東方化物脳 Re:make   作:薬売り

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鋭い瞳孔に囁くリビドー VI 『吉夢』

 暗い世界に、僕は浮いているような感覚だ。しかし、それは不安を煽るような空間だった。何も無い、ただ暗闇のみが僕を包んでいた。

 

『……ナオ君』

 

 聞き覚えのある、女性の声が僕を呼んでいる。声の方向が分からない。あちらこちらを見渡していると、いつの間にか大きな岩が目の前に鎮座していた。そして、浮かんでいたはずなのに、いつの間にか立っていた。

 

『……ナオ君』

 

 誰かが、僕の肩を叩いている。僕は振り返る。するとそこには────

 

『ミ タ ナ』

 

 蛆虫にまみれた人型のなにかが、そこにいた。

 

____________________________________________

 

 気が付くと、僕は酷い汗をかきながら上半身を起こしていた。ふかふかなベッドの心地良さが上書きされるほどの不快感。そして、異常なほどの鼓動の速さに、不安感を覚える。

 今の夢は一体なんだったんだ。

 

「あの…大丈夫?」

 

 真横から恐る恐る伺ってくる声が聞こえてくる。その方向に目線をやると、黒髪のロングと黒い羽根が似合う烏の妖怪がいた。胸元には何やらおぞましい輝きを放つ宝石のような物が露呈している。彼女は『霊烏路空』という、お燐さんと同じくさとりさんのペットである。「お空」と呼ばれているし、僕もそう呼んでいる。

 働く場所が違った為あまり話したことは無かったが、こうして彼女の顔が見れたということは僕が生きているという何よりの証拠だ。

 

「えぇ、大丈夫です。少し嫌な夢を見てしまって…」

「そっかー、なら良かった。」

 

 しかし、何故彼女がここにいるのだろう。まさか、俺が起きるまで看ていてくれたのだろうか。と、そんな考えをしていると、彼女の奥にもう一つのベッドに誰かが横たわっていた。

 

「お燐さんは、大丈夫なのですか?」

「心配ないよ。息もしてるし、グッスリ寝てるだけ。」

 

 その言葉に、僕は安堵の息を漏らす。彼女の暴走を止めるためとはいえ、地獄の熱を直で当てるというのは相当のダメージを与えてしまったことだろう。もし、お燐さんが死んでしまったら償っても償いきれない。

 

「それにしても大変だったねー。何故か凶暴化したお燐に襲われたんでしょ?」

「あぁ、まぁ、そうですね。」

「いくら直人君のことが嫌いだからって、そんなことするなんてね。」

 

 ストレートに嫌いである事実を当人の僕に言うとは、お空さんも中々に酷い。僕は苦笑いをしつつも、その発言に訂正を加える。

 

「お燐さんも、僕を襲ってしまったのは本意ではなかったと思います。きっと、それなりの理由があったのでしょう。」

「そっか、そうだよね。確かにお燐はそんなことで暴れるような猫じゃないもん。」

 

 その通り。だからこそ不思議だった。お燐さんは何故暴走してしまったのか、それを知るためには本人に話を聞く他ない。しかし、あの時のお燐さんの精神と話した時の事が白昼夢でもない現実だとするのならば、何か外的な要因があるようにも思える。

 お燐さんの精神が言っていた『あの声』とは、一体なんのことだったのか。この世界の非現実的な力についての知識など微塵もないのだが、お燐さんは何かしらの力により僕への怒りや憎しみのリミッターが壊れてしまい、自我では抑えられない程に暴走してしまった。安直に考えるのだとすると、エスの暴走。

 

「さて、私はさとり様に報告しに行くね!直人君が起きたって。」

「ありがとうございます。では、よろしくお願いします。」

「ガッテン!」

 

 溌剌とした言動は、どうにも僕の暗いテンションに色をつけてくれる。お空さんはどこかご機嫌な様子で部屋を出ていった。

 

「すごい人だな…」

 

 お空さんは思慮深いタイプではないが、だからこそそれが彼女の美点でもある。そんなこと、本人にはとても言えないが本気でそう思っている。思慮深いと言えば聞こえはいいが、実際は余計なことまで考えてしまう面倒な奴なのだから。

 

「可愛いでしょ?お空って。」

 

 隣のベッドから声がする。

 

「目、覚めてたんですか?」

「うん、何となく。」

「そうですか…」

 

 そして沈黙。なんとも気まずい空気がこの部屋に漂う。それもそうだ。僕はお燐に襲われ、嫌いと言われ、お燐さんはお燐さんでその嫌いな人に撃退されたのだから。しかも、それを怒ることも出来ない。

 僕はあまりの気まずさに、再び毛布とマットに体を挟める。

 

「…ありがとうね。あたいを止めてくれて。」

「いえ、僕は生きることに必死だっただけです。」

「それでも、結果的にはあたいの為でもあった。」

 

 頑固な人だ。しかし、それは彼女なりのケジメなのかもしれない。僕はもう何も言わずに、ただその感謝を受け入れることにした。

 

「足の怪我、大丈夫?」

「そういえば、今は痛みすら感じませんね。」

「なら良かった。」

「…」

 

 僕の心配をしている。それは純粋な心配か、申し訳なさから来る心配か、だなんて考えてしまう僕は本当に嫌な性格をしている。これが、僕が自分を面倒な奴だと評価する理由だ。

 それにしても、どうして痛みを感じないのだろう。別に切り落とされた訳でもなさそうだし、つまりは痛みは感じるはずなのだ。

 

「それで、さ…」

「なんですか?」

「貴方、どうしてあの時私と話せていたの?」

 

 どうやら、あれは現実のことのようだ。お燐さんは寝返りを打って僕の方を見てくる。しかし、残念ながら僕はその答えを持ち合わせていないのだ。

 

「分かりません。」

「…それもそうよね。」

 

 そして、再び寝返りを打つ。

 

「…」

「…」

 

 なんて気まずいのだろう。いや、もう話す必要は無いのかもしれない。無駄に気を遣えばこちらが無駄に神経を消耗させるだけだ。

 長く静かな時間がゆっくりと流れる。時計の秒針の音が、その静寂さを余計に際立たせる。一秒、また一秒。その一定の間隔がとてつもなく長い。

 だからこそなのか、僕の瞼がどんどんと落ちて来るのを自覚する。折角お空さんがさとりさんに方向しに行っているのに、また寝てしまうのは申し訳がない。そんな思考に反して、その生理的な現象を止めることが出来なかった。

 

「あーもう!気まずい!」

「…え?」

 

 彼女には出来たが。

 

「なぁんで、あたいが直人に気を遣わなくちゃならないのよ!!」

 

 なんて勝手なことをこうも堂々と怒れるのだろう。しかも、ベッドの上に立ちながら。僕はため息を吐きながら体を起こす。

 

「いや、知りませんよ。勝手に気を遣っているだけでしょう?」

「はぁ!?なんて生意気なのよ!」

 

 なんで怒られているんでしょう。10対0の割合で僕が正しい。それは客観的に見ても明らかだ。

 

「強いて理由をあげるとしたら、お燐さんが勝手に暴走して僕を傷付け、その傷付けた相手に暴走を止めてもらったからでは無いですかね?」

「あーあ、それ自分で言うんだ!恩着せがましいなぁ!」

「いや、お燐さんが「なんで私が〜」て言うからでしょう?」

「シャーッ!!」

 

 僕のド正論に耐えられなかったのか、そのベッドのスプリングを使ってこちらのベッドへと飛び乗ってきた。そして、毛布越しに僕の体の上に座り、鋭い爪をこれでもかと見せつけてくる。

 

「あたいは妖怪よ?それを理解する事ね!!」

「あーあ、暴力で押し切ろうとするってことは僕の言っていることを認めることになっちゃいますよ。」

「うるさい!」

 

 少し彼女の反応が面白くなってきた。しかし、過度に弄るのも可哀想なのでそろそろ止めてあげよう。

 

「まぁ、落ち着いてくださいよ。今この状況を誰かに見られたら…」

「直人さん、お燐!目を覚まされたのです…ね……」

 

 扉の開く音と共に聴こえる女性の声。僕とお燐さんは視線をそちらへと向ける。赤い顔で目を見開くさとりさんの姿と、その後ろで口をOの字に開くお空さんの姿。

 これは、非常にまずい。

 

「あの、その、お空から報告があって、その、二人の声が聞こえまして…それで二人とも起きたんだなって…あの、失礼しました。」

 

 そして、静かに扉が閉まる音。数秒間の沈黙。お燐さんの顔は徐々に赤らんでいく。

 

「だから言ったのに。」

「うわぁぁあああ!!」

 

 目の前の猫の悲痛な鳴き声は、地霊殿の外にまで響いたらしい。可哀想なお燐さん。

 僕は疲れたため、そして安心したため、もう一度眠りにつこうと瞼を閉じた。次は良い夢が見れそうだ。特段面白い、笑い転げてしまう程の良い夢を。

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