界のことを思い出す回数も減ってきた。ある女の子のことを除いて。

 彼女は今、何をしているだろうか。いや、今はもう僕の知り合いは全て死んでしまっているのか。それなら、彼女は普通に生活して、普通に結婚して、普通に死んでいったのだろう。

 不毛な想像を捗らせながら、僕は手に持った水筒に口を付ける。

 

「おまたせ。」

 

 声のする方向に体を向ける。そこには化粧を直し終えたお燐さんの姿。少し不機嫌そうな気がするが、僕が取り繕う理由もない。とはいえ、案内をしてくれることには感謝をしている。

 

「いえ、案内をして頂ける身としては、わざわざ化粧を直させてしまい、申し訳ないです。」

「う…ま、まぁ、気にしなくていいよ。」

 

 何故かお燐さんはバツが悪そうに目を背ける。どうしたのだろうかと顔を覗かせようとすると、お燐さんはせっせと街の方へと足を進め始めた。

 

「ほら、さっさと行こ。」

「あ、はい。」

 

 足早に向かうお燐さんの後ろを、僕は首を傾げながらも付いていく。

 

____________________________________________

 

 喧騒の中に入ると、その細々とした建物の装飾が美しいものだと知ることが出来た。地霊殿が明治時代の建物だとすると、この街並みは江戸時代に賑わう夜の街のようだった。

 

「ここの住民はほとんどが鬼だから、喧嘩を吹っ掛けられたら終わりだと思ってよ。」

「分かりました。」

 

 慣れてきたとはいえ、彼女の言うように僕は妖怪には敵わない。何か特殊な能力を持っている訳でも無く、とてつもない運動能力がある訳でもない。だから、現地の人に気に入られるように世を渡っていかなくてはならないのだ。

 すると、すれ違う男の鬼に声をかけられる。

 

「よう、お燐ちゃん。見ないうちにあのお燐ちゃんも彼氏とデートをするようになって…」

「違うわい!!」

 

 この一週間、温泉の番台として観察していて思ったが、鬼はどうやら揶揄うようなコミュニケーションのとり方をする方が多いように思える。しかし、強さが飛び抜けているような方はそうでも無い。恐らく、揶揄う人は自分より下を作ろうとする心理が働いているのだろう。

 

「おや、よく見りゃ温泉の番台じゃねぇか。」

「あ、はい。いつもご利用ありがとうございます。」

「相変わらず堅ぇなぁ。もっと気楽に行こうぜ?」

 

 肩をバンバンと叩きながら大笑いする鬼に、僕は愛想笑いをするしか無かった。正直、めちゃくちゃ痛いがここは耐えるしかない。

 

「そんなんじゃ、お前らの主人みたいに()()()()()()()?」

 

 その瞬間、お燐さんの眉間がピクっと動いたのが見えた。これは、非常にまずい。

 

「そ、そうですかね。まぁ、さとりさんのように優しい方にはなってみたいかもですね。」

「優しい?面白いこと言うなぁ…あーでも、そうか。お前はまだあそこに住むようになって一週間程度だったよな。それじゃあ、あの妖怪の残酷さを。」

 

 ドンドンと負のオーラを纏うお燐さんに、僕は身を震わせる。どうしたものか…

 

「アイツ、俺らの嫌な記憶を思い出させようとするんだよ。良い性格してるぜ、ったくよ。」

「へ、へぇ〜、そうなんですね〜…」

 

 相槌を打ったのが間違いだった。彼はそれを肯定的に捉えてしまい、その声はドンドンと大きくなっていく。

 

「そうなんだよ!!全く気味が悪ぃ女だよ。あんな女、さっさと消えてくれねぇかなぁ!!」

「ちょっとアンタねぇ…!!」

「へぇ、そうですか。」

 

 僕はお燐さんの言葉を遮るように、相槌を打った。流石に、僕が感謝してもしきれない恩人に対しての、その随分な言い様に我慢ができなくなった。

 

「人間に恐れられる最凶だと思われた鬼にさえ、さとりさんは恐れられているのですね!!」

「え…?」

「流石だなぁ…妖怪に知識があまり無かった僕でも知っていた鬼さんが、あんなにも恐るなんて。さとりさんは凄いなぁ…」

 

 ただの嫌味だ。なんの解決も出来ていない。しかし、なかなかどうして目の前の恐るべき鬼がちっぽけな存在に見えてしまうのだ。

 

「い、いやぁそういうわけでも…」

「ご自身でも仰っていましたもんね。『あの女は残酷だ』って。妖怪は恐れられてなんぼの存在ですからね。同じ妖怪にも恐れられるだなんて、人間の僕からすれば逆に憧れちゃうなぁ。」

 

 しかし、僕の言い分は本当なのだろう。図星なのだろう。だから彼はさとりさんのネガティブな部分ばかりを見ようとするのだ。自分に都合の良い情報のみを取り入れるのだ。

 彼女には、彼女らしい優しさが存在するのだ。

 

「自分の恩人のカッコイイ話を、僕が恐れていた鬼さんから聴けるなんて、とても嬉しいです。ありがとうございます!!」

「お、おぅ…あー、俺はもう行くわ。それじゃ。」

 

 挙句に感謝されて、彼も怒るに怒れずにいるだろう。まぁ、馬鹿なヤツはそれでも怒るのだが。彼が馬鹿じゃなくて良かった。

 

「ねぇ。」

「ん、なんですか?」

「…いや、なんでもない。行くわよ。」

 

 お燐さんは何やら複雑そうな心境の表情をしながら案内を続けた。僕は肩に付いた汚れを払い、その後ろを付いていく。

 その日は、説明の時以外彼女が口を開くことはなかった。

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